第2話 ルークセン1




 遥かな昔、この世界は魔物の軍勢によって荒廃し、枯れ果て、滅びかけたことがあるという。

 世界とともに死に絶えるはずだった人間たちは、神々に与えられた希望にすがって、どうにか立て直すことに成功した。


 その希望の名は、聖剣。


 七振りの剣を得て、人間は七つの国を築いて復興につとめた。

 聖剣をいただく七聖国──神の力を宿した聖なる剣は魔物を浄化し、大地に力を与え、枯れた世界は緑を取り戻した。


 とはいえ、聖剣の力にも限界はあって、聖剣の加護が届かない場所を『見捨てられた地』と呼ぶ。

 神の慈悲がなければ世界のすべてがこのように枯れ果てていたのだと畏怖を込めて眺めるだけで、好んで足を踏み入れる者はいないだろう。異国に渡る時に通るくらいである。


 だからルークセンには丁度よかった。

 呪いを受けて、どうにもならなくて、でも誰にも迷惑をかけずに済む場所があったから。


 かつてルークセンは聖剣の勇者と呼ばれていた。

 聖剣の遣い手として選ばれ、聖剣の力をふるって魔物を倒し、国を守っていた。


 だが魔物の中でも特に力が強く、悪知恵の働く『魔人』と呼ばれるものが国を内側から崩そうと暗躍し始めた。それを追い回し、仲間たちと苦労して追い詰めたというのに──その魔人が自分の命と引き換えにして、最期に呪いをかけていったのだ。


 魔人は倒した。

 しかし負けたのは人間ルークセンたちのほうだった。


 呪いはルークセンと聖剣にかけられた。

 聖剣の力があれば振り払えたはずだが、その聖剣が消えてしまったのだ。


 仲間たちも国民たちも必死に呪いを解こうとした。他国の聖剣の力にすがりもした。

 けれど聖剣の力は万能ではない。まずは隠された聖剣を取り戻さなければ、かけられた呪いを祓うことは出来ない。聖剣では干渉できない場所に隠されていることしか判らなかった。


 そしてこの呪いは、他国の聖剣遣いには聖なる力で守られているので何の影響も及ぼさなかったが、解呪を試みた者たちを次々と変死させ、聖王までも床に伏してしまい、ルークセンは見捨てられた地に逃げ込むことしか出来なかった。


 それでもしばらくは何人もの者たちがルークセンを訪ねて来て、力と知恵を絞ってくれた。

 けれど彼らもみんな死んでいった。


 きっとルークセンが死ねば呪いも消える。

 そう考えて水も食糧も持たずに枯れた大地をさまよった。


 それで判ったのは、ルークセンが不老不死の怪物になっていることだけだった。

 ルークセンに果てなく呪いをまき散らさせ、苦しみ続けさせ、なにより聖剣を次の遣い手に渡さないためのものだった。



 あれからどれほどの月日が流れたのか、ルークセンには解らない。

 何もない大地を独りでさまよい、孤独と絶望と狂気に呑み込まれそうになりながら、自分は聖剣の遣い手なのだ、国を守るために在るのだと唯一の矜持にすがって正気を保ってきた。

 限界を感じながらも、どうにかまだ、自我は残っていた。


 けれど日毎に心がすり減っていく。

 解放されたくて、救いを求めて、壊れそうになる。


 いっそ世界が終われば、この苦しみから解放されるのに──


 邪念も生まれた。

 封じ込めておくのも、もう限界だった。



 そんなルークセンの前に、変な少女が現れた。人間に遭うのは久しぶりのルークセンでも変だと思うくらい、変な少女だった。

 記憶喪失だと自己申告していたので、本人のせいではないのかもしれないが。


 無知な少女は、無謀なことをした。

 三日分の記憶しか持たないと言いながら、ルークセンも知らない呪文を唱えた。聴き覚えがないので、異国の言葉かと思ってしまった。

 解呪を試した人たちが唱えた呪文とは違ったように思う。ルークセンは魔術師ではないので、断言は出来ない。


 その時ルークセンに解ったのは、失われていた聖剣が現れて、聖なる力で全ての呪いを吹き飛ばしたという事実だけである。




 気を失った少女を背負ってルークセンが歩いていると、やがて少女も目を覚ました。


「気がついたか」

「おー、腹減ったー……」

「他に言うことはないのかっ」


 第一声がそれで良いのか、年頃の娘だろう!と説教したくなる反応である。

 ルークセンはがっかりしながら足を止めて、少女を下ろした。


「俺の名前はルークセンだ。君は?」

「えーと、師匠があなたはイサリアって言ってたから、多分イサリアです」

「……迎えに来ないのか、その師匠……」


 イサリアの話だけでも力ある魔術師だろうと思えるので、師匠に弟子を引き取ってもらいたい気分だ。


「ルークセンさんは、えーと、どなたでしたっけ?」


 忘れたのか!?と返しかけたが、イサリアはまだ眠そうな顔で目をしばたかせていた。半覚醒状態のようだ。


「あ、そうだ!師匠がすべて初歩の術の応用でどうにかなるわって言ってたから、適当に思いつくまま呪文を唱えてみたら何かが起きて、ビカーって!何あれ!?」

「そこまでいい加減だったのか!?」

「……えーと、どうにもならなかったですかね?」

「……どうにかなった……」


 不本意ながらも、そう答えるしかない。

 何が起きたのか不明だろうと、失われていた聖剣が取り戻されたのだ。理由よりも、その事実がすべてに勝る。


 ルークセンはイサリアを追求しても何も出て来ないことに気づいてしまったので、話を変えた。


「何が起きたのか不明だか、呪いは解けた。俺は国に戻ろうと思う。君も行くあてがないのなら、一緒に来るか?」

「助かりますー。どっちに行けば人がいるのかなって思ってたくらいあてがないもので」

「……いや、俺も現在地はわからないが、向こうに見えるのはレスカール山脈だ、と良いなと思っている」

「……だと良いですねー」


 ずっとさまよっていたルークセンにも自信はないが、他にあてもないので歩くしかなかった。



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