第5話 ルークセン3




 ルークセンを問答無用で放り出した男──討伐隊の中隊長だという男に連れられて、ルークセンは武器庫に来ていた。

 武器庫に並べられているのは武器だけで、防具類は見当たらなかった。


 しかしその武器が問題だった。


「これで魔物と戦えるのか?」

「お前は異国人か?戦うしかないんだよ」


 魔物を倒すには、特別な力が必要になる。

 一部の魔術師ならその力を有しているが、一国に数人しかいない限られた戦力だ。


 人間たちに足りない力を与えてくれるのは、聖剣だった。聖剣の放つ強大な力から精製したものを使って、誰にでも使える武器を作る。

 それも聖剣の遣い手の役目であり、かつてルークセンもこなしていた仕事だった。


 聖剣が失われてから、300年も経っていた。

 国中に配布されていた武器も失われ、目の前に並べられているのは申し訳程度の力しか宿らない武器だけだ。


 これが今のユフィアス国の現実だった。


「聖なる力は宿っているようだが」

「他の国から買って賄ってるんだよ。あっちはこの国が倒れて難民が押し寄せたら困る、とでも思ってるんだろうけどな。そんな慈悲にでも縋らなきゃ、生きていけないんだ」


 武器に宿った力は使うたびに消費されるので、残しておくことは出来ない。

 この国にないのなら他国を頼るしかないのだが、力が余っている国などないだろう。

 だから分けて貰うとしても、限度があった。


 それでもまだこの国が存在していることを、支え続けてきた王や民に感謝したい。

 聖剣が失われる原因となったルークセンが憎まれるのは、当然のことだ。

 早く聖都に戻って、聖剣を聖王に返上しなくてはならない。


 だがここではルークセンは存在を明かせない。怒りと憎悪で激昂した人間たちが、聖剣を返還する前にルークセンを襲う可能性が高いだろうと、過ぎた時間を知って思ったから。

 罪を問われて処刑されるのは構わない。

 それがルークセンにふさわしい末路だと思う。


 けれどそれは、聖剣を正規の手順で返還した後の話なのだ。

 ルークセンは今もまだ、聖剣の遣い手のままだから。




 手ごろな重さと長さの剣を選んだルークセンは、討伐隊本部の奥にある練兵場に来て素振りをしていた。

 かつて学んだ通りに剣を振り、借り物の剣の使い勝手を覚える。泣きたいほど弱々しい力しか宿っていないが、聖なる力を宿した武器なので、使用者の負担が少し減るように出来ていた。


「没落貴族か何かか?」


 ルークセンの太刀筋を見て、ここまで案内して監視していた中隊長が問い掛けてきた。

 浮浪者呼ばわりしていた時よりも、声に険がある。


「聖都の生まれだが、ただの平民だ。学ぶ機会があっただけだ」


 ルークセンは聖剣の遣い手に選ばれて、国内で有数の剣士たちから手ほどきを受けることになった。

 聖剣の遣い手の選出基準が、剣の腕前ではなかったからだ。今も昔もルークセンは、人並み程度にしか剣を扱えていない。


 それで問題がなかったのだ。

 優秀な仲間たちが選ばれて、彼らに助けられながら魔物と戦った。ルークセンの役目は、聖剣の力で浄化し、とどめをさすことだった。

 ただそれだけでは悔しいから努力をしていたつもりだったが、そう簡単に追いつける差ではなかっただけである。


「──この街は、いつ頃作られたんだ?300年前にはなかっただろう」

「なんだ、300年って──って、ああ、聖剣が失われてから300年か。昔は街じゃなくて小さな町だったらしいな。国土が縮小してきて、境界近くに住んでた人間が逃げてきて、ここより南にあった街は廃墟になって、そうやって出来た街だよ」


