第1話
この後、他のクラス生徒や今年の入学生の親など続々と体育館集まった。
そして入学式が始まるとそのまま何事もなく進行し、お偉いさんのありがたい言葉をウトウトしながら頑張って聞いているふりだけはしておく。
その後もプログラムも無事にこなして入学式は終了した。
俺たちはこのまま自分達の教室に戻ってHRの時間に備えることになる。
ちなみにこのタイミングでは各自バラバラに教室に戻っていく形となっている。
このタイミングでみんなそれぞれ仲良くなれそうな人を声かけをして見つけようとしている。
ちなみに先ほど生徒指導の教員に怒られて悪目立ちしたためか、俺たちの元には誰も話しかけに来るやつがいなかった。悲しい。
「うーん、よく寝た」
「……」
気持ち良さそうに伸びをする彼女に心底呆れた。
俺に絡んでくるだけ絡んできたこやつは先ほどの入学式の間ずっと夢の世界に旅立っていた。
俺やこの子以外にもみんなお偉いさんの言葉の時とか特に睡魔に襲われていたが、みんな必死に耐えていた。
しかし、この子は耐えるという言葉を知らないとばかりに俺のとなりで寝息を立てて眠っていた。
顔立ちが整っている人が、控えめな寝息の音を立てていると寝ている姿すらかなり様になるものなのだなと感じた。
しかし、一切誉められたことではない。
「君は寝なかったの??」
「いや、眠たいけど我慢するだろ」
「うーん、生理現象だから私は耐えるの無理かなぁ」
そんなことを言っていたら、この三年間の授業で何回爆睡するつもりなんだろうか。
見た目は一瞥しただけで誰もが認めるような美人であることは間違いない。
ただ、この能天気具合は関わるとさっきみたいに毎回なってしまうような気しかしないから距離を取るべきなのでは……。
「ま、出席番号近いんだしさ。こうして遅刻ギリギリ仲間であり、一緒にいきなり怒られた仲間でもあるから仲良くしていこー」
「せやな」
今さらはっきりと断るのもイメージが悪いというか自分から見ても見苦しいので適当に同意の返事をしておく。
そんなことよりも俺も早めに誰かに話しかけて仲良くなる人物を見つけないといけない。
ここでうまくいかないと、本格的にへまをやらかした変なやつというイメージが固定化されてしまいかねない。
「古山さん、ですよね!」
「あ、うん! そうだよー!」
「同じクラスの滝川って言いますー! 仲良くして欲しいですー!」
「もっちろん! 下の名前なんて言うのー?」
なぜかこいつの方が先にクラスメイトに声をかけられた。
明るい性格もあってか、声をかけた女子とすぐに話が盛り上がりそのままその子と一緒に教室に向かってしまった。
「俺、やられ損やんけ……」
俺の回りには誰もいなくなり、みんな誰かと話をしながら教室へと戻っていく。
一人で寂しく教室に戻ろうとしたらその時に声をかけてくる人物がいた。
「なぁに、亮太。早速あんた浮いた挙げ句、誰とも馴染めなかったの? 惨めね」
「うるせぇよ。ってかそういう葵も一人じゃねぇか。男の吟味を一人でしてたか?」
「あら、言ってくれるわね。同じクラスメイトとして心配してあげたのにそんな嫌味を言うなんて」
「ってか同じクラスだったのかよ。嫌味というか事実だろーが」
声をかけてきたのは春川葵という俺の幼馴染である。
バタバタしていて存在に気がついていなかったが、どうやら同じクラスらしい。
葵はとても美人で黒に近い落ち着いた髪色をしている。
スタイルは……今後に期待ってところだが、幼く見える可愛さも付与されているらしくてこれもこれで人気らしい。
こんな言い合いをしているが、一応小学校のころからなんだかんだ一緒にいるので幼馴染として仲はいいのだと思う。
ただ、考え方が恐ろしく合わない。というかこいつの考え方に共感できるようになり始めたら終わりだと思っている。
そんな相手でも一人で教室に戻るのは嫌だったので葵と一緒に教室に戻ることになった。
「いい男見つかったか?」
「あんたってどんだけ私のことビッチ扱いすれば気がすむわけー?」
「いや、中学の時のことを振り返ってからその言葉を口にしてくれ」
葵はとても可愛いという事ですこぶる男子にモテる。
そこまではいい。美人が男に求められるのは世の中の定めみたいなものだから。
その求められた結果、葵はとにかく色んな男と付き合ってきている。
好みは特に定まらず、運動が出来るやつや勉強が出来るやつ、イケイケ系やおとなしめ系など色んな男と付き合っているということを周りの噂と彼女の口から聞かされた。
どんな男とも長続きせず、二ヶ月続いたら良い方と言ったレベル。
