第4話 イサリア2




 ゼスタークという街に着いてイサリアは人の多さに圧倒されたが、ルークセンは衝撃の事実に打ちのめされていた。


 しばらくは信じられずに「今は聖暦何年だ!?」と聞いて回っていたが、ようやく諦めて頭を抱えて道のはたでしゃがみこんでいる。


「俺は聖暦421年生まれなんだぞ……」

「誰もが734年だと証言してましたよ」


 たまに1、2年ずれた答えを返す者もいたが、ちょっとした勘違いだろう。


「でも良かったですね。ルークセンさんの国で」

「それはな……」


 300年も呪われていたらしい青年は、ここがユフィアス国だと聞いた時はほっとしていたものだ。ルークセンの祖国なのだそうだ。


 この世界には七つの国があり、ユフィアス国はその一つだ。

 イサリアは記憶がないので国名を聞いても何も感じなかったが、どんな国なのかは気になる。


「まあ、今さら俺が戻っても、家族も友人も困っただけだろうしな……」

「そ、そうですね。300年ですから、そういうことですよね……!」


 ルークセンの落ち込みようを大げさだなと少し思っていたイサリアは、理由を聞いてうろたえた。

 自分には家族や友人の記憶がないので、まったく思い至らなかったのだ。


 普通の人間は100年も生きられないことくらいは、イサリアも知っている。そういう知識は持っていた。


「いや、気にしないでくれ。もともと二度と会えないと覚悟していたことだから。もしかしたらと少しだけ、期待していたらしい」


 イサリアには気にしないフリくらいしか出来そうにない。それでもルークセンの要望に応えることにした。


「じゃあ、その、聖都という所に行く必要はなくなったんですか?」

「いや、聖都を目指すことに変わりはない」


 イサリアはルークセンの目的は知らないが、最初から聖都に行くというのは聞いていた。

 イサリアにははっきりとした目的地がないので、行ってみるのも楽しそうだなと思っただけだ。


「そうだ、俺のことはルークとだけ呼んだくれ。思っていた以上に憎まれているだろうからな」

「え?どうして憎まれるんですか?」


 今さっき知り合いが一人も生きていないという話をしていたのに、誰に憎まれるというのか。

 ルークセンの言葉は理解不能だったが、説明する気がなさそうだ。


 先ほどのようにイサリアにはわからないだけで、話すのもつらい理由があるのだろうか。

 そう思ったら追求できなかった。


「それじゃあ、ルークさん」

「なんだ?」

「その悪目立ちしている服をどうにかする方法を考えませんか?」


 イサリアは話をそらした。

 あまり気にしていなかったのだが、街の人たちはぼろぼろの服をまとうルークセンのことを顔をしかめて見ていた。

 ルークセンが声をかけた時に、あからさまに「汚い!近寄るな!」と怒る者もいたのである。


 それどころではなかったルークセンは自分の質問を投げかけるだけで、聞いていなかったように見えたが。


 ルークセンは自分を見下ろして、少しうなだれ気味に「そうだな」と答えたのだった。





 服を手に入れるには金が必要だ。

 イサリアも金銭という概念は知っている。

 見たことがないので区別がつかないが。


「わたしが治療師として働いて、お代を頂けばいいんですね」

「君はまず勉強をしろ」


 三日しか師匠に教わっていないイサリアは、反論しにくい。勉強不足なのは確かだ。


「それに大きな街では、治癒魔法にも代金が設定されているはずだぞ。治療師のいない村ならともかく、ワシのシマを荒らしているのはキサマか、とか喚く守銭奴も少なくない」

「治療師って人助けをする人じゃないんですか?」

「どの系統の魔法であれ、習得するのは難しいし時間がかかる。村の連中も治療費の心配をしていただろう」


 確かに誰もが、治療費の心配をしていた。

 代わりに欲しい物を伝えると「そんなものでいいのか?」と疑わしげにしてから、本当だと気づいたら大喜びで感謝してくれたものである。

 つまり安すぎたのだろう。


 そうと知ってもイサリアは、あの時はお金より休める場所と食事が欲しかったと思う。

 今もルークセンの服が買える程度の金さえあれば、それ以上欲しいとは思えなかった。


「うーん、お金がたくさん必要ですか?」

「聖都までの旅費があれば充分だ」


 ルークセンも金が欲しい訳ではないようだ。


「君はどうする?この街で新しい師を探すか、他の街にするか」

「新しい師匠を探すのは決定事項なんですか……」

「前にも言ったと思うが、ゼスタークという名前は聞き覚えがない。どんな街なのかわからないんだ。様子を見てから考えたほうがいいかもしれない」


 それはどこの街でも同じことじゃないのかな、と思ったがルークセンには言えなかった。

 知り合いがもう誰も生きていない話なんて、何度も蒸し返すことではない。


「守銭奴じゃない師匠がいいです。あと適当に弟子をポイ捨てしない師匠がいいです!」

「守銭奴はともかく、弟子をポイ捨てする師匠は珍しいと思う」


 ルークセンは呆れたように応じてから、通行人に何人か声をかけ始めた。

 改めて邪慳じゃけんに扱われて、早くなんとかしなくてはと感じたようだ。


 何を聞いているんだろう、と眺めていたイサリアは、ルークセンに促されて歩き出す。

 街に着いて、街の入口近くで情報を集めていて、目的地が特になかったのでその場にずっといたため、実はまだイサリアたちはゼスタークの街の入口近くにいたのだ。


「どこに行くんですか?」

「討伐隊だ。本部は街の中央付近にあるそうだ」

「討伐隊?」

「魔物の討伐をする組織だ」

