第13話

 葵に置いていかれ、一人になった俺も校舎に戻る。

 教室に戻ると生徒は半分くらいに減っており、その生徒達も準備を整えて外へ出る準備をしている。

 午後の部が始まる時刻には運動場に集まっておかないといけない。

 残っている生徒の中に葵の姿はなかったので、すでに運動場に行ってしまったようだ。


「亮太、どこまで行ってたんだよ。もう時間になるぞ」

「すまん、どこも売り切れで一番遠いところまで買いに行ってた」


 残って待っていてくれた友人とともに運動場に戻る。

 運動場ではまだ休み時間のために、一年から三年まで至るところで入り乱れて話が盛り上がっている。


「やけに盛り上がってんな」

「二年はフォークダンス、三年に限っては浴衣着ての民謡があるからな」


 午後のプログラムを前にさらに盛り上がっているということだろう。

 見れば、浴衣を着た生徒が写真撮影に夢中である。

 それもそのはず。普通なら見ることのできない姿。

 友達と後輩とそれに恋人と、その思い出を残したいと思うことは自然なことだ。

 実に青春らしいワンシーンである。


「来年、再来年はああいうの俺たちも出来るんだな~」

「彼女居ればな」

「べ、別に後輩とかお前らでもよくね?」

「意外と虚しいかもよ、それ……」


 友人達に冷や水をぶっかけるようなことを言ったが、実際のところよく見れば誰とも写真撮影とか出来てない人も割といる。

 ……出来れば彼女が俺も出来るといいな。


「わあー! 先輩可愛いー!」

「おー由奈! 一緒に写真撮るか?」

「撮りますー!」


 古山も浴衣を着た三年生の女子と写真撮影をしていた。

 彼女の様子を見ると心から先輩になついており、先輩もとても嬉しそうな顔をしていた。



 午後の部は二年のフォークダンスと三年の民謡からスタート。

 その後も色々な競技が控えているが、俺が出る種目としては選抜リレーのみ。

 さらに暑くなる中、競技の盛り上がりも最高潮になった。

 俺も適度に応援をしつつ、靴紐を結び直したりしてリレーの準備を整えた。

 そして選抜リレーではトラック一周を全力で走った。

 一周するためにクラスのテントの前を嫌でも通ることになるのだが、みんな一生懸命応援してくれた。

 そのお陰もあってうちのクラスは一位でゴール。

 選抜リレーは一番競技としての配点が高いので、この一位のお陰で何とかうちのクラスは学年総合優勝することができた。


 そして無事に体育祭は終了。

 教室に戻ると、担任の粋な計らいでジュースが生徒一人ずつに渡されて軽い打ち上げを行った。


「みんな、お疲れ様でした。体育祭運営委員の二人は片付けがまだあるけど、他の人はこのまま解散ね。部活もないだろうから気を付けて帰ってね~」


 みんながジュースをある程度飲み終わったところでクラスは解散。

 今日はどこも部活が休みになるということで、一斉にみんなが帰宅する。

 担任から解散の合図が出ると、ぞろぞろと鞄を持って教室から出ていく。

 俺もその人混みが落ち着くのを確認して、鞄を持って教室から出ようと立ち上がった。


「古山は帰らないのか?」

「え? う、うん。ちょっとね」


 古山は一向に帰る準備をする様子が見られない。

 ずっと座ってボーッとしている。疲れているのだろうか。


「そうなのか。まあ用事が終わったら気を付けて帰れよ」

「うん、ありがと」


 軽く古山と話をしてそのまま教室から廊下に出る。

 そのまま階段を使って一階に降りようとした時。


「桑野くん」

「な、何だ!?」


 グッと力強く腕を握られた。

 その力強さに驚いたが、見ると相手は吉澤であった。


「どうした?」

「この後、少しだけお時間をください」

「……嫌だと言ったら?」

「拒否権はありません」

「りょーかい……」

「こっちに来てください」


 吉澤に案内されたのはうちのクラスの隣にある四組の教室。

 打ち上げをしていた三組よりもその分早く解散していたために、教室の中には誰もいない。


「ここで」

「で、何があるって言うんだ」

「……もう少しすればわかると思います」


 吉澤がドアからチラチラと廊下を覗いている。


「……体育祭で疲れているのに探偵ごっこか怪盗ごっこでもするの?」

「静かに」


 軽く茶化そうと思って言ってみたが、想像以上に吉澤の方は真剣で黙らされてしまった。


「……来ましたね」


 吉澤がそう言うと、静まり返った廊下に誰かが歩く音が聞こえる。

