第9話 レオルド1
討伐隊本部から頭を抱えたくなる報告が届いたので、聖王レオルドは自分の筆頭補佐官のジョーゼスを向かわせた。
他の仕事を中断することになるが、こちらのほうが優先度が高いと判断して、ジョーゼスも急いで出て行った。
カサルーナ国から魔物が入ってきた。
それも人間そっくりに化ける、最も厄介な魔人だという。
「なんでゼスタークの街からの知らせじゃなくて、のんびりやって来たカサルーナ人から知らされるんだ……」
「ゼスタークにも遣いを向かわせなくてはなりませんね」
知らせの内容も、もたらされた経緯も問題だらけである。魔人の情報が聖都まで届かないなんて、それ以下の情報も届かないということである。
余力などどこにもないのに、討伐用の武器や人員をどうしたらいいのか。
ジョーゼスが討伐隊の者と打ち合わせて来るだろうが、レオルドも捻出法について悩んだ。
いや、まずは目の前の案件から片付けようと頭を切り替えて、レオルドは積まれた書類から一枚取って目を通した。先に補佐官たちが対応しているものだが、読まずにサインだけするわけにはいかない。
気になる点があったので、王の執務室で一緒に仕事中の補佐官に尋ねる。
まだ即位して二年、弱冠15歳のレオルドは学ぶことが多いのだ。
「この追加予算についてだが──」
「聖剣が!」
話の途中でバーン!と大きな音を立てて扉が開き、兵士が飛び込んできた。執務室の前にいた護衛たちが、顔色を変えて闖入者に飛びかかって押さえつけた。
「せ、せ、聖剣がっ!」
「聖剣がどうした」
「聖剣がですねっ!?」
兵士は極度の混乱状態にあるように見えた。
300年前に失われた聖剣が、今さらなんだというのか。
「陛下の御前だ。話は他の者にしておけ」
「この者は城門を任されている兵だったはずです。牢にぶち込んでおきましょう」
どんな罰を与えるかはともかく、王の前で不敬を働いたのだ。とりあえず牢に入れるのはレオルドも反対しない。
「も、門前にルークセンが現れて、聖剣がどこからともなく現れて、ビカーッって!」
「それはすごいな。ルークセンは300年も生きていたのか」
「陛下、お
本当なんですー!と叫ぶ兵士は連行されて行った。居眠りでもして、変な夢を見たのかもしれない。
「まったく、忌々しい名を……」
ルークセンの名前など聞くのも嫌だという様子で、補佐官の一人がぶつぶつ言っている。
この国から聖剣が失われるきっかけになった元凶、諸悪の根源──全国民が憎悪し続ける存在である。
「しかし聖剣か。戻って来たらいくつもの案件が一瞬で片付くだろうな……」
もう誰も期待していない。
永遠に失われたと思っている。
だが夢を見ないわけではない。
この国に聖なる剣が戻り、大いなる加護が与えられる未来を。
ジョーゼスまで「聖剣が!」と叫びながら戻ったので、レオルドは悪質な詐欺が広まっているのだろうかと考えてしまった。
廊下にいる護衛たちや補佐官仲間は、ユフィアス国一の頭脳の持ち主と呼ばれる青年の取り乱しように、心配そうにうかがっている。
「何時間か前にも、門番が同じことを言っていたぞ」
「何を落ち着いていらっしゃるんですか!聖剣なんですよ!」
「おまえはどこの詐欺師に
「詐欺ではありません!」
騙されている者はみんなそう言うんだろう、とレオルドは言ってやりたい。
ジョーゼスが地団駄を踏んで怒っているが、本人はその奇行が自覚できないものらしい。
「とにかくその目でお確かめ下さい。見ればわかりますから。下のエントランスで待たせております」
「な!?怪しい人間を城に入れたのか!?」
「いくらお前でも許されないぞ、ジョーゼス!」
「他国の聖剣を見たことがあります。いいえ、知らなくとも一目でわかります。偽物の聖剣に騙される者などおりませんよ」
譲りそうにないジョーゼスを見て、レオルドは時計を確認してから席を立った。
「陛下!」
「夕餉を済ませて来るだけだ」
ジョーゼス以外の全員に止められたが、心配なら付いて来いと言って部屋を出た。護衛どころか補佐官たちも全員付いて来る。
「ルークセンと名乗ったのか?」
「はい。二十歳そこそこに見える若い男ですが、文献によれば『不老不死の怪物と化した』ということですから、年を取っていないのでしょう」
その文献もどこまで信用できるものなのか。
ジョーゼスの話を聞きながら廊下を進み、階段を降りてエントランスに向かった。
エントランスホールには若い男の他に、見覚えのない娘の姿もあった。二人は女神像を見上げて何か話しているようだった。
「あの娘は誰だ?」
「……そういえば、誰でしょう。ルークセンと一緒にいたので、つい連れて来てしまいましたが」
「ついで不審者を城に入れたのか。ジョーゼス、おまえのどこが信用できると思う?」
「も、申し訳のしようも……!」
ジョーゼスの混乱具合はわかってきた。
けれど後で始末書だなと思う。
話している間に二人の男女もレオルドたちに気づいて、こちらを振り向いた。鋭い雰囲気の青年と、暢気な様子の少女に見えた。
「おまえがルークセンを名乗る者か」
「聖王陛下にあらせられますか」
「聖王レオルドだ」
「失礼いたしました」
青年は隙のない所作で礼をとる。
少女のほうは青年の真似をしていたが、礼儀作法を知らない者のそれだった。
「聖剣を返還いたしに戻りました」
剣など持っていない青年の言葉を鼻で笑いかけて、レオルドは驚きに固まる。
青年の差し出した両手の平の上に、光が集まって形作るように剣が出現したからだ。
ただの光ではない。
聖なる光だ。
見間違えようもなく、聖なる光を放つ聖剣だった。
「聖剣……!」
門番もジョーゼスも、これを見たのか。
ありえない。
そう思いながらも、本物以外にありえないと感じている。
レオルドは気づかぬうちに、聖剣に近づいていたようだ。止める者もいなかった。
「どうぞお納め下さい。聖剣は遣い手に選ばれた者と、聖王陛下にのみ触れることの出来る剣でございます」
言われなくても知っている。
だが一応学んだだけの知識なので、言われて思い出した。
ありえない。
震える手を伸ばしながら、まだ信じきれずにいる。
けれど本当に本物の、ユフィアス国の聖剣だというならば。
この国に聖剣が戻るというならば──
あきらめながら夢想した様々なことを思い出す。
叶うはずがなかった、現実逃避の夢物語。
思考が乱れ、心も定まらない。
これはただの夢、白昼夢ではないのか。
けれど伸ばした指先に、白銀の剣が触れた。触れたところから流れ込む聖なる力は、間違えようもない。
「聖剣……!ユフィアスの聖剣……!」
聖王でも触れられるのは自国の聖剣だけだ。
だからこれは、他の国の聖剣ではない。
視界がにじんで、レオルドは自分が涙をこぼしていることを知った。だが今日は気にせず泣いてもいいだろう。
失われたはずの聖剣が戻って来たのだ。
二度と戻らないとあきらめていた聖剣が。
いつか取り戻せると願うには、長い月日が過ぎてしまっていた。
期待が絶望に変わるより、最初から希望など捨てておいたほうが楽だったから。
けれど心の底でずっと切望していた。
ユフィアスの民の悲願だった。
再びこの国に、聖剣の加護が戻ることを祈り続けていた──
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