第12話

 暑い。先ほどリレーをしたときよりも時間がお昼に近づいたより暑くなった。

 そしてとてもうるさい。

 ざわめきと俺たちに向けられた歓声が響き渡る。


「お題……どんな内容だったわけ?」

「それはゴールで待ってる運営委員会の人たちから公表されるからそこで知って!」

「お題何かぐらいはすぐに言えるだろ……」

「ダメ! うちのクラス今、いい順位に着けてんだからそのままゴールしちゃうよ!」


 汗の滲んだ俺の腕を躊躇いなくしっかりと掴んでそのまま俺を連行していく。

 引きずられている途中で、この次に出場予定で待機場所にいる吉澤を見つけた。

 真面目な彼女でも、この光景が面白くて仕方が無いのか楽しそうに笑いながら手を振ってきた。


「意外と小悪魔なのでは……?」

「何が?」

「吉澤」

「莉乃? 割とSなところはあるよ」


 これが全校生徒に注目されている中で話す内容だろうか。

 まぁ現実逃避にはちょうどいい内容かもしれない。


 そんな話をしていると、体育祭運営委員の待つゴールに到着した。


「おっと、一年生は三組がものすごいスピードでゴールしました! 引き連れている相手を見る限り、これは期待が高まります!」


 運営委員会の人たち、めちゃくちゃテンションが高い。

 一方で俺を無理やり引きずって走った古山は両手を膝につけて息を切らしている。


「よ、よし……。これで一位だ……」

「じゃあ、借り物のお題を確認させていただきますね。紙をいただけますか?」


 古山が運営委員会の人にお題の書かれた紙を渡す。

 握りしめていたためにぐしゃぐしゃになっているが、それを丁寧に開いて確認する。


「ゴールした三組のお題を発表します! お題は……『そばにいてくれないと困る人』です!」


 そのお題が発表されると、また運動場全体が色んな声で埋め尽くされる。

 開かれた紙には『そばにいてくれないと困る人。(できれば異性で♡)』と書かれていた。


「い、異性選ぶ必要……ないじゃねぇか」


 多分この最後の一文で九割以上の人が異性を選ぶことを避けると思うのだが。

 普段は吉澤と二人でいることが多いが、基本的に誰とでも仲がいい。

 なので同性なら、誰でも行けるはずなのになぜ俺なのか。

 律儀に俺を使う宣言を守る必要など無いというのに。


「ではでは、連れてきた人がどうしてこのお題に合うのかちょっとここでお話ししていただけますかぁ?」

「え、ええ~!? そこまでするんですか!?」


 異性を連れてきただけでも、かなりハードル高いのに理由まで説明させられるのか。

 いや、でもここでちゃんと説明することが出来たら……。

 所詮、一ヶ月しか高校生活を過ごしてない。

 大した関係ではないことを理解してもらえるかもしれな――。


「……ど、どんな時も頼ってしまうので、そばにいてくれないと困るんです」

「おお~!! いいですねぇ!!!」


 古山が恥ずかしそうにそう言うと周りのテンションは最高潮になった。


「もうちょっと言い方考えろ!」

「だ、だってこんなこと話せなんて言われると思わないじゃん!」


 正しい意味は、「どんな時も(勉強)頼ってしまうので、そばにいてくれないと困るんです(答えが分からないときに聞けないから)」である。

 周りが盛り上がっている中、吉澤の方を見てみると俺と目が合った。

 すると、首を横に振っている。そして、手を合わせて拝み始めた。


「おっと、借り物として来た彼が恥ずかしいのか怒ってますね~」

「初々しくて素晴らしいですね! 文句なしでお題クリアーです! 三組が一位でゴールです!」


 こうして我々三組が圧倒的な早さで一位を獲得して、借り物競争は終了。

 誰が見ても、最高の結果。

 しかし……。


「桑野! どういうことだよ!?」

「まぁこうなりますよね……」


 昼休み。暑さからみんな避難した教室の中で俺は男子達から質問攻めにされている。

 午前の部最後の二人三脚を別の場所で見て、何もなかったかのようにクラスのテントに戻ったが、男子たちに見逃される訳もなかった。


