第5話
あの放課後の一件以来、古山の距離感がやたらと近くなった気がする。
学年で一番可愛いと言われる女子との距離感が近くなることは良いことのようにしか聞こえないが、実際のところそうでもない。
移動教室などでいつもの教室での並びとは異なってあいつと隣になることがあるのだがその時はあいつのやりたい放題。
可愛らしい動物や顔文字を教科書やノートに落書きしたり、筆談を迫ってきたり……。
「えへへ」
いつもこういうイタズラをされるとうんざりしながら古山の顔を見るのだが、その時の彼女の顔は本当に楽しそうに笑っている。
こういうのを他の男が見たらイチコロなんだろうなぁとは思いつつも、仕方なく彼女のイタズラが教員にバレない程度に相手をしている。
そんなよく分からない関係性になって数日経ったある日の放課後、いつも通り部活に向かう生徒の中に混じって帰ろうとしていた時。
「あの、桑野君」
「?」
今まで話したことのない女子に声をかけられた。
「えっと……吉澤さん?」
「はい、そうです」
俺が話したこともない女子なのに名前が分かったのは、いつもこの子が古山と一緒にいる子だからである。
吉澤莉乃。短めの銀髪で大人しい様子が印象的な女の子で、容姿も可愛らしく男子の中では清楚で可愛いと人気がある。
こんな言い方は良くないと分かっているが、男子の人気ランキングだと古山がダントツであることは間違いないが、うちのクラス内では葵と同じくらい人気のある子。
この辺りは色っぽいのと清楚なのと好みが分かれてるってところか。
そんな子がわざわざ接したこともなければ、話したこともないのに話しかけてくるとは。
「何か聞きたいことでも?」
「はい」
そう淡々と俺の言うことに返事をする感じはより真面目さというか固さを感じる。
なかなか話しにくいかもしれない。
こういう子と話すと古山とはやっぱり話しやすいのかなと思ってしまう。
「何が聞きたいのかな?」
「……ここじゃ、人もいますし少し離れたところで話しませんか?」
「いいよ」
このセリフのやり取りだけ見たら「なんか告白でもされる流れ!?」みたいに感じるが、吉澤さんの雰囲気を見るとそんなものは微塵も感じられない。
あまりふざけたノリが通用する相手だとも思えないので、素直に相手の話の流れに従うことにした。
部活に向かう生徒に混じって学校の敷地のはずれに向かった。
うちの高校は広く、はずれの一角に来ると誰もいないどころか生徒の喧騒すらも聞こえなくなる。
「では、この辺りでよろしいですか?」
「うん。じゃあ、改めて聞くね。何が知りたいのかな?」
「あなたと由奈は仲がよろしいのでしょうか?」
「あ~……そういうことね」
バレないように様子を見ながら古山の相手をしてたつもりだったのだが、遂に感づく者が現れ始めた。
「お答えいただいてよろしいですか?」
「普通に席の近いからただ話すことが多い相手ってだけだよ。古山からは"仲間"とか言われてるけど」
「ただ話すことだけが多い……ですか」
「うん」
ダメだ。大体表情から相手が何を考えているかとか読めるけど、この子は良くも悪くも全く表情が変わらないお陰で何も分からない。
「そんな顔しなくても別にあなたのことをそこまで悪いようには見てませんよ」
「あ、そう……」
「私は由奈と同じ中学でその時からの友人です。由奈があなたといるときはとても楽しそうなのでどのような人なのか話をしてみたかっただけです」
「なるほど……古くからの友人だったのね。だから友人が仲良くし始めた異性がどんなやつかって探りを入れたのか」
「ええ、由奈とは大違いでとても察しがよろしいようで」
「さらっと大事な友人をディスるな君……」
自然とディスっているが、それぐらい仲が良いということなのだろう。
それにしても、古山にも俺からして葵のようなこの高校から入る前からの友人がいるとは。
「でも高校入学して最初の頃ってあんまり接してなかったくないか?」
「ええ。私も新しい友人を作りたいのと、主に入学早々浮いてる由奈の近くにいくのは、個人的に良くないと思いましたからね」
「そこ容赦なく見捨てるんか……」
「自分の印象を守るのは大切ですよ? それに由奈のあの性格ならある程度変なことしてもプラスに変えることは出来る子ですからね」
「まぁ……。そうなのかな」
最近だと頭が良いとか、しっかりしてるとか言われてるけどそれってここにいる俺がいないと成立しないのではないかと本気で思うのだが。
「ふふ」
色々と考えて悶々としていると、控えめにではあるが楽しそうに吉澤が笑い始めた。
「何だよ」
「いや、よくお顔に答えが出る方なんだなぁって思いましてね」
「と言うと?」
「私が言った由奈についての話にあなたが困惑していることが正に答えですよ。あの子自身は性格や容姿は良くてもポンコツなので誰かが助けてあげないといけませんからね」
「……なんか俺と同じようなことを経験してそうだな」
「でしょうね。あなたに頼りっぱなしなんだなぁって確信しましたよ」
「授業で毎回当てられるところの答え聞いてくるぞ……」
「はい、それが由奈です」
「先生の言うこと聞いてなくて毎回ボーッとしてるぞ」
「それが由奈です」
「人にどんなに嫌なことを頼まれても断れなくて……辛そうに一人で頑張ってた」
「……それが由奈です。だから――」
「ほっとけない、か?」
「!」
彼女が先に言おうとした言葉が自然と理解が出来て、そのまま口にした。
「ですね」
「なるほどな、結局友人同士お人好しで繋がってるわけだ」
「返す言葉もないです」
そう言いながら吉澤は静かに頷いた。その様子からも友の事を想う気持ちが伝わってくる。
「あの子は人の願いや頼み事を断るということが出来ない子です。どんなことでも引き受けようとしてしまう……。どうしても引き受けられないことですら、どうしたら何かいい方法はないかとどこまでも悩んでしまうそんな子です」
「大体分かるぞ」
「そんなあの子が、私以外に頼ろうとする人が出来たことが嬉しいですよ」
「いいのかよ、こんな出会ってまだ半月ぐらいの男を信用して」
「いいんじゃないんですか? あなたも由奈と同じくらい分かりやすいことが分かりました。ですが、あなたの"その分かりやすい面"は良い事なので」
「言っとる意味が分からん。もっと分かりやすく」
「知らなくていい思います。変に意識すると良いところが崩れてしまいかねませんからね」
「はぁ……」
吉澤の言うことが途中から全く分からなくなったが、あちらが納得しているのでよしということにしておいた。
「最後に私からお願いです」
「何だよ。改まって」
「あの子を助けてあげてください。私には出来かねる事があるのだと最近気が付きましたので……」
「……?」
「分からなくてもいいです。もしあの子があなたに何かを助けを求めてきたらあなたの出した答えで良いので……。お願いします」
「そう言われなくてもあいつの前で調子に乗って公言しちまったよ。助けられることは助けてやるって」
「そうですか」
何やら納得したのか、先程までの固い表情から柔らかい表情になった。
「なかなかあなたも重度のお人好しのようですね」
「……自覚してるつもりだよ」
そう苦し紛れに吐き捨てた一言を聞いて吉澤がより一層楽しそうに笑っていた。
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