第8話 ルークセン5




 聖都ユフィアリスは300年前と変わらず、華やかな都だった。

 この国の窮状など勘違いだったのではないかと思いそうになる程に賑わっている。


 ただ300年も続く聖剣不在の状態が日常になっているからその見えるだけで、ルークセンの勝手な感傷だった。


 イサリアは今まで見たどの街よりも賑わう聖都にはしゃぎ、クドも「どこの国も聖都は別格だよな」と声を弾ませていた。


「カサルーナ国の聖都に住んでたのか?」

「一度行ったことがあるだけ。勝手にうちの国よりさびれてるんだろうなって思い込んでたけど、そんなことなかった!」


 クドは失礼なことを言っているが、考え直したと言っているので聞き流した。


「あ、あそこが討伐隊の本部みたいだな。おれはしばらくあそこで厄介になるつもりだけど、二人はどうするんだ?」


 大通りを進み、クドが目的の建物を見つけて尋ねてきた。ルークセンは正直に答えられない。


「会わなくてはならない相手がいるが、その後のことはわからない」

「相手の出方次第か。ま、落ち着いたら連絡してくれ」

「わたしはルークさんに付いて行きます」

「君はクドと討伐隊に行って、治療師を紹介してもらうほうが良いと思う」

「急いでいないので、ルークさんがどこに行くのか気になる気持ちを優先します!」


 イサリアは聖剣のことも『ルークセン』の名前も知らないが、見捨てられた地で初めて会った時のことを覚えていて、気にしているのだろう。

 あの時イサリアが何をしたのか本人もわかっていないので、無関係としておきたかった。


 偽証は出来ないが、黙秘することは許されるだろう。隠すのは敵の情報ではないのだから。


「来ないほうがいい」

「治療師に危害を加える馬鹿はいないだろ。じゃあイサリア、ルークがどこに行ったか後で報告よろしくな」

「まかせて下さい!」


 クドは軽くあいさつを残して去った。イサリアは大きく手を振って見送っていた。


 ルークセンはため息をつきそうになった。


「付いて来るな」

「世界の果てまでもつきまといますよー!」


 どうしてイサリアがこんなにしつこいのか、ルークセンには理解できなかった。





 イサリアを追い払えないまま、ルークセンは聖王の居城まで来てしまった。

 堅固な城門前には衛兵が立っている。


「わー、師匠のお城より大きいー」

「ユフィアス国の聖王のおわす城だからな」

「ルークさん、また堂々と入ろうとして放り出されたらかっこ悪いですよ」


 ゼスタークの街でのことを言っているようだ。ルークセンも思い出したら恥ずかしくなった。

 だが今回は状況が違う。


 ルークセンは捕まえられて、牢に放り込まれることだろう。


「前に俺は憎まれていると言ったはずだ。この国のすべての民が俺を憎んでいるんだ」

「なんで憎まれていると思うんですか?」


 聖剣の話をしてしまっても構わないだろうか。きっとすぐに知れることである。


 ルークセンがイサリアにどう説明しようか考えていると、城門が開き、中から馬車が出て行った。

 乗っていたのは貴族のようだった。


「今の見ましたか!?今のあれ、何ですか!?」

「馬車がそんなに珍しいか?」


 なんとはなしに見送っていたら、イサリアがやけに興奮しながら問いかけて来た。

 確かに貴族の使う箱馬車は他より見栄えが良く、馬と御者も立派だった。


「乗ってた人ですよ!顔に付けてた何かアレが、こう、かっこ良かったじゃないですか!」


 ルークセンは乗っていた人物までは確かめなかったので聞き顔に何を付けていたのかさっぱりわからない。

 かっこ良いというなら仮面だろうか。


 何故か大興奮しているイサリアの声が聞こえてしまったらしく、門番が教えてくれた。


「今のは聖王さまの補佐官をしてらっしゃる方だよ。眼鏡を掛けていらっしゃるから、それが珍しかったんだろう」

「アレはメガネというのですか!わたしも欲しいです!」

「いや、視力を補う道具だから。しかも高価だから」

「わ、わたし、メガネは欲しいけど、守銭奴にはなりたくないわけで……」


 イサリアなら、治療師として稼げばそのうち手に入るだろう。

 視力は良いみたいなので、使わないはずだが。


「イサリア、メガネとやらは後で入手方法を考えてくれ。君を巻き込みたくなかったんだが、説明するより見たほうが早いかもしれない」


 門番たちはもう、イサリアがルークセンの連れだと認識している。ここで追い払っても、イサリアを探すことになりそうだ。


 だからルークセンは、イサリアの目の前で聖剣を召喚した。

 イサリアも、門番たちも息を呑んで美しく輝く白銀のつるぎを注視していた。


 説明の必要もないほど、存在そのものが聖剣の正体を教えてくれる。

 世界に七振りしか存在しない、神々より与えられし聖なる剣。


「聖王陛下にお伝えしてくれ。ルークセンが聖剣を返還しに戻ったと」


 この国ではルークセンの悪名を知らぬ者はいないのではないか。そう思うのだった。





 門番たちが右往左往して、ぐるぐる回って、挙げ句に「そうだ、陛下にご報告だー!」と走って行ってしまったので、ルークセンとイサリアは無人の門前で代理のつもりで立って待つことにした。


 出入りする者たちに誰何すいかされたが、門番たちが戻るのを待っているとだけ答えた。

 いつ戻るのかわからないことを黙っていただけだ。


「日が暮れてしまいましたね、ルークさん」

「そうだな」

「お腹がすきました……」


 聖都に着いたのは午後に入ってからなので、昼食はとってある。それでも日が沈んで暗くなってくれば、腹も減るだろう。


 イサリアだけ帰ってもいいと言うべきか迷っていると、門番の交替要員がやって来た。こちらはごまかせない。


「ルークさん、この方々にも名乗りをあげてみますか?」

「また戻って来なくなっても困るだろう」


 報告に行ったまま、何故か戻って来ないのだ。城内のどこかにいるはずだが、何をしているのかわからない。


「それに、夜番は朝まで次の交替がないかもしれない……」

「そ、それは困ります!」


 このまま朝まで門番代理は遠慮したかった。


 衛兵たちと少々揉めていると、馬車が外からやって来て、城門前で停まる。御者が門番に声をかけて開けるように促したが、イサリアが「メガネの人!」と言いながら馬車に近づいてしまった。


「ルークさん、この人ですよ!かっこ良いメガネの人!」

「確か聖王陛下の補佐官の……」


 ルークセンも門番に聞いた話を思い出した。

 聖王に伝えるなら、門番より確実かもしれない。


 門番たちや御者がイサリアの言動に怒ったり慌てたりしているが、ルークセンは構わずに聖剣を再度召喚した。

 暗くなっているので、聖剣の宿す輝きが昼間よりも分かりやすい。


「聖王陛下にお伝えしてくれ。ルークセンが聖剣を返還しに戻ったと」


 馬車の中の人物に話しかける。

 今度こそ伝わるはずだ。

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