第25話

「いや兄さん、さすがにそれは……」

「お前の言いたいことは分かる。でも兄を救うと思ってなんとか!!」


 帰宅してすぐにソファでくつろいでいる妹の前に正座して、貸してもらえるように頼み込んでみた。

 こんな話、親がいる前ではとても出来るような内容ではない。

 これを聞かれると、家族会議が始まってその後俺は家から追い出されてしまうかもしれない。

 親が仕事から帰ってくるまでの時間に話をつけなくてはいけない。


「うーん、そうは言われてもなぁ……」


 正直なところ、妹には罵声を発しながら断られると思っていた。

 実際に話を振ってみたら妹は怒ることなく、困惑しながらも真面目に考えてくれている。


「兄さんが困っているのはすごく分かるけど、私も制服現役で使ってるからなぁ」

「一着でいいから!」

「そうは言っても最近暑くて、汗すごいから毎日洗濯して着替えるでしょ? サブがちゃんとないと肝心の私が着るものなくなっちゃうよ」

「うう……」

「まさか小学生の制服貸すわけにいかないし。それにそういうやつって大体、誰から借りたのかとかチェックする人絶対にいると思うよ?」

「確かに……」

「それで妹から借りてますなんてバレたら兄さん、軽くいじめられて終わっちゃう」

「でも借りれなくて浮くのもなんかな……。他のクラスも見てるから目立つのは嫌なんだよなー」

「そういう時こそ、葵姉ちゃんから借りたらいいじゃん」

「ええ……。葵からか……?」

「何でそんな反応なの。葵姉ちゃんから借りれたら堂々としてられるじゃん。それどころか羨ましがられて自慢出来るし」


 予想していなかったわけではないが、妹の口からは葵から借りるべきという意見が出た。

 何度も言うが、気が進まない。


「早くしないと、葵姉ちゃんから借りようって思う人だっているかもしれないんだからとっとと聞くだけ聞いてみたらいいじゃん」

「うーん……」

「うっざ。妹にそんなキモいこと聞けるくせに、ここで怯むなよ」

「……へい」


 キレると妹の口調はとてもきつくなる。

 これ以上、機嫌を損ねると家での肩身が狭くなるのでおとなしく従うことにした。


 夕食後、自室に籠るとスマホを手にする。

 メッセージアプリの履歴を遡って葵のページを探す。

 見つけてやり取り履歴を見ると、時々妹に促されて渋々電話したときの履歴だけが残っている。

 他の人と話したり、グループトークが毎日更新されることで葵とのやり取りは随分と昔のようにこの中では感じてしまう。


「……」


 葵とのメッセージ履歴を遡っても、まともにメッセージで会話した時は一度もない。

 正確に言えば、半年ほど前に新しいスマホに変えて履歴がすべて飛んだのもあるが。

 それにしても、少なくとも半年はメッセージでやり取りすることもなくなったと言うことだ。

 面と向かって話はするのに、メッセージの気軽なやり取りはやりにくい。


 ーちょっとだけ話がしたいんだけど、電話してもいいか?ー


 仲のいい相手ならこんなことを確認しなくても、出なかったら時間を空けてかければいいだけのこと。

 でも、なぜかこの一言を伝えて確認をとらないといけないような気がするところがまた、距離が出来ていることを再認識させられる。


 ーいいよ。いつでもかけておいでー


 すぐに既読になって、シンプルに快諾する返事だけが返ってきた。

 電話のマークをタップして、電話をかける。


『もしもし』

「ああ、すまんな」

『別に構わないけど。まぁ大体何を言い出すか察しはつくのだけれども』

「何だとおもう?」

『今日の話で出たレクリエーションの女装の制服のことでしょ?』

「そう」

『古山さんや吉澤さんには貸してもらえそうに無いの?』

「借りる人いねぇわみたいな話の流れにはなったけど可哀想とだけしか言われなかった」

『ふふ、あんたもあの二人と仲良くなった割にはまだまだね』

「話することが多いぐらいで、なかなか自分が前に着ていた服を渡すってハードル高いだろ」

『あら? 私ならハードルが低いとでも言いたいの?』

「それは……」

『ごめん、いじめるつもりないからそんなに口ごもらないでよ』


 葵は楽しそうに笑いながら話している。


『亜弥も貸してくれないって?』

「最近暑くて、汗がすごいから毎日洗濯してると貸す余裕が無いってさ」

『なるほどね。分かった、あんたになら貸してあげるわ』

「え? あっさりだな。いいのか?」

『いいよ、別に。私にしか頼れない可哀想なあんたを救ってあげる』

「お前に借りようとするやつとか……いないのか?」

『うーん、うちのクラスにもサッカー部員はいるけど、吉澤さんにはとても借りる根性ある人いないだろうからいるかもしないけど……あんた以外の人に貸す気にはならないわ』

「そ、そうか……」


 葵はあっさりと、俺に制服を貸してくれると言ってくれた。

 正直なところ、散々煽られて無理とか言われるのが落ちだと思っていたのに。

 誰よりも優先して困っている俺を助けようとしてくれる葵に、何か複雑な気持ちになる。


『もし、この後に古山さんや吉澤さんが貸してくれるって言ってきたらそちらから借りなさい。私のは最終手段ということにしておきなさい』

「分かった。ありがたいけど、どうしてここまで俺に?」

『……あんたこういうことで浮くのが嫌いでしょ。使えるものは使って無難にこなしておくことはとても大切よ』

「……すまんな」

『今度、亜弥と出掛けることになってるからその時に亜弥に渡しておくからそっから受け取ってちょーだい』

「そんな早くから俺に渡すのか……?」


 葵の都合もあるかもしれないが、宿泊学習にはまだ一ヶ月弱ほどの期間がある。

 そんなに急ぐものでないし、自分の制服を他人の場所にそこまで長期間置くことに抵抗は無いのだろうか。


『だって亮太としては、この機会に制服しっかり楽しみたいでしょ?』

「……は?」

『惚けなくてもいいのよ。しっかり私の制服だって興奮してもらっていいのよ?』

「するわけないだろ!」

『ふふ、あんまりシワになるようなことしちゃダメだからね?』

「ちくしょう……」


「そんなんなら要らねぇよ!」……とは言えるわけもなく、油断したところに来た煽りをもろにくらった。

 葵が楽しそうに笑っている。

 制服をすんなり貸してくれるというありがたい予想外はあったものの、煽られるという予想だけはきっちりと的中した。


『じゃあ私はお風呂にはいってもう寝るから、そろそろ終わろうか』

「了解、お疲れ」

『おやすみ』


 会話が終わって、メッセージ欄には今日の通話時間が表示される。

 そんな通話記録と先程の事前確認のやり取りのみの履歴に一言だけメッセージを打つ。


 ーありがとな、葵ー

 ーどーいたしましてー


 シンプルな返事がスタンプ付きで返ってきた。

 それだけのメッセージのやり取りだったが、通話記録しかない履歴の中が少しだけ変わったような気がした。




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