第7話

 体育祭が近づいても、高校ぐらいになると当然だが、授業が緩めになったりすることなんてあるはずがない。


「昨日やった小テスト返すぞー! 今回は最初だから追試とかしないが、次からは規定ライン取れなかったやつは放課後追試だからな!」


 数学、英語、理科全般の小テストが入学して1ヶ月弱ほどの俺たちに容赦なく襲いかかっていた。

 俺は部活に入っていない分、勉強する時間も気力もあるので何とかなっている。

 しかし、部活に入っているメンバーにとってはとても苦しいものだろう。


「きついんですけどー!」


 もちろんだが、後ろにいるやつもかなり音を上げている。


「助けて莉乃ー! このままじゃ私、次から追試祭りだよー」

「頑張って勉強しましょう。由奈も部活に入って忙しくなったのは分かりますけどね」

「うう~~!!」


 古山は吉澤に泣きついて助けを求めるが、優しく現実を突きつけている。

 ちなみに最近は吉澤ともちょこちょこ話をするようになった。

 その中で分かったこととして吉澤は成績優秀だということ。

 彼女の様子を見る限り、こちらは余裕があるようだ。


「莉乃~!勉強教えて……」

「うーん……。教えてあげたいのは山々ですが、部活と塾でちゃんと教えてあげられる時間が確保できないんですよね」

「そ、そんな……!」

「困りましたね……。こんな時、時間に余裕があって頭がよくて由奈とそれなりに仲の良い方がいれば……」


 そんな二人の繰り広げる話が聞こえてくるが、話に入るのもどうかと思うので特にこちらから反応はしない。


「桑野君?」

「うおっ!?」


 すると、吉澤が想像以上に近い距離から俺に話しかけてきた。

 何となく話の流れ的に、俺に話が飛んで来てもおかしくはなかったが、まさか吉澤にこんな形で声をかけられるとは思っていなかった。


「そ、そんなにビックリしなくても良くないですか……? てっきり聞こえているものだと」

「い、いや。吉澤からまさか話しかけられることを想定していなかったから……」

「あら、由奈から直接助けを求められたかったですか?」

「いや、それもなんか嫌だな」

「桑野君、しれっとひどい言い方してるよね……」


 古山から後ろから文句を言っているが、気にせず吉澤と話を進める。


「聞いていたとは思いますが、ご覧通り由奈の小テストの結果は見るも無惨と言ったところです。どうにかしなければなりません」

「あっ! 桑野君に見せないでー!」


 吉澤が古山の回答用紙をヒラヒラさせながら俺に見せる。

 古山が慌てて隠そうとしたが、残念な結果がしっかりと確認できてしまった。

 元々授業の時に毎回俺に聞いてきているところからもあんまり勉強が出来ないような気はしていたが、ここまで酷いとは。


「確かにこれは何とかしないと、間違いなく次から居残りだな」

「うう~~! それは嫌だ! 部活出来なくなっちゃう」

「なら頑張って勉強するしかないな」

「はい、そういうことです。ですが、ちゃんと分かっている人が教えないと捗りませんよね?」

「うん……。まぁそうだな」

「ということで、由奈のことよろしくお願いしますー」

「「ちょいちょいちょい!!」」


 吉澤の勝手な依頼に俺と古山が同時に声をあげた。


「何ですか、二人揃って。桑野君はともかく、由奈には止める権利があると思ってるのですか?」

「いや、その……。ありません」

「でも、俺には拒否権というやつが……」


 古山は何も言えないかもしれないが、俺としては拒否権がある。

 この出来だとほぼ一から教えないといけないし、古山も部活をしているので放課後に教えるのは厳しくなる。

 結局のところ教えられるのは夜だが、どうやってコンタクトをとって勉強したらいいかも分からない。

 考えるだけでとても面倒だということがすぐに分かるので、何とか回避したいところだが……。


「桑野君……。何とかお願いしますよ。他に頼りに出来る人がいないんですから」

「そうは言うけどな、どうやってあいつに教える時間を取ればいいんだよ。あいつも部活あるし」

「夜に通話でもしちゃえばいいじゃないですか。可愛い女の子と通話できる。こんな機会なかなかありませんよ?」

「吉澤って意外と適当やな……」


 確かに今、連絡手段として主流となっているメッセージアプリは無料で気軽に通話できる。

 それを使えば、古山と連絡を取るのは難しくはない。


「何二人でこそこそしてるのさ!」


 古山に聞こえないようにして俺たちが言い合っていると、膨れっ面で俺たちを問い詰めてきた。


「……何気に二人って知り合って最近とか言う割には仲いいよね」

「そ、そうですか?」

「気のせいだぞ」


