第9話

 葵と吉澤のひと悶着を何とか納めると、そのまま俺は帰宅した。

 今回ばかりは古山がいてくれて助かった。

 かなり吉澤は怒っていたし、俺といくら話す機会が増えてきたとは言っても押さえられる気がしなかったからだ。


「あいつはあの落ち着いている吉澤をあそこまで不快にさせているのか……」


 想像がつかないわけではない。

 でも、吉澤の性格なら自分とは全く違う人としてあまり相手にしないような気もしたが、それ以上に不愉快な行動をしているということなのだろうか。


「ただいまーん」

「おかえり」

「……兄さん。洗濯物取り込んでないよ」

「あ、すまん」


 どうやら俺も妹に偉そうなことは言えないようだ。

 急いで洗濯物を取り込んでハンガーと洗濯バサミを外して固めておく。


「なんか悩んでみたいだけど、どうかした?」

「んや、ちょっとな……。あ、そうだ。葵からお前にプレゼントって」


 妹に今日葵から手渡されたハンドクリームを渡す。


「これってすごくいいやつじゃん! 葵姉ちゃんがくれたの!?」

「そうだぞ」


 パッケージだけ見ると確かにこの俺でも何か高そうに見えるけど、本当に高いやつらしい。


「何でくれたかとか言ってた?」

「お前の肌が弱いから使って欲しいおすすめのやつだからって」

「葵姉ちゃん……。私が何気無く言ったこと覚えててくれたんだ……」

「ちなみにそれどれくらいの値段するの?」

「4000円弱」

「マジかよ……。お礼言っとけよ」

「そんなの言われなくてもするし」


 一般的な高校生で4000円はさすがに高額すぎる。

 そんなことあいつは一言も言わなかったので、そのような事実を初めて知って何だか複雑な気分になった。


「あのさ」

「うん?どうかしたの?」

「答えられる範囲でいいから、葵と普段からどんな話してるんだ?」

「どしたの急に。そうだね、まぁおしゃれの話とか私の悩み相談とか」

「悩みって友達とか恋愛とかか?」

「は? どこまで聞いてくんの?? さすがにキモくね??」

「そ、そうだな。すまん」


 さすがな妹とそこまで仲が悪くないとはいえ、ここまで根掘り葉掘り聞くとキレられても仕方がないのでこれ以上は諦めた。


「……葵姉ちゃんのことで何かあったの?」

「いや、別にそういう訳じゃ……」

「隠すの下手すぎ。ま、さっき私が聞きすぎって言ったばかりだから聞きはしないけどさ……。考えることあるなら直接葵姉ちゃんと話すれば?」

「俺と葵は……」

「兄さんと葵姉ちゃんに何があったかは知らないけど、少なくとも私は兄さんの捉え方次第でどーにでもなると思うよ」

「適当な事言い過ぎだろ」

「あー! もううじうじしてキモいなぁ! とりあえず喧嘩してもいいから話すればいいじゃん! 私と葵姉ちゃん仲良いんだし!」


 遂には妹がぶちギレてしまった。

 何も知らない妹からすれば可愛くて尊敬できる幼馴染をひたすら何とか避けようとしている情けない兄くらいにしか写ってない。

 とはいえ、可愛い妹に本気で疎まれてしまったのでそこそこ反省はしないといけないのかもしれない。



 夜、俺が自室で勉強していると隣の部屋からは楽しそうな妹の声が聞こえてくる。

 笑い声が絶え間なく聞こえてくるので、話が盛り上がっているのだろう。

 どんな話をしているのか気にならないわけではないが、これ以上介入すると本気で妹に嫌われてしまうので抑えなければならない。

 しばらく勉強していると、妹の声が聞こえなくなった。


「兄さん」


 コンコンとノックして少しだけドアを開けてこちらに少しだけ顔を覗かせながら話しかけて来た。


「私は葵姉ちゃんとの会話終わったから」

「そうか」

「そうか……。じゃない! さっさと電話して! 兄さんからもかかってくるからって言ってあるから!」

「勝手なことしてるな、我が妹よ」

「はよ電話しろ」


 そう言うと乱暴にドアを閉めて部屋に戻って行ってしまった。

 妹に先に話をつけられた以上、葵は電話に出られるようにしているだろうし話をしないとまずいか。

 気は進まないものの、一応葵に電話をしてみた。


『随分と亜弥に絞られたようね』

「ああ。というか、まずはありがとうな。亜弥にあげたハンドクリームいいやつだったらしくて」

『いいのよ。あの子は私にとっても可愛くて仕方がないから』

「でも、値段的にきついだろ。大丈夫なのか?」

『大丈夫よ。ちゃんと考えてやりくりしてるから』

「そうか」

『なぁに? すごく心配してくれちゃって』

「憎たらしくても妹に優しくしてくれている分の気遣いぐらいはしてやるよ」

『ふふ、ありがたく受け取っておくわ』


 何はともあれ葵は相当うちの妹の事を可愛がってくれているようだ。懐くのも当然か。


「お前さ、妹とどんな話してんの?」

『心配しなくてもあの子は私のようにならないわ。それだけ言えばあんたの求める答えとして満足でしょ?』

「そうか」


 今の発言はかなり冷たい感じを受けた。

 確かにそれが心配している本質的な部分ではあるが、いとも簡単に核心を素っ気ない感じで突いてきた。


『……こうしてあんたと電話で話すこともめっきり無くなったわね』

「まぁな。お互いやりたいとも思わなかったろ」

『それもそうね』

「……」

『……』


 葵の一言を最後にお互いに話すことが無いために無言の時間が何秒間か続いた。

 もう話すこともないかと思って電話を切ろうために話を切り上げるように言おうと思ったとき。


『ごめん。今日はあんな風にするつもりはなかった』

「……うん」

『だから吉澤さんにはあんたから謝ってくれない? 今の私から何を言っても何も伝わらないから。今日のハンドクリーム感謝してるならそれぐらいしたって罰当たらないでしょ』

「任せとけ」

『ありがと。じゃあ、ぼちぼちこのくらいで』

「おう。本当にありがとな」


 その俺のお礼の言葉には特に反応することなく電話が切れた。

 そのあと、無事に電話をしてそこそこ話をすることが出来たことを妹に報告すると満足そうにしていた。


 ーごめん。今日はあんな風にするつもりはなかった。ー


 そう言った葵の言葉がその後ずっと俺の中で響いていたが、なぜこの言葉がやけに心に引っ掛かるのか分からなかった。





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