第18話 イサリア9




 討伐隊がかなりの人員を割いて、ギスタスの街へ向かった。


 イサリアには依頼が来なかったので、城で待機中だ。けれどどういう状況なのかは教えてもらえた。


「クドさんの追っていた魔人が現れたみたいなんですよ。ギスタスの領主が美女を見つけて館に連れて来て、そこで暴れ出したとか」

「あの時の魔人か。まだこの国にいたんだな」


 待機していろと言われてもヒマなので、イサリアは牢屋掃除をしながらルークセンに話していた。ルークセンは聖王にもらった本を貸してみたら、意外と熱心に読んでいた。


「聖剣が戻った後に聖王様がこつこつと作っていたという武器が出て来て、みなさん喜んでました。でも武器って、鍛冶屋さんが作るものじゃないんですか?」

「鍛冶屋の鍛えた武器に、聖剣から分けて頂いた聖なる力の結晶を付与したものだろう。それは聖王陛下と遣い手にだけ出来ることだからな」

「そういえば聖王様が『聖剣が戻れば楽になると思ったのに、以前より仕事が増えた』って愚痴ってましたねー」

「……別の仕事の話だと思うぞ」


 聖王レオルドはイサリアより年下なのに、仕事に忙殺されていて大変そうだった。


「それと、わたしもお手伝いしますって申し出たら、君は救国の乙女だという自覚を持てって眼鏡のジョーゼスさんに怒られたんですよ。初めて聞きましたよ、救国の乙女って。いつからそんな大層な通り名がつけられたんでしょう」

「君が聖剣を取り戻してくれたからだろう」

「それでお城でちやほやしてもらっているのは理解してますよ。でも、自覚しようにも言われたことがなかった!」

「あまり面と向かって呼ぶようなものでもないだろうからな」


 イサリアとしてはジョーゼスの言いがかりに聞こえて納得がいかなかったのだが、それと魔人討伐の一行に加えられなかった件がどうつながるのかも問題だ。

 治療師の力も必要ならば、誰が付いて行ってもいいはずである。


 イサリアの知る限り、聖都にいる治療師はイサリアと同じくらい荒事が苦手そうな者ばかりなのである。


 イサリアが不満をこぼしながら床を磨いていると、その不満をぶつけていたジョーゼスが牢屋に踏み込んできた。


「……聞こえてました!?」

「何の話か理解しかねるが、ルークセン、出ろ」


 険しい表情のジョーゼスに、牢番たちもおろおろと様子をうかがっていた。


「処刑が決まったのか?」

「え!?待って下さい!」

「違う。魔人が出た。選定を受けてもらう」

「ギスタスにはもう討伐隊が」

「別の魔人が城内に出た」


 え!?と牢番たちが青ざめている。

 イサリアも驚いたが危機感はあまり感じず、代わりに不審に思った。


「まるで示し合わせていたような話ですね」

「ギスタスの魔人は陽動かもしれない」


 ジョーゼスは苦々しげに応えた。

 聖都の討伐隊から主力ばかりを選んで、聖なる力を強く宿す武器は全て持たせてギスタスの街へと送り出した。聖剣の遣い手が不在の今は、それでも充分の戦力とは言えなかった。

 魔人という存在は、一体だろうと人間の手に余る化け物だからだ。この300年の間に数回現れた魔人に、多くの犠牲を出している。

 けれどかろうじて追い払っただけで、倒すには至らなかった。


 イサリアはそんなに強いのかと認識を改めて怯えた。

 ルークセンは無言だが、過去を思い出したのか、悔いるような表情でうつむいていた。


「解っているはずだ、ルークセン。おまえが遣い手の有力候補なんだ」

「……俺は違う。もう昔のような気持ちも失った。ここには俺が守りたかった者はいない」

「聖都にいた候補者は全滅だった。他の街にいるのかもしれない。だがおまえが遣い手かもしれないと考え続けるより、違うとはっきりしたほうがこちらはすっきりするんだ。それだけの話だとでも思え」


 ジョーゼスが「おまえが聖剣の遣い手ではなかったら、魔人被害を誤魔化すためにも大々的に処刑して利用し尽くしてやる!」と非道いことを言い出したのでイサリアは怒った。

 なんでそうなるのか良くわからない部分があるものの、国民たちにも失礼なことを言っているのはわかった。


「聖王陛下は避難なさったのか?」

「下手に動けない。民を見捨てて逃げたと喚いて引きずり落とそうとするクズがいるんだ。無能な人間は自分の無能さが自覚できないから始末に困る」

「政敵か」


 ジョーゼスは他人ひとに聞かれたら不味いことを言っている気がしたが、牢番たちも誰かに告げ口する様子はなく、王に同情していた。

 ルークセンは立ち上がって、牢の鉄の扉の前に立つ。牢番がジョーゼスをうかがってから、鍵を開けた。


「イサリアは神殿あたりに避難させたほうが良いのでは?」

「そうだな。何かあったら困る」

「え。聖王様だって逃げてないのに、わたしだけ避難できませんよ!わたしは、えーと、そう!ピンチになるとすごい魔法を使えるかもしれません!」


 イサリアには戦う力などないが、誰かが怪我をしたら助けられる。何もしないでいるのは嫌だった。


「……聖剣を取り戻した魔法か。治癒魔法とは違うもうなのか?」

「俺には区別がつかなかったが、聖剣は異空間に封じられているようだと言われていたからな。空間をこじ開けるような魔法が必要ではないかと言った者もいた」

「転移魔法より難度が高いのか?あれも空間に干渉するだろう」

「鍵のかかってない扉と、厳重に鍵を掛けて封じられた扉の差だ」

「……なるほど」


 イサリアの目の前で考察され始めたが、話を聞いても自分の使った魔法のことはわからないままである。


「聖剣そのものに魔人も干渉できないはずだから、周囲の空間に細工をしたのだろう。他国の聖剣の力では俺の呪いは解けなかったが、失われていた聖剣が現れた瞬間にすべて吹き飛んでいた。そのあたりの構造はわからない」

「空間を操れたのなら、呪いの核もどこかの異空間に存在していたのではないか?」

「……急がなくていいんですか?」


 二人が話し込みそうになっているのでイサリアが声をかけると、ジョーゼスは慌ててルークセンを促した。

 そしてイサリアには聖王のところに行くようにと指示を出す。


 ルークセンはその指示に不満そうな顔をしたものの、黙ってジョーゼスに従っていた。

 イサリアは一人で避難するより良いと思ったので、はいと返事をしたのだった。

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