 聞き覚えのない街の名前から、ルークセンも予想はしていた。

 聖剣が失われて300年。大地から力が失われて行くのは当然だった。




 ルークセンは瘴気を撒き散らす魔物、瘴魔を探す小隊に加わって、ゼスタークの街を歩いていた。

 遺憾ながら、イサリアのおまけで仕事をもらえただけである。


「そのナリでよく討伐隊に入れたな」

「防具を支給する余裕はないから、自前で用意した奴だけ入隊を許可してやるってのが隊長の信条なのに」

「そうだったのか……」


 ルークセンが門前払いだったのも当然だ。

 そしてそれは、隊員たちの安全を考えて定められた決まりなのだろう。


 こうして聞かされると、自分の無知な行動が恥ずかしくなってくる。


「目当ては俺の連れの治療師だった……」

「なるほど。この街には三人しかいないからなぁ」

「こんなに大きな街なのにか?」

「境界近くのど田舎なんて、高給取りの治療師サマには人気がないんだよ」

「その三人だって、領主様がどうにか招いて下さったんだ」


 地方都市の実情に、ルークセンも苦い気分になる。

 領主が別途、治療師たちに毎月手当てを払って街に留めているとか、機嫌を損ねないように住民たちが気をつけているとか、300年前には聞かなかった話だ。


 そもそも大きな街には国が派遣した国家治療師がいたはずで、治療費も国が半分負担していた。

 だが現在、この国は他国から聖なる力を分けてもらっているという。無償で貰えるわけがなく、対価が必要になるはずだ。

 国力を削って、どこかにしわ寄せが来て、手が回らなくなっていく。


 300年は耐えて来られた。

 けれどあと何年耐えられるだろう。


 国内に広がる不安が、ルークセンにも少しずつ見えてきた気がした。



 隊員たちから話を聞きながら見回りを続けていると、不意に聖剣が震えた。

 聖剣は現在、目に見えない状態だが、ずっとルークセンの傍に在る。そして昔から、遣い手に魔物の気配を伝えてくれていた。


 ルークセンは説明出来ないまま、聖剣の導きに従って一人で駆け出した。

 ルークセンの見張りでも命じられていたのか、二人の隊員が追ってきた。


 短い距離を走ると、井戸のある小さな広場に出た。数人の女たちが水を汲んで、文字通り井戸端会議をしているところだった。


 ルークセンは釣瓶つるべを手にしている若い女を睨みつつ、他の女たちに尋ねた。


「その女、余所者じゃないのか?」

「はあ?あんたこそ誰だよ」

「その子は最近越して来たばかりだけど、それがなんたってんだい」


 女たちはルークセンを不審そうに睨む。

 言葉では説明出来ない。


 だからルークセンは剣を抜いた。

 証明するのは簡単だった。


 女たちが悲鳴を上げ、追ってきた隊員たちが制止の声を放つ。邪魔が入るよりもルークセンの剣が若い女に振り下ろされるほうが速かった。



 ガキンッ!!



