第21話 レオルド5




 レオルドよりも護衛や補佐官たちのほうが落ち着きを失って、おどおどそわそわと室内を歩き回り、窓の外をうかがっている。


 レオルドは聖なる力の結晶を魔人討伐に加わる人数分作って、疲れてぼんやりしていた。

 室内の雰囲気は、心を休ませてくれない。


 ただ一人、イサリアだけがのほーんとしている。

 大物だからではない。良くわかっていないからだ。


「これでは仕事も手につかないな」

「聖王様は仕事が好きなんですか?ジョーゼスさんもお仕事大好きっぽいですよね」

「好き嫌いじゃなくて、休んでいるヒマがないくらい仕事がたまっているだけだ。ジョーゼスは仕事大好きかもしれないけど」

「わたしはお仕事大好きでもありませんが、牢屋掃除はもう少しで全室完了なので、早くすっきりしたいですねー」

「ルークセンはさすがに牢屋から出すぞ」

「いえ、もうルークさんはどうでもよくて、達成感が欲しいのですよ!」


 一ヶ月頑張ったから、とイサリアが主張している。しかし、レオルドは首を振った。


「定期的に掃除を続けないと、すぐに汚れて元通りだろう」

「…わたし、一生牢屋掃除はさすがに…」


 イサリアもそこは拒絶していた。

 どうせなら治療師として活躍してもらいたいものだ。


 気を紛らわせるためにイサリアと話していたが、廊下が騒がしくなった。レオルドもぎくりとして言葉が途切れた。


 扉を叩く音にかぶせるように、性急な報告の声が聞こえた。


「東で死体が発見されました!」


 二人目の犠牲者が出てしまった。


 急造の魔人討伐隊は今どこにいて、レオルドはどんな指示を出すべきか。

 ジョーゼスは名簿を作ると言って倉庫に向かったので、相談できない。補佐官たちも落ち着きがないので、冷静な対処は難しいだろう。


「とにかく、入って詳しい報告を──」

「え?いいんですか?ルークさんの鑑定を受けた人なんですか?」


 レオルドが報告者を部屋に入れようとしたら、イサリアに言われた。

 自分も自分で思うより、冷静さを欠いているのだと気付く。


 おろおろしていた他の者たちも、ぎょっとしてレオルドを止めた。


「すまないが、そのまま報告の続きを」


 無闇に疑いたくはないが、レオルドは王である。レオルドに何かあったら、ここにいる者たちが責任を取らされることになる。

 みんな有能だから取り立てた者たちだ。

 ユフィアス国にとって大事な人材である。


 そしてイサリアは、聖剣を取り戻した象徴となる人物だ。王と違って替えが利かない。


「勢いで押せるかと思ったのに。今のが噂の聖女サマですか?」

「何を言って──」


 扉の外に立つ護衛の声が途切れた。


 突然態度を変えた報告者の声に驚いている間に、勝手に扉が開かれる。

 最初に目についたのは、赤く染まった廊下だった。そしてそこに立つ、地味な兵士の姿の男。


 愉悦に歪んだ嗤いを溢れさせた、男。


「魔人……!」

「死体が見つかったと言ったら、聖剣使いたちはすっ飛んで行きましたよ。もちろん、私の報告を別の人間が伝えに行ったんですけどね?」


 しばらく戻らないと思いますよと、レオルドたちの希望を踏みにじるように教える。

 ここには、魔人に対抗する力などない。


「いつから城にいた」

「時間稼ぎですか。いいでしょう。私は五年前から衛兵として参内しておりました。新参者が怪しいと言って犯人探しをするのでしょう?ならば怪しまれないほど長くお仕えしておこうと思ったわけですよ。存分に愉しむための下準備として」


 魔人は時間をかけられなくなった分、レオルドたちを言葉でなぶることにしたらしい。

 時間稼ぎと知っても応じたのは、聖剣が近づく前にレオルドたちを殺して逃げる自信があるということか。


「ギスタスの街に出た魔人は知り合いか」

「彼女とは先日会ったばかりですよ。人間にまぎれて静かに暮らしたいだけだとか言うので、ちょっと脅したら簡単に協力してくれまして。ええ、実に便利な人材に出会えましたね。終わったら追いかけて合流するつもりですよ。逃げようとも追い詰めますとも」


