第32話
数年前の真夏並に暑い六月が進んでいく。
登校するだけで一苦労なのに、学校の授業は容赦がない。
その中でも、宿泊学習に対するみんなの期待が一日ごとに近づくにつれて大きくなっていく。
でも、一つだけいつまでも話が進まない。
女子のレクリエーションの出し物である。
進学校ともあって、決めないと他のクラスや学年全体に影響のあることについては決める時間をきちんと確保してくれる。
ただこのようなクラスでの問題は、各自時間を作ってなんとかしないと授業が一日みっちりあるのでいちいち話し合いの時間など取ってはいられない。
なかなか決まらない理由として、女子があまり発言しない控えめなタイプが多いというのは以前から感じていた。
しかし、理由としてそれだけではない。
やはりうちのクラスにも男子にも女子にもカーストのようなものが存在する。
うちのクラスの女子カーストで一番高いのは古山と吉澤のいるグループに間違いない。
ただ、この二人は特にクラスを先導するタイプではない。
どちらかというと、みんなの意見や様子を見ながら動くタイプ。
先導するとすれば、かつて古山に係の仕事を押し付けたメンバーがそれに当たる。
だが、二ヶ月以上が経過して古山達の人のよさや男子からの評判もあってかなり最近おとなしくなったのである。
不用意に古山達に攻撃や圧をかけると、自分達の居場所がなくなると本能的に感じ取っているようである。
古山達がこれを狙っているわけではないだろうが、これも彼女達の人柄による人徳。
これが、男子が居ない女子高みたいなとこなら話は変わってくるのかもしれないが。
良くも悪くも、色んな要素で異性の存在というのは大きい。
そんなこともあって、いつまでも女子のやることが決まらない。
その話は古山や吉澤とのメッセージのやり取りではちょくちょく話題になった。
何かいいネタはないかと少し頭を捻ってみたが、男子目線ではいけそうでも女子目線ではどうかと考えるといい案が全く浮かばなかった。
ここまで話が詰まってしまうなら、正直クラス全員何かしらしなくても男子だけやるのでも構わないのではと思った。
そんな話やら、日々の勉強に追われているとあっという間に時間が過ぎて宿泊学習の日を迎えた。
「忘れ物無いの?」
「無い。ちゃんと何回も確認したから」
いつもより多い荷物を持って、学校へと向かう準備を進める。
特別やイベントとはいえ、家に約三日ほど帰ってこれないとなると自然とテンションが下がる。
「スマホとか全部部屋に置いてきた?」
「うん。没収されたら面倒だし、特にさわらないと落ち着かないわけでもないし」
「荷物多くて登校自転車じゃ厳しいだろうから、父さんが送っていってくれるって」
最後にもう一度だけ荷物の確認をしてから、全ての荷物を持って家を出る。
すると、父親がすでに車を回して待っていてくれているのでそれに乗り込む。
「せっかくの宿泊学習なのにもっと楽しそうな顔しろよ」
「……家が好きなんだよ」
「ま、お前がいなくても亜弥がいるから父さんたちは何も変わらんがな」
「ひでぇな」
いつも自転車で通う時とは違う風景を眺めながら、父親とやり取りする。
こうして二人で会話するということも、なかなか少なくなったような気がする。
「ま、亜弥が言っていたようにお前にいい友達がいるなら実際に過ごしてみると楽しいと思うぞ」
「……ならいいけど」
車で行けば高校まではあっという間に着く。
高校前の通学路の端に車を止めてもらい、そのまま荷物を持って外に出る。
周囲では俺と同じように車で送迎してもらった生徒がいるが、普段よりも多い。
「ありがとう、助かった」
「おう」
礼を言ってそのまま高校に向かう。
すでに集合場所である運動場には、各クラスごとに並んで荷物を置いて待機している生徒が多く見られる。
「桑野君、おはよ」
「ああ、おはよ」
ちょうど古山に遭遇して軽く挨拶を交わす。
彼女はいつも通り、といった様子である。
「何か元気なくない?」
「すでにホームシックを発症している」
「早すぎない?」
みんなが何故そんなに笑顔でテンションが高いのか一向に理解できない。
「いざ行けば楽しいって!」
「何か親と同じこと言ってるわ」
明るく話す古山だが、結局話がなかなかまとまらなかった女子の出し物は決まったのだろうか。
ここで聞いたところで、どうにもなら無いので聞くことはしなかった。
「えー今日から宿泊学習ですが、高校生としてわが高校の生徒として改めて自覚をもって行動してください」
登校時間が過ぎて教員からの話が軽くあった後、生徒達はクラスごとにバスに乗り込む。
バスの席は適当で、最初は出席番号順に座っていくとの話だったが、いざ乗り込んでみるとみんな座りたいところに勝手に座って配置はめちゃくちゃになった。
俺は好みの窓際に何とか座ることが出来た。
外の景色は見られるし、体を窓側にもたれかけることも出来る。
バスには運転手の人と共にマイクをもって生徒に話や案内をしてくれる女性(こういう人たちの名前忘れた)の方もいるが、みんな話やらカードゲームをすぐに始めてしまって一部の人以外は全く聞いていない。
「亮太、トランプしねぇか?」
「いいぞ」
俺自身も友人に誘われてトランプを始めた。
宿泊学習を行う施設までは三、四時間という長旅である。
最初こそはトランプで盛り上がるが、一時間もすれば飽きてしまう。
トランプがお開きになった後は、外の景色を楽しんだ。
「……mなさん。目的地である到着しました。長時間の移動お疲れ様でした。荷物を忘れないようにお願いします。では、充実した宿泊学習を!」
気がつけば眠っていたようで、案内の人の放送で目が覚めるとすでに目的地に到着していた。
前の席の人から順番にバスから降りていく。
「……まじで山の中だな」
見渡す限り、山。施設の建物の回りは川もあるが、とにかく山。
近くに建物は家の一件すらなく、隔離された世界のような場所である。
梅雨時で山に雲が降りて、霧のようになっていて幻想的ではあるが。
自分の荷物を持って施設に入る。
施設のスタッフの皆さんが出迎えてくれるので、挨拶をしてから案内される部屋に入る。
いよいよ宿泊学習の本格的なスタートである。
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