「マモノって何ですか?」

「……そういう知識は覚えてないんだな」


 イサリアにも自分の記憶の有無はよくわからない所だ。


「魔物というのは、かつて人間を滅ぼしかけて、神々によって大半は排除され、今なお残る人間の敵、といった存在だな」

「敵……」


 そうは言われても、具体性がないのでイサリアは首をかしげてしまう。どんな姿なのかと聞いても、個体差が大きいと言われた。

 獣の姿だったり、人間そっくりに化けて紛れ込んでいたりするそうで、ルークセンもそれ以上の説明は難しいようだ。


「ところで、君は犬や猫を知っているか?」

「犬はワンワン、猫はニャンニャンですね」

「犬や猫の姿の魔物もいる」


 道中は動物の話をした。

 イサリアはけっこう動物の種類には詳しかったが、他の記憶より大切だったのかとルークセンに聞かれても、答えようがなかった。




 大通りを真っ直ぐ歩いて来ただけなので、イサリアとルークセンは迷うことなく討伐隊の本部に到着した。

 大きな建物で、入口の両開きの扉は開け放たれていた。周囲には武装した人間の姿が目立つ。


 ピリピリと殺気立った雰囲気にイサリアは気後れしたが、ルークセンは堂々と入っていった。

 だがイサリアが慌てて追いかける前に、ルークセンが目の前に放り出されてきたので、びっくりして後ずさった。


 ルークセンは地面に転がされて、怒りながら立ち上がった。


「何をする!」

「貴様のような浮浪者の来るところじゃねぇんだよ!さっさと帰って残飯でも漁ってろ!」


 相手の言葉も、本人が300年ものだと証言したぼろぼろの格好を見れば、そう考えてしまうのも仕方がない気がする。

 だがルークセンが怒るのもわかる。改善するために来たのだから。


「あのー、訳あってこんな格好をしていますが、話せば何かが伝わると思うんです」


 イサリアが割って入ると、ルークセンを放り出して怒っていた男は、驚いた様子でイサリアのことを眺め回した。

 イサリアの格好もおかしいのだろうかと不安になりかけた。


 だが男が注目していたのは、杖のようだ。


「魔術師か?」

「わたしは治療師です。あ、見習いです。師匠に人を癒やして世界を救えとか言われて、放り出されたというか……」

「治療師!見習いでもいい。力を借りたい。中で話を聞いてくれないか?」


 ルークセンではなくイサリアがスカウトされてしまった。少々気まずくルークセンをうかがう。

 屈辱、という顔をしていた。


「えーと、こっちの人の話も聞いて欲しいなあって……」

「……わかった。一緒に来い」

「くっ!」


 男に言われてルークセンは悔しがっていたが、思ったより大人しく従っていた。イサリアも二人の後を追う。


 建物の中にも武装した人間の姿が多く、ルークセンを不快そうに睨む者もいた。場違いなのはイサリアにも伝わったきた。

 二人を先導する男は大柄な壮年の人物で、鍛えられた逞しい体格だった。他の者たち同様に武装しているため、イサリアはなんだか怖いと感じてしまう。


 入口の広いホールの横にあるドアを開けて、男が一室に入った。そこは応接室のようだが、掃除がいい加減なようで、ルークセンが入っても違和感がないくらいに汚れている。


「適当に座ってくれ」

「え、座りたくないって言っていいですか」

「……すまない、ここは万年人手不足で掃除に手が回らないんだ」


 大変ですねと応じたが、イサリアは立っていることにした。地面には気にせずに座り込んだものだが、ここは無理だ。

 男とルークセンは構わずに長椅子に腰を下ろしたが、ルークセンが座っても怒らないくらいに汚れているということでもある。


「治療師が必要という話だが、彼女は記憶喪失で、力はあるようだが問題もあるぞ」

「どういう意味だ?」

「四、五日前からしか記憶がないらしい。本人も覚えていないと言いながら、助けたいと思って祈ると心の中に呪文が浮かんで来るそうだ。今のところ事故は起きていないが、信用しようと思えるか?」

「それは……」


 イサリアの代わりにルークセンが説明している。事実だが、言い方を考えて欲しかった。


「なんとかなりましたよ」

「事故が起こってからじゃ遅いと言ってるんだ。助けるどころか傷つけることになったらどうするつもりだ」

「確かに、それでは頼めないな……」

「えー」


 イサリアは大丈夫だと思うのだが、二人揃って否定的だ。


「だが昨日、瘴気の浄化をする力なら見た。先に必要な魔法の内容を教えてから使えば、事故の可能性は減るかもしれない」

「瘴気の浄化!まさにそれだ!瘴魔しょうまが周辺をうろついているらしくてな。探しているんだがなかなか見つからない。被害が広がっていて、治療師が一人でも多く欲しい状況なんだ」

「昨日立ち寄った村と同じなら、大丈夫だと思うが……」


 ルークセンはイサリアを信用していないようである。村の人たちはみんな元気になっていたのに。


「いや、街の人間は治療師の診療所に来るから、そこで治癒魔法を確認して、出来れば手伝ってもらいたい。治療費は国費から支払われるから、病人からは受け取らないように」

「わかりました」


 だが男のほうは猫の手も借りたいくらい困っていたのか、イサリアに仕事の依頼をした。

 もちろんイサリアは張り切って引き受けた。


「報酬を頂けたら、ルークさんに服をプレゼントしてあげますね」

「君は自分の力の信用のなさを自覚してくれ」


 そんなことないもん!と子供のように駄々をこねたくなったイサリアだった。

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