第17話 イサリア8




 聖剣の遣い手が見つからないまま、一月ひとつきが過ぎた。


 討伐隊の者たちは順番に選定を受けているそうだが、有力候補だった隊長たちが選ばれなかったのでがっかりしていた。

 隊長を差し置いて自分が選ばれるはずがないと言って、多くの隊員は選定への意欲がとぼしかった。


「あ、クドさん。聖王様に本をいただきましたよ」


 討伐隊は怪我人が出やすいので、牢屋掃除もこなしつつ、イサリアは討伐隊本部に通っていた。

 牢屋は一月磨き続けているが、けっこう広いのでまだかかりそうだった。


「聖王陛下から!?」

「イサリア、陛下と親しくさせて頂いているのか!?」

「えーと、時々お話します。愚痴をこぼすとすっきりするみたいなので、これも人を癒やして世界を救うためと耐えて──お相手させて頂いてます」


 年若い王は気苦労が多いようなので、イサリアはなるべく付き合うことにしている。

 レオルドは忙しいので、お茶の時間くらいのことなのだし。


 入り口のロビーにいたクドと隊員たちは、聞くんじゃなかったという顔をして、イサリアが持ってきた本に話をそらした。


「あ、これ、神殿前で売り出してる奴だ」

「つまらない説教が書いてあるんだろ」

「そんなことありませんよ。まだ少ししか読んでませんが、カサルーナ国の聖剣の遣い手が毎年毎年引退しようとしても、聖剣に許してもらえないまま30年経ってしまった話とか」


 クドの祖国の話なので、天才剣士だったって有名な話だぞと頷いている。

 気弱で戦いに向かない性格だったらしいが、よほど聖剣に気に入られていたのだろう。


「アスタリオ国で聖剣の遣い手を処刑したら、その後50年も次の遣い手が見つからなかった話とか」

「あ、それは聞いたことがある」

「自分が選ばれると思い込んでた王族が、平民の分際でって処刑したんだっけ?」


 本の内容と違うことを言っているが、尾ひれが付いて伝わった話のようだ。本を読んで正しい話を知るのも良いだろう。

 イサリアは初めて知る話ばかりだから、純粋に楽しんでいるが。


「なんかその本、もしもルークセンが遣い手に選ばれたとしても、聖剣のご意志なんだから文句言うなよって事前に言い訳するために作られてないか?」


 クドの指摘に、隊員たちがむっと顔をしかめていた。

 イサリアはそれでルークセンが助かるのなら嬉しいが、みんなルークセンへの憎しみが消せないようだ。


「まだ処分が決まらないんだよな」

「遣い手不在で50年は長いぞ。魔人も国内に潜んでるはずだし。つーか、聖剣の力でもないと、あいつ見つからねえ……」


 クドは聖剣がこの国に戻ったのなら、任せて帰ろうかなという顔になっている。

 クドと会えなくなるのは寂しいが、クドもいつまでも異国にいるわけにはいかないのだろう。


「その魔人は、何が目的なんでしょう」

「よくわからないな。一見美女に化けてるから、男たちがたぶらかされてさ。強引に迫って返り討ちに遭った。首謀者一人死亡。でも他の男たちは怪我もなく逃げ切った」

「正体がばれて暴れたんだろ?」

「いや、逃げた。隣の国にまで逃げて行った」


 魔人にも何か事情があったのかもしれない。


「ただの人間の美女だったら、完全に被害者だろ、それ……」

「その魔人、何が目的なんだ……」

「もしかして、魔人とも話せば分かり合えるのでしょうか」


 イサリアがつぶやくと、そうやって騙すのが目的なんだよ!と全員に怒られた。

 そしてクドたちは、それだ!と魔人の行動に納得していた。


 魔人が人間と仲良く暮らしたいと思っているかもしれないとイサリアは考えたが、会ったことがないので何も言えなかった。





 特に患者がいないので、イサリアはロビーのベンチに座って持参した本を読んで過ごしていた。クドたちは各々の仕事に出て行った。


 イサリアが集中して読んでいたからか誰も声をかけてこなかったが、不意に表が騒がしくなった。

 どこか不穏なざわめきに、魔物が出たのだろうかとイサリアも慌てて外をうかがった。


 隊員が駆け込んできて怪我人だと告げる。

 隊長は?と尋ねて階上に駆け上がって行った。

 イサリアは本の代わりに、立てかけていた杖を手にして建物の外に出た。


 本部前には数頭の馬と、数人の隊員、それを取り囲むように野次馬が集まりつつあった。


「イサリア殿、多分瘴気だ。浄化を試してみてもらえるかな」


 隊員の一人に呼ばれて近づくと、馬たちのすぐ側に怪我人たちが横たえられていた。

 要求通りに浄化の魔法を使うと、確かに瘴気が祓われる反応だった。

 一人ずつ浄化して、次に怪我の確認をする。思ったほど深い傷ではないが、誰もが血の気の失せた顔をしていた。


「これは、出血が多すぎたのでしょうか」

「だと思う。薬を飲ませて休ませるしかないな」


 魔法で失った血を戻すことはできない。治療師の出番はなかった。

 傷を塞いで止血し、近くの診療所へ運ぶ。

 誰もが治癒魔法を受けられるわけではないので、それ以外の手段で治療する場所は必要なのだ。


 イサリアは付いて行っても邪魔になるだけなので見送り、残っている隊員たちに問いかけた。


「ところで、どこの人たちだったんですか?討伐隊に所属している感じでしたけど」

「わからないな。多分、別の街の討伐隊だと思うけど」


 持っている武器で区別できるが、詳しい事は聞かないとわからない。話ができる状態の者がいなかったので、回復待ちだった。


「でも緊急の知らせかもしれないから、少しでも話せるようなら聞き出さないと」

「救援要請っぽいし」


 無理はさせられないが、のんびり構えても入られないようだ。


 残されていた馬をうまやのほうに連れて行ったり、野次馬たちを散らしている様子を眺めてイサリアは診療所を伺う。

 しばらくすると隊員が診療所から出てきた。


「ギスタスの街からの救援要請だった!知らせてくる!」


 一言告げて、本部に入っていった。

 これから準備を整えるのだろう。


「治療師は必要ですか?」

「どうだろう。必要だと思えば依頼すると思うよ」


 イサリアは城に戻って準備しておいたほうが良いのだろうか。ここにいても邪魔になってしまいそうだった。

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