第8話

 古山に必死で勉強を教えた結果、無事に彼女は次の数学の小テストでしっかり高得点を取ることが出来た。

 今日最後の授業が終わり、荷物の片付けをしているといつもの二人の会話が聞こえてくる。


「私だってやれば出来るんだよ!」

「そうですね」


 あれだけ必死に教えたんだから結果を出してもらわないと逆に困るが、結果を残せたのなら特に俺からは何も言わない。

 今日も二人の会話を背中で聞いているような状態である。

 最近、古山とだけでなく吉澤とも話す機会が増えたことによ、り友人含めて同性の見る目がちょっとずつ厳しくなっている。

 なので、あんまりこの二人と頻繁に学校内で話すことは避けたい――。


「桑野君、ありがとうございます」

「助かるー!」

「へいへい」


 俺が話に入っているかのように自然に俺を話を振ってくる。

 振り向いて反応することでもないので、適当な返事をしておく。

 話をするだけでもとても目立つのに、振り向いたりでもしたらもっと目立つからである。

 なのに、その意図をこの二人は読み取ってくれない。


「覇気のない返事だなー」

「もしかして恥ずかしがってますか?」


 古山はともかくとして、彼女のことを間抜け扱いしている吉澤くらいはちゃんと俺の考えていることを多少なりとも察してほしいのだが……。

 俺が無反応でいると、自分達の言ったことが図星だと思ったのか再び二人だけの会話に戻った。


「次もこの調子で行きましょうね」

「うん! 今度も教えてくれるって言ってた!」

「それはよかったです」

「これから全部勉強面は頼ることにするー!」

「それがいいかもしれませんね」

「ちょいちょいちょい!!」

「「あ、やっと反応した」」


 二人の会話だとこのままずっと古山の勉強を見ていくことに勝手に決まりそうだったので思わず振り返って止めに入ってしまった。


「勝手に俺の役割を増やすな……」

「さすがに冗談ですよ。そこまで丸投げにしたりはしませんよ」

「え、そうなの!?」

「吉澤さ、親友がどういうやつかよく理解した上でたちの悪い冗談は言おうな」

「すみません。1ミリぐらい反省しておきますね」


 こうして結局、二人の会話に反応してしまった俺はそのままこの二人の話に混ざってしまうことになった。

 痛いほど視線を感じるが、気にしたら負け。

 席が近いせいだと頑なに言い訳しておけば何とかなるはずである。


「私からは土日の空いた時間を使って由奈に出来るだけ桑野君の負担にならないように教えられることは教えておきますよ」

「私、休みないの……?」

「それは助かるけど、それだと吉澤の休みが無くなるだろ」

「まぁそうかもしれませんけど、由奈とファミレスでも行ってのんびりやりますから」


 吉澤も忙しい中、時間を作って古山に勉強を教えてくれるようだ。

 少しでも先に教えてくれると、効率よく教えたいことを教えることが出来る。

 そんな話を三人でしていると――。


「美人お二人さん。お話を楽しんでいるところ、ごめんねぇ。亮太、ちょっといい?」

「な、何だよ葵」


 俺たちの中に入ってきたのは葵だった。

 俺+クラスの美人トップ3が集結したために、周りからは驚きの声が聞こえてくる。


「亜弥にこれあげて。今日、あんたが一人のときに渡そうかと思ったけど、結局タイミング逃しちゃったから今になったけど」


 葵から渡されたのはハンドクリーム。

 確かに妹はハンドクリームを使用しているが、何で葵から?


「何でお前から妹にこんなものを?」

「……あの子、皮膚弱いんでしょ。そういう人におすすめなやつがあったからあげてちょーだい」

「わ、分かった……」


 俺とはともかく、妹とは仲がいいのだから直接葵の手から渡してやれば喜ぶと思うのだが。


「じゃ、それだけだから。お二人さん、亮太貸してくれてありがとうねぇ」


 そう言うと葵が自分の席に戻ろうとしたときに鋭い言葉を飛ばした者がいる。


「今度は桑野君に手を出すんですか? 本当に見境がない人ですね」

「あら、吉澤さん。そんな言い方はないと思うわぁ」

「あなたの行動を振り返ってから言うべきなのでは……?」


 声を少し荒げたのは吉澤だった。

 しかし、この二人の接点はこのクラスで同じということだけ――。


 ーサッカー部のマネージャーしてますよー

 ー葵姉ちゃんってサッカー部のマネージャーするんだってねー


(接点はそこか!!)


 数日前に話した記憶のパーツが繋がった。

 この二人はサッカー部のマネージャーというとても近い距離で同じ立場にいる。


「真面目な吉澤さんには分かってもらおうとか思ってないから大丈夫よぉ」

「その舐めたような口調をまず慎んで貰いたいものですね」


 声の大きさこそは押さえられているものの、かなり不快感を感じて苛立っているような様子を吉澤は見せている。

 一方、葵は相変わらず口調も表情もいつも通りと言ったところだ。


「いつも私のことを嫌そうに言っていたけどさぁ……。今日ほどイライラしているのも珍しいんじゃない? そんなに亮太のこと気に入ったぁ??」

「な、何を……!」

「まぁまぁ、莉乃落ち着こ!」

「おいこら葵。いい加減にしろ」


 古山が吉澤を、俺が葵を抑えることによって何とか二人の言い合いは止まった。


「うーん。亮太にも嫌われてるし、吉澤さんにも激しく嫌われてるからこれ以上居たらまずそうだし、退散するわぁ」

「そうしとけ。あんまり人を怒らせるな」


 葵はそのまま自分の席に戻っていった。

 すると、先程まで熱くなっていた吉澤も落ち着きを見せた。


「す、すいません。取り乱しました」

「いや、すまん。あいつはああいう煽りをよくする。慣れてないと頭に来るのは仕方ない。代わりにはならないが、謝っておく」

「桑野君と春川さんってどういう関係なの?」

「一応、幼馴染っていうやつだ。とは言ってもあんまり話することなくなったがな……。ああいう性格は俺も好きになれん」

「わ、分からないものですね……。あなたとあの人がそういう関係性だったなんて」

「まぁ腐れ縁みたいなもんだ。気にするだけ煽られてこっちがきつくなるだろうから出来るだけ気にしない方がいい」

「わ、分かりました……」

「ま、何かあったら俺に言ってくれれば」


 俺が宥めるようにそう言うと、吉澤が首を縦に振ってくれた。

 しかし、高校でも相変わらず人の心を荒らすことだけは一級品だと部活に向おうとしている葵を見てそう思うと、自然とため息が出てしまう。

 俺の机には葵が置いていってくれたハンドクリームの容器がいつの間にか倒れていた。


















  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る