第18話

 そして、いつもと同じ中身の無いだらだらとした土日ライフを過ごす。

 一人でいても今はスマホという便利道具があるので、いじっていればいつまでも時間を消費してしまう。

 部活をしていないため、ある程度勉強もしなければならない。

 それでものんびりと週末を過ごせている。

 吉澤との会話はあの時に一段落してそのまま終わるものだと思っていたが、何気にその後も続いていた。

 古山の話ぐらいしかまともにしたことがなかったが、こうして気軽にやり取り出来るようになって他の話もするようになった。

 家に引きこもっているものの、それなりに自分の好きなことをして過ごした。

 そして、土日が明けるとまた一週間が始まる。

 体育祭が終わって、五月も中旬に差し替かって来た。

 月末には前期中間テストが控えており、教師の指導や真面目な生徒は勉強への取り組みがより一層熱を帯びている。

 ただそんな中でも、部活に夢中な者や勉強に対する意識の薄い者は浮わついた雰囲気が相変わらず見られる。

 一ヶ月以上経過して、悪い意味で高校生活に慣れてきたのもあるのかもしれない。

 そしてここにも気持ちがどうしても落ち着かないであろう相手がいる。


「古山」

「……」

「おい」

「ん!? 桑野くんどうかした!?」


 一時間目が終わった後の休み時間。

 お手洗いに向かおうとして立ち上がった時に、古山が視界に入った。

 その時の古山は、顎を手に乗せてボーッとしている。

 そして俺がお手洗いから帰ってきても、同じ体勢から全く変わっていない。

 そこで古山に声をかけてみた結果、このような反応である。


「どうかした?じゃないだろ。ずっと心ここにあらずだぞ」

「うーん。金曜日には頑張ってはっきり伝えるって決めたんだけどね……。いざ伝える時が近づくと色々考えちゃうよね」

「今日、あの男に返事をするのか?」

「うん。あんまり引き伸ばすと良いことがないことぐらいはずっと前から分かってるから。彼の同じクラスの友達に、指定した時間と場所に来てもらうように伝えてもらった」

「そうか。その事は吉澤には?」

「今日の昼休みに返事をすることは言ったけど、それ以上のことは言ってないよ」

「なるほど、まぁ頑張れ。早く話を終わらせるので良いと思う。今の様子じゃ先生に怒られるぞ」

「ヤバそうだったら、タイミングよく助け船出してね」

「……今日だけはちゃんと怒られないようにフォローしてやる」

「感謝感謝!!」


 今日ばかりは不安や緊張やらで、どう頑張っても集中出来ないのも分かる。

 お昼までの授業で、古山が教師に怒られないようにフォローはすることにした。

 二時間目、英語。ここでは何十問とある問題を一人一問ずつ順番に指名されるので、答えなければならない。

 みんなが割り当てられた答えをキチンと答えられればいいのだが、答えられないやつがいると次の人にその問題が受け継がれて当たる問題がずれてくる。

 今日は何故か、答えられない人が多くてとにかく古山が当たる問題が中々特定出来ずに何故か俺が嫌な緊張感に襲われた。

 三時間目、数学。うちの数学の教師はとにかく強敵。

 それは何故かというと、大体の人は指名の仕方に法則性がある。

 しかし、この教師だけは気分で当てる。すなわちランダム。

 急に古山が当てられる可能性がある。

 そのため、全ての問題の答えを古山に教えていく必要があった。

 ひたすら途中式と答えを紙に書いて、教師の目を盗んで後ろに投げる。

 書くべき内容の二倍量書いたために、非常に疲れてしまった。

 四時間目、現代社会。これは単純に俺がとても苦手。

 歴史や地理は得意だが、政治の仕組みや何とか主義とかいうのは本当に苦手。

 言ってることがちんぷんかんぷんなのに、どんどん進むからひたすら慌てた。

 結局この時間指名されることはなかったが、俺の精神状態はぼろぼろだった。

 そして、やっと昼休みになった。


「つ、疲れた……」

「ありがと、助かった!」


 こういう時に限って、きつい授業の組み合わせだった。

 午後が乗り切れるのか、今から今から非常に心配になる。


「……じゃあ、ぼちぼち行ってこようかな」


 昼休みに話をつけに行くことを聞いている吉澤は、古山のもとに来ることはない。

 普段、古山と吉澤の二人と一緒に食事をしている友達と話をしながらランチタイムを始めるようだ。


「飯、食わないで行くのか?」

「何もかも落ち着いてからゆっくり食べたいね……」

「それもそうか」

「じゃあ、行ってくる」


 俺にそう軽く声をかけて古山はそのまま教室から出ていく。

