第23話 イサリア10
城の治療師に治癒魔法をかけてもらったが、イサリアはしばらく声が出なくて何も出来なかった。
ルークセンは肋骨が折れて、内臓を傷つけていたせいで、治療されても寝たきりだった。
治療師は「なんでこんな大罪人を治療するんだ」と毎回文句を言いつつ、毎日きちんと治癒魔法をかけていた。
「やっと声が出るようになりましたー」
「まだ本調子ではないのだろう。良くなるまで喉を休ませておけ」
「少しはおしゃべりしたいです。魔法の使えない治療師なんて、誰もが嫌がるルークさんのお世話くらいしか仕事がないんですよ」
「……それは迷惑をかけて済まないと思っている」
イサリアは他に仕事がないことを不満に思っているだけで、ルークセンの世話が嫌な訳ではない。
ここにはルークセンしか話し相手がいないだけだ。
魔人を倒した後、知らせを受けてやっと聖王の執務室に来て人々は、魔人の遺体を見て大騒ぎしていた。
特にルークセンに同行していた魔人討伐隊の面々は、青ざめて震えていたものだ。
筆頭補佐官のジョーゼスも青い顔で戻って来て、話を聞いて主にレオルドを叱っていた。
王としての自覚を持てとか、貴方の身に何かあったらどうするつもりだったのかとか。
イサリアはジョーゼスがレオルドのことを大好きなんだなと思ったが、レオルドは怒りすぎだと拗ねていた。
聖王の護衛たちは、レオルドの勇敢さを我が事のように自慢して歩き、レオルドを信奉していた。
でもレオルドが無謀だったのも確かなので、ジョーゼスが「二度とやらないと誓って下さい!」と言うのもわかるのだった。
「そうだ、クドさんが旅立っちゃいましたよ」
「国に帰ったのか?」
「美女のほうの魔人は、こんな国にもう居たくないって何処かに行っちゃいましたからねー」
ギスタスの街の領主館で暴れた魔人は、聖都からの救援部隊が到着する半日も前に去っていたそうだ。
明らかに聖都から戦力を減らす陽動だった、と誰もが悔やんでいた。
しかし、わかっていたとしても救援を出さないという選択はなかった。見捨てることは出来なかった。
「魔人と共存は出来ないんですよね」
「脅されたらしいが、それであっさり人間を傷つけるような奴だろう。どこを信用しろというんだ」
「そうなんですよねー」
クドもユフィアス国を出てさらに別の国に行ったのなら、これ以上追う理由がないと帰国
してしまった。
イサリアはお別れのあいさつくらいはしたかったのだが、討伐隊の者から伝言を聞いただけである。
「わたしも旅に出て、他の国々を見て回るのもいいなって思ったんですよ。人を癒やして世界を救うついでに記憶を探すのもいいなって」
「止められたのか?」
「七聖国の中で一番困ってるのうちの国だから!って力説されました……」
イサリアにも聖剣の力というものが、どんなものか分かって来た。
300年も失われていて、この国が弱っていることも。
「……俺も君を引き留めていいか?ここには君しか、俺の過去を気にせず接してくれる人がいないんだ」
「ふおうっ!?」
「孤独に生きるのが俺に与えられた罰だというのなら、これ以上は言わない」
ルークセンが見捨てたら一生後悔しそうなことを言い出した。
イサリアは「ずるいっ!」と叫びたいが、ルークセンの言葉はすべて事実である。
レオルドやジョーゼスはルークセンを特に憎悪している素振りはないが、わだかまりは捨てきれない様子だった。ユフィアス国の人間には、どうしてもルークセンと何も気にせず付き合えないらしい。
異国人のクドくらいしか、気にしないでいられた者はいないだろう。
「うう、師匠はきっとルークさんを救えとあの場所にわたしをポイ捨てしたので、救ってみせますよ!」
「いや、充分救われたぞ」
「わたしはこの国じゃなくて、ルークさんを救うつもりだったんですよ!」
自分の言葉に、イサリアはふと既視感を覚えた。記憶の奥に何かを見つけかけた気がした。
「あれ?なんかこのセリフ、前にどこかで」
「どこの誰を口説いたんだ?」
「口説いてませんよ!?」
イサリアは真面目に言っているのに、ルークセンが誤解している。
「気をつけてくれ。すごい口説き文句を言われた気分になる……」
「ち、違うんですよー!?」
ルークセンが赤くなって顔を背けるので、イサリアまで恥ずかしくなってきた。
失われた記憶の手がかりなのに、深く考えたくなくなって来たイサリアだった。
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