 魔人にも個体差はあると聞いていたが、目の前にいるのは最悪の部類の魔人ではないだろうか。


 そして、静かに暮らしたいとか言って人間にまぎれている魔人がどれほど隠れているのかも問題ではないのか。


「一匹見つけたら、30匹はいると思えと言われる害虫なみに魔人が隠れているのか?」

「聖王は私を怒らせて、死に急いでいるということですか?」


 言ってから、レオルドも話の選択を間違えたことに気付く。時間を稼ぎたいが、魔人を怒らせるべきではない。


 魔人が右手を挙げる。その手に魔力が集まっていくのを感じた。


 誰かの悲鳴が聞こえた。


 レオルドは最後の意地をかき集めて、魔人を睨みつける。聖王として無様な姿はさらせない。


 しかし攻撃が来ると思った瞬間に目を閉じてしまった。終わったと思った。


 だが。


「良かった!聖王様を助ける魔法って祈ったら、何か出来ました!」

「結界魔法も使えたんですか……邪魔な聖女だな」


 いつの間にかイサリアが魔法の結界で守ってくれていた。護衛や補佐官たちは、希望の光をイサリアに感じているようだ。


 けれど魔人のほうは、目に見えて機嫌を損ねていた。

 思い通りに行かない、目障りな邪魔者としてイサリアに注意を移している。


「その結界も破るのに少し手間取りそうですし、もう殺していいですよね」

「え、困ります。わたしは師匠に人を癒やして世界を救えと言われているので、まだ死にたくありません。誰も死なせたくありません」

「死にたくないと言って泣き叫ぶ人間を殺したいんですよ」

「他の趣味を探したほうがいいですよ。見捨てられた地の緑化とか!人間より力のある魔人さんにおすすめです!」

「それが出来たら、我々の故郷は滅びかけていないんですよ」


 イサリアの斜め上な意見に、魔人は顔をしかめて攻撃を再開した。結界魔法が防いでいるが、イサリアは杖を握りしめて力を集中させている。

 イサリアの劣勢は一目でわかる。ルークセンも言っていた。

 魔人と相対するなら、優秀な魔術師が数人は必要だと。一人で守りきれるものではない。


「あああ!鬱陶しい!」


 イサリアが魔人の想定よりもしぶとかったのか、苛立った声を上げる。攻撃の威力が上がったように見えた。


「イサリア!」


 結界が壊れた。

 レオルドが思わず叫んで、魔人の視線がレオルドに向いた。


 その一瞬に、魔人の背後から白銀に輝く剣が振り下ろされた。


 剣はかわされたが、魔人の攻撃が中断した。

 そこに剣の追撃が迫る。


「何故こんな近くにいる!?」

魔人おまえたちが感知しているのは俺ではなく、聖剣だろう。だから向こうに置いてきて、直前で召喚した」


 聖剣を手にしたルークセンだった。

 だが他の者たちの姿はない。


 魔人も気づいたようで、ルークセンから距離をとって嗤う。


「聖剣の遣い手の意見はすべて否定するだけの、どこかの無能そっくりな対応でもされましたか?」


 ルークセンは誰のことか知らないだろうが、レオルドはよく知っているので苦々しい気分で聞いた。

 叔父がレオルドの政策にことごとく反対をして、邪魔をする。内容を考えもせずに、ただ邪魔をしたいだけの妨害行為だ。


 もしも反対意見に理があるのならば、話しあって互いに最善を模索することが出来るだろう。その時間を無駄とは思わない。

 だが叔父は自分が王位につきたいだけで、国のことを考えていない。考えていないから、国が傾くような提案を平然と出来るのだろう。


 先日も聖なる力を宿した武器を各街に有料で売るべきだと言い出した。議題は街の規模や討伐隊の隊員の数を考慮して分配するとして、いくつ必要になるのか概算を出し、計画を形にするためのものだったのに。


「永遠に失われたと思っていた聖剣が戻って計算外の事態だと舌打ちしたものの、人間たちの愚かさを見るのは愉しいですねえ」


 レオルドは愚かな人間を見ても楽しくない。

 魔人とは意見が合わない。


 何よりも、自分の愚かさに気づいた時の気分は最悪だった。

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