 その音は段々と大きくなる。


「身を隠して!」

「へい」


 窓から覗かれて分からない位置に俺と吉澤は身を隠す。

 ……体育祭が終わった後に俺は一体何をしているのだろうか。

 歩く音と影がが俺たちのいる四組のクラスを通り抜けていく。

 どうやら俺たちの存在は察知されずに済んだようである。

 そしてそのまま隣の三組の教室のドアがガラガラと開く音が聞こえた。


「行きましょう!」

「……どこへ?」

「三組前の廊下にですよ!」


 音を立てないように慎重にドアを吉澤が開けると、俺の腕を再び掴んで三組前の廊下に出る。

 すると、三組の教室内での会話が聞こえてきた。


「ごめんね、由奈ちゃん。最後まで呼び出しちゃって」

「ううん、大丈夫。それで何の話かな?」

「俺さ、由奈ちゃんの事が好きなんだよね」

「え、はや」

「ちょっと!」


 思わず声が出てしまった。

 吉澤が慌てて俺を静止して一旦、四組の教室の中に駆け込む。

 すると、三組の教室のドアがガラガラと開いた。


「おかしいな、廊下で声が聞こえたような……気のせいか」


 古山にあまりにも早い告白をしている男は軽く廊下に誰もいないことを確認して再びドアを閉めた。


「いいですか、大きな声を出さないでください!」

「……すいませんでした」


 そして急いで再び三組の教室前に戻って中で行われる二人の会話に耳をすました。


「うん。気持ちは嬉しいよ。ありがとう」

「中学の時から色々と俺に優しくしてくれたじゃん? その時から気になってさ」


 俺は先ほどまで一ヶ月程度で好きになって告白しているのかと思ったが、どうやら違うようで中学の頃から知り合い関係?のようだ。


「うん……」

「由奈ちゃん誰とも付き合ってないって言ってたよね? ……よかったら俺と付き合ってください」


 ちゃんとした告白現場。

 他人の告白現場とはいえ、盗み聞きしているとはいえかなりの緊張感がある。


「えっとね……。私はまだ恋愛とかよく分からないんだよね」

「それでも構わない。ゆっくり歩み寄っていけば……」

「私、わがままだから困らせてしまうし……」

「そんなの気にしなくていい」


 男は古山が発する言葉を一つ一つ受け止めて返す。

 でも全くの他人から聞けばわかるが――。


「古山のやつ、こんなところでもうまくはっきり断れないのか」

「……ご名答です」


 古山には男の告白を受けとる気持ちが全くない。

 しかし、はっきりと言うことが出来ないのかうまく言葉に出来ない結果として今のようなやり取りなっている。

 端から見れば、古山にその気はないのが分かるが告白して自分の気持ちがピークに達している者からすればそうは感じなくてもおかしくはない。

 むしろ、告白を受けとる前の熱いやり取りぐらいに感じている可能性すらある。


「どうかな……!?」


 必死になっている男の問いかけに古山が必死に紡ぎ出した一言は――。


「……一回考えさせてください。また返事は後日するから……」


 一度考えるからこの場での回答は控える。

 要するにその場しのぎの言葉だった。


「今、答えを出すことはできないの?」

「……ごめん。そんな簡単に出すようなものじゃないと思うから」

「分かったよ」


 彼女のその場しのぎの回答に理解を示した男。

 だが、それで終わらない。


「今日、体育祭で仲良くしてたあの男とはどんな関係なの?」

「えっと……」

「付き合ってないんだよね? 」


 まさかのここで今日の借り物競争の悪影響が出てきてしまった。

 古山を自分のものにしたい男からすれば、俺がどういう存在かは気にならない方がおかしいだろう。


「おい、吉澤」

「はい」

「ここから向こう側へそこそこ足音立てて走ってこい」

「え!?」

「古山を救いたきゃあ、やるしかないで」

「……分かりました」


 今の状態から考えて古山が自力で話を終わらせられそうな感じがしない。

 というか、話が終わるまで聞いている方のメンタルがもたない。

 間接的に外部の存在を察知させて強制的に話を終わらせる。

 それが古山を助け出す手段のような気がしている。


「……行きます」

「よし。よーい……どん!」


 俺の合図と同時に、吉澤が走り出した。

 ものすごいバタバタ音が放課後の静かな廊下に響き渡った。

























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