 その時の表情はかなり固いものであった。



 教室を出て、自ら指定した場所へと向かう。


「……」


 足取りは重い。

 でも緊張感と早く終わらせたいという焦る気持ちや落ち着かない気持ちが、自然と足早にさせているような気がしてならない。

 指定したのは、この高校の敷地の中で最も離れた場所にある自動販売機前。

 人目に出来るだけつかないところで話がしたかったし、目印になって集まりやすいという理由でそこを指定した。

 暑い日差しを受けながら、喧騒にまみれた校舎から離れていく。

 風が気を揺らしてざわつかせる音が、無駄に大きく聞こえる。


「……もう着いちゃった」


 かつてこの辺りで、活動している部活動があってそこに体験入部しに来た時は遠いところだと感じたのに。

 気がつけばあっという間に着いてしまった。

 まだ相手の姿はない。


「待つしか……ないよね」


 出来れば居てくれたら良かったが、来たのがあまりにも早すぎたので仕方がない。

 回りを見渡しても、用具が散らかっているだけで人の姿は無い。

 自動販売機には新しい商品も入っているようだが、今はとても買う気にはならない。


「……一人だとこんなに心細いんだ」


 莉乃が居てくれるありがたみは分かっているつもりだった。

 それでもこうした状況になると、自分の考えてる以上に友の存在の有り難さを感じる。


「でも、やらなきゃ」


 これ以上、友を不安にさせないためにも。

 その不安をかけさせないためにどうしたら良いか、言葉をくれて多方面のケアをしてくれたおせっかい隣人のためにも。

 変わっていけるところを見せる。


「由奈ちゃん?」

「あ……」


 自分を呼ぶ声を聞き、顔をあげると目の前には息を切らした話をつけるべき相手がいる。


「ごめん、待った?」

「ううん、大丈夫」

「じゃあ、聞かせてもらえる?」

「うん」


 素直に思った嘘偽りの無い気持ちをそのまま一言だけ。


「ごめんなさい。お付き合いは出来ません」

「……何で? 優しくしてくれたのは何だったの?」

「私は誰にでもあんな感じだよ」

「俺のことをいい人だって言ってくれたことは嘘だったの?」

「ううん、そんな事はない。あなたはいい人だよ。でも、付き合うという話では別……だね」


 彼の聞かれている対して一つずつ頭の中で素直に思っていることを、肯定か否定かで簡潔に答える。

 それでも、ギリギリだった。かろうじて言葉が出てくる、と言ったところ。

 あの優しい隣人の言葉はとても的確だった。


「……やっぱりあの男なのか?」

「え?」

「由奈ちゃんは体育祭の時のあの男なら……。付き合うの?」

「えっと……」


 正直、考えたこともなかった。

 いつも優しくしてくれていい人だと思っている。

 それに、彼は自分に対して特別な感情を持っていない。

 この数年でそういうことに敏感になった自分が、久しぶりに恋愛感情を抱かれているという不安要素を全く抜きに接することの出来る優しい異性であることは確か。

 そしてここまでどんなやつかも分からないときから、フォローをし続けてくれている。


「えっと……。それは……」


 これからも一緒に居てくれたら、どんなに良いだろう。

 莉乃と同じように、何かと困った場面の時に必ず助けてくれる人。

 そんな人を、否定する自分は心の中にはいない。

 でも、だからと言って肯定する自分も心の中にはいない。

 誰も中で意見を発してくれない。

 この問いにだけは、すぐに即答することが出来なかった。


「……結局、俺のことをバカにしてたのか?」

「ち、違うよ!」

「だってそうだろ!? 金曜の時だって何も教えてくれなくて、今日この結果だ!」


 唯一答えられなかった彼の問いが、彼にとって一番しっかり答えて欲しかったものであることはすぐに分かった。

 それを答えられなかったために、色んな事を複雑に感じ取って彼は負の感情を抱いている。

 どうしたら良いのだろう。

 怒ってる、悲しんでいる。

 金曜日の時にはっきり言っておけば、ここまで話が拗れなかったのに。

 これも全て自分が悪い――。


「もういい加減にしたら? 女の子がそこまではっきり言うことがどこまで勇気がいることか分かってないみたいね」

「え……?」


 詰めよって来た彼に、冷たい声を浴びせた声の主を方を見た。

 スポーツドリンクを片手に持った、春川葵が立っていた。











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