第19話 ルークセン6
聖王の筆頭補佐官ジョーゼスに連れられて、ルークセンは馬車で大神殿までやってきた。
見張りの兵士が着いてきたが、城の護りを削りたくないのか一人だけだ。
「……なんだ、あの人だかり」
「討伐隊の遠征に気付いて、選定を受けさせろと押しかけてきたゴミどもだ」
ルークセンもイサリアから聞いていたが、実際に目にすると不快感が大きかった。
ギスタスの街は聖都から見て西に位置しており、馬で半日ほどの距離にある。国の中央近くなので、300年前と同じところにあるはずだ。
「聖都の警備が手薄になっているのだから、討伐隊の代わりに都を護るくらいは考えないのか」
「てめえらがちゃんと守らねえから怪我したんだぞ慰謝料よこせ、と喚くゴミが考えるわけないだろう」
聖剣のご意志は人間には計り知れないとはいえ、そんな連中が聖剣の遣い手に選ばれるわけがないことは誰にでも分かる。
聖剣の遣い手に最低限の条件があるとするならば、国を守りたいと思う心があることではないだろうか。
ルークセンは誰よりも強く思っていたなんて言わないが、持てるすべての力で応えたいと思っていた。それが若輩者で実力不足だったルークセンの精一杯の誠意だった。
聖剣の遣い手になるということをなんだと思っているのか、と憤りながら馬車を降りて神殿に入った。選定以外の用事で神殿を訪れる者も多いため、騒いでいる連中はルークセンたちを別件だと思っただろう。
そもそも城の馬車に食ってかかる馬鹿は少ないとは思うが。
聖都に着いてすぐに城に直行したため、ルークセンは神殿に来るのは300年ぶりだ。
記憶にあるよりも古びて見えるが、歴史と威厳が積み重ねられて来た証であろう。
女神像に拝礼してから奥に進み、かつては幾度も訪れていた場所にたどり着いた。
聖剣が安置された、聖剣の間。
年に一度は、自分がまだ遣い手を続けていいのかと進退うかがいをした。
聖なる力の結晶を分けて頂くために、この広間を訪れた。
いつでもどこでも聖剣を呼び出せるとしても、礼を払うのは当然だった。
聖剣の間は、聖剣から聖なる力を国中に行き渡らせる場でもあった。聖剣を安置する台座に突き立てる形で、大地を通して力が広がっていく。
ここは国の中心でもあった。
「ルークセン、守りたいものがひとつはあるんじゃないのか?」
扉の前で立ち止まっていたルークセンに、ジョーゼスが嫌々という様子で話しかけて来た。
ルークセンと話すことではなく、話題が不本意という顔である。
「彼女には恋愛感情というものは見当たらないが、その、なんだ」
「俺にもない」
誰と確かめなくても、ルークセンの周囲に女性は一人しかいない。牢屋まで掃除に来る変わり者なんて、一人だけだ。
ルークセンがかつて惚れていた女は、ルークセンの呪いを解こうとして目の前で死んだ。
「イサリアはこの国の民ではないだろう」
「手放す気はない」
「あんたが嫁にしてでもか?よくかっこいいと褒めていたぞ」
「彼女が褒めるのは眼鏡だけだ!いいなー欲しいなー、という目で見られるだけだ!」
見目が良くて地位もあるから女性にモテるはずだが、それはそれとしてイサリアの反応は腹立たしいようだ。
「──まあ、つまり、私のことは気にする必要はないということだ。他に男の影もないはずだ」
「俺にもないと言っただろう」
「気を許せる相手は、この国には他に望めないと思え」
それはルークセンが聖剣の遣い手だった時の話だ。
この国にはルークセンを憎悪する人間しかいない。ルークセンの処刑を望む人間しかいない。
──それこそが刑罰なのではないか。
早く罪を償って楽になりたいと思うルークセンには、何よりつらい。けれど誰にとっても望まない展開である。
きっとルークセンが助かったと喜ぶのはイサリアだけだ。彼女の善意を否定するつもりはないが、ルークセンは喜べない。
聖剣だって、守りたいものを失ったルークセンを遣い手に選ばないだろう。
愛国心のすべてを失ったつもりはないが、ここには家族も友人知人も誰も残っていない。
祖国は様変わりしていて、ルークセンを聖剣の遣い手として祝福してくれた人々の代わりに、ルークセンを憎悪する人々が暮らしている。
かつて誇らしかった想いも、追い付けなかった先達たちへの憧れも、返したかった恩義も、すべて行き場を失ったまま。
神殿の前で見た、この国の醜さ。
ジョーゼスがこぼした、王位をめぐるいざこざ。
けれど、ろくな武器も与えられなくても、懸命に戦って、人々を守ろうとしている人間たちに会った。
聖剣を失っても、300年間この国を支えて来た人々がいたから、祖国がまだここにある。
きっと300年前にも、ろくでもない人間はいたのだ。ルークセンの目の届かないところでも、たくさんの人が生きている。
聖剣の間に入って、聖剣と向き合って、ルークセンは自分の心を見つめ直す。
ルークセンも昔とは変わってしまった。
けれど変わらないところもある。
一生憎まれ続けるのだろう。
死ぬまで嫌われ者として睨まれるのだろう。
それでも。
「──俺に戦う力を与えて欲しい」
願ってしまった。
記憶もしがらみもない少女が、善意だけで人を助けたいと言うのを見て。
理由なんて必要ないのだと示されたので。
償うのなら、人を救って返したい。
それを叶えてくれるのは、聖剣だけだった。
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