 ルークセンの手にした剣が中程で折れて、刃先が飛んでいって壁にぶつかって落ちる。

 咄嗟に右腕を上げて防いだ若い女は、顔を歪めてルークセンを睨みつけた。


「せっかく上手く潜り込んでたのに、ついてないわね」

「魔人だな、おまえ」


 ルークセンの言葉に、若い女の姿をした魔人は無言で嗤って応えた。

 だが確かめるまでもない。


 目の前で起きたことに、止まっていた女たちが先ほどよりも恐怖を深めた悲鳴を放つ。そのまま我先にと逃げ出していった。

 二人の隊員たちは悲鳴じみた声を上げながらも剣を抜いて構える。悲鳴が聞こえたようで他の隊員たちも駆けつけて来た。


「でもどうするつもりなの、人間?そんな玩具おもちゃではワタシに傷ひとつ付けられないわよ」


 かつて魔人を追い詰めたのは、優秀な仲間たちがいたからだ。聖剣があってもルークセン一人では、魔人と対等に戦えるかもわからない。

 だからといって、魔物の中でも最も危険な魔人を見て見ぬ振りは出来なかった。


 聖剣を聖都に届けなければならない。

 どちらを優先するべきか、ルークセンもわかっていた。


 それでも放っておけなかったのだ。



 ルークセンが聖剣をぶ覚悟を決めていたら、思わぬところから援護が入った。

 強い聖なる力を込められた矢が魔人に向かって飛んできて、惜しいところで回避された。


「やっぱりこの街にいたな!」


 声と共に第二射が魔人に向かう。今度は避け損ねて、魔人はうめきながら腕を押さえて後退した。けれど掠めただけのようだ。


「またお前なの!?どこまで付いて来るつもりなのよ!?」

「悪いな。いい女を見ると地の果てまで追いかけて、心臓ハートにこの矢を突き立てるまで止まらなくなるたちでな」


 悪質な冗談を飛ばしながら、男が近くの民家の屋根の上で弓矢を構えていた。

 三本目の矢が放たれる前に、魔人が身を翻して逃げ出した。射ようとした男は、届かないと思ったのか舌打ちして構えを解いた。


「やっぱり奇襲じゃないと勝機が見えないなー。なんでアレを避せるんだよ、魔人め」


 ぼやきながら降りて来たのは、ルークセンと同じ年頃に見える青年だった。

 いや、300歳は若いのはわかっているが、赤銅色の髪に夜空のような紺色の瞳の持ち主だった。


「……この国の人間じゃないな」

「そうだよ。奴を追ってはるばるカサルーナ国から来た。領主の許可は得てる」


 酔狂だなと思ったが、それより礼を述べた。

 青年の持つ聖なる力を与えられた弓矢が無ければ、どうなっていたかわからない。


 聖剣で追い払えたかもしれないが、ルークセンの正体を知られてしまうところだったのだから。


「礼なんかいいって。おれも奴を探してたんだから」


 青年は偶然近くにいて、悲鳴が聞こえてきたから気づいたそうだ。

 すぐに乱入せずに、一矢に賭けるために狙っていたという。だがそれを避わされた。


 ルークセンも最初の矢が回避されたのは、魔人の能力の高さの証明だと思う。青年の弓の腕が悪い訳ではないだろう。


「誰かが足止めをした上で奇襲するしかなさそうだな」

「そうなんだよ。一人じゃ限界があるよなー。奴もこの街を出て行くだろうし、現地の討伐隊を頼るしかないか」


 討伐隊のほうが青年の持つ弓矢に喜んで協力するかもしれない。

 面子の問題もあるので、ルークセンはそこまで余計なことは言わないが。


「ところでその剣、大丈夫か?」

「……」


 ルークセンは半分の長さになってしまった剣を見下ろす。

 隊員たちも無言で見つめていた。


 魔人の正体を示すためだと思ってやったことだが、折るつもりはなかったのだ。刃がたたないと知らせるだけで充分だったのだ。


 ルークセンが思ったより、剣が脆かった。

 いや、剣の耐久力を知らないまま使ったせいなのだろう。


「まあでも、剣一本でアレを街から追い出したと思えば、上々の戦果じゃないか?」


 異国人の意見がこの国でどこまで通じるかわからないが、この街の討伐隊では魔人とは戦うことも出来ない。それは事実だった。





 ルークセンが魔人を見つけられたのは聖剣の力あってこそだが、正直に告げるわけにもいかず、魔物の気配が分かるとだけ答えた。


 ルークセンの目には弱々しい力しかない武器にしか見えなくても、この国にとっては大切な力だった。

 折れた剣を見て討伐隊の本部にいた者たち全員が激怒していきり立ったが、ルークセンの『能力』を聞いたら怒りをおさめて考え込んだ。

 魔人を見つけて追い払ったこともあり、今回だけは見逃してもらえることになった。


 なんで最初に言わなかったと怒られたが、ルークセンも失念していただけである。魔物も見捨てられた地には出て来ないので。



 ルークセンは別の剣を借りて、再度街の見回りに出た。魔人を見つけてしまったが、本来の目的は瘴魔なのだ。

 魔物の気配が分かるということで、今度は討伐隊の主力部隊に同行することになった。


 周辺の村でも被害が出ているので街の中にいるとは限らないが、見回りついでに魔人の目撃情報の聞いて歩いた。

 あの場からは逃げ出したが、街の中に潜伏したままかもしれない。外に出て行ったとはっきりするまでは安心出来ないからだ。


 そうして三日ほどひたすらに歩き回って、別の魔物を二匹発見するというおまけも付いて来たが、どうにか瘴魔を見つけて捕獲することに成功した。

 おかげでルークセンの力を疑う者はほとんどいなくなった。


「お前、正式に入隊する気はないのか?」

「いや、聖都に行かなくてはならない」


 勧誘されたが、応じることは出来なかった。

 用事が済んだら戻ると約束することも出来ない。


 ルークセンは聖都に行けば、聖剣を返還して魔物の気配が分からなくなる。

 そして処刑されるだろうと覚悟している。


 だが代わりに、この国に聖剣が戻るのだ。

 ルークセンがこの街に残るよりも、多くの民が救われるだろう。


 だからルークセンの答えは変えられなかった。

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