そういう彼女の恋愛観が全く理解が出来ず、何か理解が追い付かないが故の恐怖に近いものをを感じている。
「ま、これが私のスタイルだから」
「また敵大量に作るぞ……」
当然こういうタイプなので、女子からの評判は最悪。
定期的にいじめにあっているらしいが、特に気にもしていないと言った感じ。
本人が辛そうな顔をしているところを見たことがない。
「いいのよ。どうせ女子の本当の友情なんてまともに実現しないんだから」
「だとしても、色んな男と付き合っているのは男からしてもイメージ悪いぞ」
「あら、あんたなりのウブな発想からに基づいて私のことを心配してくれているのかしらぁ? 」
特に俺の忠告が刺さることもなく、いつものような幼さの感じる容姿からは想像も出来ないような色っぽい笑みを浮かべながらこちらを見る。
しかし、俺からするとこの表情には何も感じることがない。
その辺りから本当にこいつとは合わないという事実が、トキメキや僅かな心の揺さぶりすら封じ込めているのだと確信させてくれる要因になっている。
俺たち二人が教室に戻ってくるのは生徒の中では一番最後のグループ。
まだ親御さん達が教室に集結してないことや担任がまだ教室に来てないこともあってみんな自由に席を立って話をしている。
葵と別れて自分の席につく。回りを見るとすでに仲良しグループが形成されつつあ中、ポツンと一人で席に座っている。
完全に失敗したなと思いながら周りの様子を観察する。
一人でいることに全く気にもしていない葵の姿もあるが、あいつ自身は一人でいることに何か感じることもなくのんびりしている。
「桑野君……だっけ??」
「ん、そうそう」
「よろしくなー! 一人なら良かったら混ざらない?」
「ありがてぇー!混ざりたい!」
しばらくすると俺のもとにも人が来てくれるようになった。
複数人グループで声をかけてきてくれた男子達と話をして盛り上がる。
スタートダッシュに失敗したと思ったが、声をわざわざかけてきてくれた人がいて何とかやっていけそうだ。
しばらく中学の時の話などで盛り上がっていると、担任が教室に入ってきた。
それを見てみんなそれぞれ自分の席に戻る。
「改めて入学おめでとうございます。これから一年間よろしくお願いいたします。事前の説明会で大半配布物は渡しましたが、今日も少しありますので後ろに回してください」
配布物が前から渡ってくる。
前の席の人からプリントを受け取ったとき、俺はあることに気がついた。
このまま後ろまで渡ったとしても、一枚プリントが多くて余る。
大体こういうプリントの過不足はこの位置の人間が気が付くもの。
ここでとる選択としては二つ。
このまま気が付かなかったことにしてそのまま回して後ろのやつに対応させる。
あるいは気が付いたのだから自分でこの過不足に対する対応を行う。
根本的に心が優しい人やそうじゃなくても後ろが仲のいい人なら誰でも後者を選ぶのではないだろうか。
しかし!
今、俺の後ろにいるやつは今日知り合ったばかりのよく分からないやつ。
ちょっとばかし美人だが、俺はこいつの言動に巻き込まれていい迷惑だったわけだ。
という事で、心の狭い俺は敢えて気がついていないフリをして回すという選択をした。悪く思ってくれるな。
するとすぐに背中をちょんちょんとつつかれた。
「ねぇ、プリント余っちゃった……」
振り返ると案の定同じプリントが自分のところで二枚届いたことをこちらに伝えてきた。
「余ったって前に持っていくか、この場で言えばよくないか??」
まぁそれが嫌で俺は気がつかないフリをしたんですけど。
「ええ……。でも先生すっごく今しゃべってるし」
彼女の言うとおり、とにかく担任になった藤沢先生はとにかく自分の高校生時の話など永遠と話をしている。
「私が学生の頃はですね~」
正直なところ、今の話を切ってたかがプリント一枚余りましたなんてめっちゃ言いにくいのは分かる。
「確かに……。今は厳しいかもね」
「どうしよう……。私のところで余ってるってことはどこかの列が足りてないかもしれないし……」
そ、そんな弱った目でこっちを見るな。
先ほど気が付いたのに敢えてスルーしたことによりこのような困った表情をさせている。
そう俺を責めるやつが心の中に現れ始め、勢力を拡大させていく。
美人は困った顔さえも様になる。その整った顔が困る表情になるだけでさらに心が揺さぶられ――。
「お、俺が先生に前まで持っていってくるわ……」
「本当!? ありがとうー!」
結局、俺は饒舌に話す担任に申し訳なさそうにプリントを渡すはめになった。
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