第10話
次の日、葵に頼まれた通り吉澤には俺の方から謝罪を改めていれた。
「あいつ自身もそこまで言うつもりは無かったらしい。俺から謝るよ、すまん」
「……言いたいことは分かりました。でもそういうことなら本人の口から言うことなのでは?」
「それは……」
確かにそれは尤もな話ではある。
ただ、葵の言ったように葵自身が謝ってもこの雰囲気じゃ穏便に済まないだろう。
かといって、吉澤からすればなぜ代わりに幼馴染が謝るのか誠実さを疑うのは頷ける。
これでは表向きには解決したような雰囲気になっても、お互いに不信感が募ってまた何かあったときに爆発しかねない。
だからと言ってこれ以上お互いの事を分かったような口を利くのは逆効果の上に、俺も吉澤から不信感を抱かれる可能性がある。
部活が一緒で接触する機会も多い。どうしたらよいのか。
「うーん。私は春川さんが出来るだけ莉乃のことを考えてこうしたんだと思うよ」
俺がどう吉澤に声をかけようか悩んでいたとき、古山がポツリとそう一言こぼした。
「どういうことですか?」
「確かにさ、直接本人が来てお互いに気持ちを伝えあって謝るのが一番いいけどさ。今の二人にそれは出来ないんじゃない?」
「そ、それは……」
「お互いのことがほとんど理解出来てないから何しても悪い方向にしか捉えられない。また喧嘩しちゃうって思ったんじゃないかな」
「確かに何を言われても感情的になりそうです……」
俺が言いたくても言えないことを、古山がすらすらと口にした。
ずっと前から友人の古山が吉澤にその言葉を伝えてくれたことで、吉澤もかなり冷静に考え直そうとしている。
「莉乃から見れば部活も一緒で春川さんの事悪いようにしか見えないかもしれないけど……。私は春川さんの事、そんなに悪い人だとは思えないかな」
「由奈……。正気ですか?」
「うん」
それだけではなく、古山自身は昨日の一件を見て葵と仲良くなれないと言い出すどころか、仲良くなれると言い出した。
さすがにその発言は俺からしても吉澤同様に正気かと問いたくなるが。
古山の顔は至って真面目な表情をしている。
「そうですか……。由奈はあんぽんたんですが、人のことを見る目はありますもんね」
「あ、あんぽんたん……。そ、そう! 人を見る目はあるぞ!」
「ま、まぁともかく、葵はマジで反省してたっぽいから今回は見逃してやってくれ……」
「分かりました」
古山のアシストのお陰で何とか吉澤に納得してもらうことが出来た。
初めて古山がいて助かった瞬間である。
「暗い話は終わり! もう体育祭だよ!? 桑野君は何の競技に出るの?」
「リレーと玉入れだな」
玉入れはともかくリレーには正直出たくなかったが、ここ最近体力テストで50メートル走をしたためにタイムが早いやつが強制的に出ないといけない空気になった。
「私は借り物競争とリレーに出るんだー!」
「うちの借り物競争の内容って結構悪質らしいんだけど、大丈夫なんか……?」
「私もそれ由奈に聞いたんですけど、なんとかなるでしょってそのまま行きました」
「なるほど……。吉澤は?」
「私は障害物競争と二人三脚ですね。あんまり足の早さとか影響の少ないやつを選びました」
「さすがにちゃんと考えて選んでるな」
「足引っ張るとクラスに申し訳ないですからね。やっぱり勝ちたいと思われる方も多いでしょうし」
やりたいものを直感的に選ぶ古山に対して、自分に合っているであろうものを考えて選ぶ吉澤。
真面目な吉澤らしい考え方。
古山のようにやりたいものを素直に選んでもいいと思うのだが、運動が苦手なことをかなり意識しているようだ。
「借り物競争って中学の時やりたかったけど、出来なかったんだー!」
「何でそんなにやりたいの?」
「だって驚いたりしてる友達とか先生とかを引っ張り出すの楽しくない?」
「吉澤……」
「正直に言いますね。中学時代、由奈が借り物競争出来なくて良かったと思いました。それと同時に覚悟を固める準備をしています……」
「大変だな……」
「え? 桑野くんも条件によっては引っ張り出すよ???」
「は???」
「だってさ、同性限定とは限らないし? 条件に異性があったら……」
古山に借り物競争で引っ張り出される?
全校生が見ている中、美人だとますます名前が知れ渡っているこいつに引っ張り出されたりでもしたら。
注目の的になり、面倒なことが増えてしまうことは間違いない。
しかも、割と大胆なお題が出されることもあってなにも考えていないこいつが何でもかんでも適当に俺を引っ張り出したりすることは容易に想像出来る。
何とかして今のうちに止めねば。
「古山、それは考え直してくれないか?」
「いいですね、私より桑野くんを出す方が足早いですし適任かと」
「吉澤……?」
「なるほどー。それに莉乃ってば体力ないから何回も競技参加しちゃうとバテちゃうよね」
「さすが我が友人です。よく私を理解していますね」
「お、おい……」
「という事で、桑野くんを高い確率で引っ張り出すから構えといとね!」
「マジかよ……」
「由奈がこう言い出したら絶対にやめないので諦めてくださいね」
「吉澤……この恨み忘れんぞ」
「何の事かさっぱりです」
こちらに期待の視線を送る古山と意地悪そうな笑みを浮かべる吉澤。
この二人に振り回されて無事には終わりそうもない体育祭が間近に近づいてきている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます