第10話 イサリア4
眼鏡の青年が「こ、ここここっちだ」と声を震わせ、足をもつれさせながら歩き出したので、イサリアはルークセンとともに後を追った。
漆黒の髪に深い蒼の瞳の美青年なのだが、どこか悪いのだろうかと心配になる動きだ。
「なんで馬車を乗り捨てちゃったんでしょうね」
「心を鎮める時間が必要なんだろう。御者も動揺していて危険だったし」
馬車から降りた青年も、御者も門番たちも、みんなぐるぐるしていた。
ルークセンの出した剣が原因のようだ。
「ところでルークさん、聖剣って初めて会った日にビカーって光りながら出てきたアレですか?ずっと持ってたんですか?」
「……ああ。見えない状態に出来るから」
どこからか出てきた聖剣は、今はまたどこかに消えてしまった。ルークセンに出し入れ出来る物のようだ。
「それで結局、聖剣って何ですか?」
「クドが話さなかったのか?」
「聞いてないですよ。目の前にない物の話にはならない訳で」
旅の間、イサリアは知らない物を見るたびにルークセンとクドに尋ねて教えてもらっていた。しかし聖剣は目の前になかったので、聞きようがなかった。
「七聖国の話はしただろう」
「この世界には七つの国があるという話は聞きましたね」
「国の成り立ちに聖剣の話は欠かせないはずなんだが……」
しかしこの話は長くなるからな、とルークセンは悩む顔をした。クドも長すぎて語りきれなかったのかもしれない。
「いろいろ省略して説明すると、国ごとに聖剣が一振りずつ存在しているんだ。見て感じたと思うが、聖剣の力が国を支え、人間たちを守ってくれている」
すごい力を秘めているのはイサリアにもわかった。
「あの日、俺にかけられていた呪いも、聖剣の力ですべて消えた」
「そうだったんですか?わたしは何の関係もなかった!?」
イサリアは自分の使った魔法でルークセンを助けられたのかと思っていたが、とんだ勘違いだったらしい。
今ごろ真実を知って、恥ずかしさに逃げ出したくなって来た。
「君は失われていた聖剣を取り戻してくれたんだ。だが自分の使った魔法がどんなものかわかっていないと困るのは、理解したか?」
「はい……」
そうは言われても、今なお自分の使った魔法がなんだったのかわからない。わからないということがいかに恐ろしいことか、イサリアも身にしみてきた。
新しい師を探して勉強しなければと思い直したものだ。
というか治癒魔法じゃなくない?と自分でも思った。
話しているうちに、よろよろしながらも眼鏡の青年は城内の建物にたどり着いた。だいぶ暗くなっているため城のどのあたりにあるのかわからないが、かなり大きな建物のようだ。
大きくて立派な扉をくぐり抜けて、エントランスに入る。眼鏡の青年は「そこで待て」と言い置いて一人で奥に入っていった。
屋内は灯りがついているので、天井の絵もよく見えた。
「すごいですよ、ルークさん!あんなところに絵が!」
「そうだな。だがここで一番見応えがあるのは、女神像だろう」
「女神?」
なんとなく「明るいなー」と上から見てしまったイサリアは、ルークセンに言われて正面に飾られている石像へ目を向けた。
等身大ではなく、一回り大きな像が奥の階段の下、最も目を惹く位置にある。
「……師匠!?」
「何?」
ルークセンがきょろきょろと人の姿を探しているが、イサリアが見ているのは女神像である。
「あれ師匠そっくりですよ!なんで!?」
「あれは女神ユフィアだ。いや待て、姿変えの魔法があるという話をどこかで聞いたことがあるような……」
「姿変え?」
「文字通り、魔法で姿を変えるらしい。魔人が化けるのと似てるな」
別人の姿に変わることが出来るらしい。
イサリアの師匠は女神の姿を模していたようだ。
「他の者には言わないほうがいい。特に神殿の関係者は激怒するはずだ」
「わかりました……」
イサリアまでとばっちりを受けそうだ。
しかしこれで、イサリアは師匠の名前どころか本当の姿も知らないことになる。三日しか世話になっていないが、これはあんまりだと言いたかった。
イサリアが落ち込んでいると、眼鏡の青年が、何人もの人を連れて戻って来た。
ルークセンは憎まれていると言っていたが、確かに敵意を感じる。
そのルークセンが「しばらく黙っていてくれ」と言うので、イサリアは大人しく成り行きを見守ることにした。正直、何を話しているのか良くわからなかった。
ルークセンの真似をしてあいさつはしたものの、誰もイサリアのことは見ていないようだった。
イサリアより年下に見える白金の髪に琥珀色の瞳の少年が聖王レオルドと名乗り、ルークセンの差し出した聖剣によろめきながら近づいて、やがて泣きながら聖剣を抱きしめていた。
とても感動的な場面らしく、ルークセンを睨んでいた者たちも感涙にむせっている。
事情のまったくわからないイサリアだけが取り残されて、一人困惑したまま黙って眺めたのだった。
ルークセンがイサリアのことを「この者が聖剣を取り戻しました」と紹介したおかげで、イサリアは広い客室をあてがわられて、賓客としてもてなされた。
豪華な食事に立派な湯殿、素晴らしいドレスに甲斐甲斐しいメイドたち。至れり尽くせりである。
夜も更けていたのでイサリアはそのまま寝てしまったが、朝になってから告白した。
「わたし、感謝されるようなご立派なことはしてないんです……!」
「まあ、あなた様が聖剣の封印を解いて下さったのでしょう?」
「300年間、誰にも解けなかった呪いを解いて!」
「ルークさんに会って、助けたいと思って祈ったら心に呪文が浮かんできて、適当に唱えてみたら聖剣が地面からはえてきて……実際なにが起きたのか、誰にもわからないのです!」
改めて説明したら、ルークセンが何度も新しい師を探せと言っていた理由がわかる。
説明になっていないのだ。
「…えーと、でも、あなたが聖剣を取り戻したのは確かなのでしょう?」
「その場に他の人がいたのですか?」
「無人の見捨てられた地だったので、誰もいませんでした」
誰もが困惑していたが、イサリアも自分の手柄だとは言えなかった。
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