第20話 ルークセン7
聖剣を手にしただけで強くなれるわけではない。
ルークセンは剣士としてまだ未熟であることを知っている。
聖剣を手にして出て来たルークセンを複雑な表情で見ていたジョーゼスに伝える。
「俺が魔人と戦ったのは、一度だけだ。結末は良く知っているだろうが、倒すことはできた。でも俺はとどめをさしただけで、追い詰めたのは優秀な騎士や魔術師たちの力だった」
「城に残っている魔術師は三人だけだ。騎士団は全員聖都に残っている」
話ながら神殿の外へ向かい、馬車で城へと戻る。同行していた兵士は、ルークセンが聖剣の遣い手に選ばれたことが認められないという顔だが、黙ってついてきていた。
「だが騎士たちは聖なる力を宿した武器は持っていないな。それにどこぞのクズが護衛だと言って連れて行ったはずだ」
「陛下を非難しておいて、自分は逃げたのか?」
「王家の血を絶やすわけにはいかないそうだ」
「そっちに魔人がまぎれてないんだろうな」
「知らん」
ルークセンはそういう政争に関わる気はないし、相手がどんな人間でも守りたいと願って聖剣を手にした。
ルークセンの役目は魔人を倒すこと。それだけを考えることに決めたのだ。
けれど魔人が出現したというのに不用意に出入りさせている状況に、頭を抱えそうになった。
「……クズは血統主義だ。騎士の中でも代々続いている家系の者とか、出自がはっきりしている者を好んで使っていたからな。可能性は低い」
「聖王陛下は?」
「私のような若造を補佐官の筆頭に据えるような実力主義だ。実力のない血統自慢はおのずと向こうにつく」
ジョーゼスの言うクズが誰なのか知らないが、派閥が分かれてしまうのは必然だったようだ。
聖王の側に実力者がいるのなら、心配しなくても良さそうである。
「では魔人の被害者は?」
「侍女が一人。無残な殺され方をしていた。魔人が人間たちの恐怖感を煽るような、人には不可能な殺し方という奴だ」
魔人が人間の中にまぎれて犯行をおこなう場合、犯人が魔人だと示した上で姿を隠す。疑心暗鬼になった人間同士で争う様子を見て
魔人が
「では混乱している城内の様子を嗤って眺めている
「おまえが聖剣の返還にやって来た日に会った者たちは魔人ではない、と証明されている。それだけは僥倖だった」
「知覚範囲はそう広くないぞ。それに、魔人の中には聖剣の気配を察して隠れられるものもいるらしい」
「その話は知っている。だから『会った者たち』と言った」
ルークセンが覚えているのは、聖王の供をしていた補佐官たちと護衛たち、ついでに門番たちと御者の男くらいだ。
聖剣を聖王に渡した後は、しばらくは遣い手としての繋がりを感じていたが、聖剣の力が遠くなって感知能力もほぼ働いていなかったように思う。
「あまり多くないのでは?」
「陛下の執務室に詰めている者たちが魔人ではないとはっきりしている。それは充分な安心感だろう」
ジョーゼスが聖王のことしか心配していないようで、ルークセンは少し不安になった。
確かに聖王の無事も大事だとは思うのだが。
そうして話しているうちに、馬車は城に戻って来た。城門前に立つ門番たちを良く見てみれば、初日に会った者たちだった。
「城内を見回りながら、城に勤める者を全員確認しないといけないだろうな」
「名簿なら用意できる」
ルークセンは顔を知らない者ばかりなので、確認できる人材の同行も必要不可欠だった。
ルークセンとジョーゼスが聖王のもとへ報告に向かうと、イサリアもちゃんと王の側に控えていた。
聖剣の選定の結果については、イサリアだけが喜び、他の者たちは聖王も含めて、面倒な展開になったという気持ちが顔に出ていたものだ。
「二人目の被害者は出ていないが、魔人の話はすっかり知れ渡っているようだ。無断で逃げようとした者は一時的に牢に入れておいたが、この判断は正しかったか?」
「街に出すよりは良かったと思いますよ。それを許せば、聖都全体が大混乱だったでしょう」
「大丈夫ですよー。牢屋はだいぶ綺麗になってますから!」
イサリアの意見はどうでもいいが、牢内環境が無駄に向上しているのは確かだ。
「それと、魔術師たちと騎士たちは隣室で待機している。魔人討伐に必要なだけ連れて行け」
「魔術師は三人しかいないと聞いておりますが、陛下の護衛はいかが致しますか?」
「聖剣を取り戻してくれた救国の乙女がいる。秘めた力は世界有数、かもしれない。まさに百人力だ。気にするな」
「聖王様が大根役者なみの棒読みです!」
イサリアが「ひどい!」と騒いでいるが、ルークセンもイサリアを戦力にも数えたくなかった。治癒魔法にだけ期待している。
「ここを中心に確認していけば、信用できる護衛が増えます。騎士団の者は先に確認してしまいましょう」
「あとは、魔人にも通用する武器が必要ですが」
「ここで聖なる力の結晶を分けて頂こう」
聖王も普段は神殿まで出向いていたようだ。
ルークセンに魔人討伐に全力を尽くすように言って、王が自ら作業を始めた。
武器ひとつ分の結晶を作るにも、それなりの時間と集中力が要る。王が作業している間に、ルークセンはジョーゼスと隣室に移動して、魔人討伐に加わる者を選んだ。
ルークセンが聖剣の遣い手になったと聞いて怒る者、無言だが視線が如実に内心を語る者、憎々しげに睨みながらも状況を考えて今は協力すると答える者など、反応は様々だ。
ルークセンは相手の実力も分からず、連携して戦うことなど叶いそうにない状況に不安しか感じないが、ジョーゼスは気づかないらしい。
「今、陛下が聖なる力の結晶を作って下さっている。現在使用している武器に力を宿してしまうが、非常時なので受け入れてもらいたい」
「使い慣れた剣のほうが都合が良い」
「魔人討伐の後、武器を引き渡さなければならないという意味か?」
「そうだな。それから、魔人にとどめをさせるのは聖剣だけだということを忘れないように」
聖なる力を宿した武器なら渡り合えるが、魔人を滅するならば聖剣が必要だ。
聖剣がなくても倒すことは可能かもしれないが、非常に時間がかかるという。聖剣以外の攻撃は、致命傷にならないからだ。
だがこの状況は、300年前の出来事を思い起こさせる。
聖剣の遣い手がルークセンだから、なおさらだ。
戻ったばかりの聖剣が再び失われたらどうするのか。
憎悪と不信感を込めてルークセンを睨んでくる。ルークセンには何も言えなかった。
「この300年の間に他国でも魔人は現れ、聖剣の遣い手が討伐した話はいくつもある。魔人といっても能力差があるのだろう。例の呪いをかけられるとは限らない。この国にだけ現れるはずがない。今は最速で最善の結果を出すことを目指して欲しい」
ジョーゼスの言葉に頷いていても、納得していない者ばかりに見えた。
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