 吉澤ははっきりとは否定しなかったが、敢えて俺はしっかりと否定する。

 そんな俺の様子に吉澤がちらっとこちらを見て何かを言いたそうにしていたが、気にしないでおく。


「うーん、なんかもやもやする……。私の方が桑野君より莉乃と仲いいはずなのに。それに莉乃よりも桑野君と先に知り合ったのに莉乃と仲良くなってるし~」

「そんなことありませんよ。今、桑野君が由奈に勉強を喜んで教えると言ってましたよ」

「はい!?」

「え……? さっきまで私と同じで止めてなかった?」

「い、いえ! それはですね……。た、単純に恥ずかしかっただけだそうで!」


 こちらをチラチラと見ながら、由奈にすらすらと嘘を並べている。

 こちらを見るときは「何も言うな」という凄まじい圧を感じるため、何も言えなかった。

 結局、このまま吉澤の強引な取り決めによって今日の夜から勉強を教えることに決まってしまった。


 そしてその夜。


「はぁ~マジで古山と通話するのか……」


 後から考えたが、古山が分からないと言ったところの解説をまとめたものを写真で撮って載せるのじゃダメなのか?

 その方法なら俺をいい感じに振り回すことを覚えた吉澤にも解説をまとめさせるぐらいの役割を押し付けられるのに。

 取り決めた時間が近づいてきたので、そろそろスマホを手に取って通話をかける。


『はぁい……』

「絶対に寝てたろ」

『だって部活終わって帰るともう体力無いんだもん……』

「早速勉強するぞ。早くやって終わるから」


 眠たいと文句を言う彼女に何とか頑張ろうと励ましつつ、自分も勉強道具を広げる。

 スマホから「う"~」と呻き声みたい音とがさごそと物を取り出す音が聞こえるので何とか動いてもらえているようだ。


「今日の試験の結果は分かったが、ちなみに昨日やった英単語のテストはどうだったんだ?」

『えっとね……。10点中2点。直前の休み時間にパット見ただけで2つ書けたのすごくない?』

「……」


 ここで分かったことが一つ。ものすごく低いテンションですごくない?って言われると否定もしにくくなるようだ。


「そうだな、今回の範囲だった単語どれもスペル長かったもんな。その中で二つ正しく書けたってことはいいことだな」

『でしょ』


 段々声に元気が出てきた。このままいつものテンションに戻して何とか勉強してもらうしかない。

 っていうかなぜ俺がこの女子の機嫌を直すことまでしないといけないのだろうか……。


「それだけ出来る要素があるんだから、しっかりやれば出来るはずだからやってみよう」

「うん。やる」


 何とかやる気を出してもらいながら、古山に少しずつ勉強を教えていく。

 30分もすればいつものテンションに戻ったのだが……。


『ってことは――になるってこと?』

「違う。ちゃんと図にして考えないとそういう間違いをするから、慣れないうちは図を書くんだ」

『ええ~! 面倒なんだけど……!』

「文句言わない! 後で俺が出す問題を全部正解しない限り終わらないからな!」

『莉乃以上に鬼だー!』


 結局、今日の数学の復習が終わるのに2時間かかってしまった。

 それでも本人が言った通りそんなに自頭が悪くはなく、最後にはしっかりと俺の出した問題を正解した。


「これで次の数学小テストは何とかなるだろ……」

『いける気しかしない!』

「じゃあ、今日はここまでだな。お疲れ」

『えー、もう終わり? やっといい感じに暖まってきたのにさ!』

「教えるこっちの身になれや……」


 勉強を教えるということはかなりのパワーを使うということがよく分かった。

 他人が分かっていないことを知ってもらうということの難しさがこの僅かな時間でよく分かった。


『そういえば、莉乃も毎回同じこと言ってるー! 「もう勘弁してください」って』

「だろうな。体力有り余ってるならさらに自主勉強しときな」

『はーい。次の勉強会はいつですか!?』

「次は物理基礎のテストが近いからその対策だな。日程決まったら合わせてやっていくか」

『おっけい! 』

「じゃ、通話切るからな」

『うん、ありがと! いつも高校じゃそんなにたくさんお話しできなかったからお話しできて楽しかったよ! また明日ね』


 彼女の何気ない感想を最後に通話が切れた。

 しかし、純粋な彼女の何気ない感想だからこそ勉強を見てよかったなと素直に感じた。


「さて、自分の勉強の続きをしますか」


 他人の勉強を見て自分の成績が下がったとなったら本末転倒なので頑張らねばなるまい。




























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