「「由奈ちゃんとは付き合ってるのか!?」」

「付き合ってない。そんなに仲良くない」

「「じゃあ付き合う直前か!?」」

「それも違う」

「「じゃああの由奈ちゃんの言った言葉の意味は!?」」

「古山がアホだってことだよ!」


 当然だが、古山の言葉足らずは他の人に理解されるわけもない。

 男子たちは、俺の言葉に理解が出来ずに首をかしげている。


「……そんなに気になるなら、古山に直接聞いた方が早いぞ。どうせ俺が何を言ってもみんな納得しないだろうし」

「「そ、それは……」」

「ほれほれ、早く勇気を出して聞くんだよ」


 俺がそう促すと、誰もが渋って古山に声をかけようとはしない。

 こうして見ると、みんなの中ではちゃんとあいつって高嶺の華なのだなと感じる。

 いつまで経っても誰も声をかけることをしないので、俺の方から声をかけた。


「古山」

「ん?」


 昼御飯をもごつかせながら、こちらに反応した。


「男子から聞きたいことがあるんだってよ」

「何?」


 すると、一人の男子が思いきって古山に質問をぶつけた。


「由奈ちゃんと桑野って……どんな関係なの?」

「うーん。何か難しいこと聞かれてるような気がするけど……。特に何もないよ」


 昼飯を食うことに集中したいためか、言い方がむちゃくちゃそっけない。

 だが、そんな反応だったためか本当に俺と古山の間に何も無いということが理解できたらしい。

 あれだけ騒いでいた男子たちが静かになって、それぞれグループになって昼食を取りはじめた。

 やっと落ち着いた俺は、持ってきた水筒のお茶の量が心もとないので自動販売機に向かった。


 高校の敷地内にはいくつかの自動販売機が点在しており、休み時間には気軽に飲み物を買うことが出来る。

 ただ、体育祭など水分がどうしても欲しくなるときは売り切れるスピードがとても早い。


「売り切れ……。まぁそうだよな」


 行くところ全てが売り切れとなっており、買うことができない。

 先ほどの男子達の拘束により、間に合わなかったようである。


「他のところも確認するだけしてみるか……」


 遠くの外れにある自動販売機なら、お茶やスポーツドリンクのようなものは売れていても他のものなら残っているかもしれない。

 そこで一番外れにある自動販売機に向かったのだが……。


「売り切れてるか……」


 俺の考えは甘かったらしく、容赦なく全て売り切れになっていた。

 午後は出る競技も午前よりは少ないので、計算して水分補給するしかなさそうだ。

 そんなことを思っていると、突然頬に冷たい物を当てられた。


「あげるわよ」

「……葵か」

「こんなことをするの私しかいないもんね」


 葵から渡されたのは500mlのスポーツドリンク。


「いいのか?」

「別にいいよ」

「ありがたくいただく」


 近くの日陰に座って葵からもらったスポーツドリンクを飲む。

 涼しい風が吹いてくる音だけが聞こえるこの場所はかなりいい場所かもしれない。

 先ほどのように葵も隣に座り込んで休みはじめた。


「大変だったわね、あんた」

「まあな。無駄に喉が乾いたから助かるわ」

「感謝しなさい?」


 どんなに分かり合えなくても、幼馴染であるためか普通の話をするだけなら話しやすい。


「お前も他のとこ売り切れでここまで買いに来たのか?」

「ううん。別の用事でここに来ただけ」

「別の用事?」


 昼休みで体育祭の真っ只中、こんな外れに何の用事があるというのか。


「サッカー部の先輩に呼び出されて、さっきまで話してた」

「ああ……」


 その言葉で何があったか、どういう結果になったまで想像がつく。


「そんな顔しないでよ」

「……」


 葵は軽く笑いながらこちらに向かってそう言う。


「今度は長続きするのか?」

「分からない。相性ってものがあるからね」

「……あっそ」


 高校入学して一ヶ月。

 まだお互いのことを何も分からないというのに。

 それも同じクラスどころか、学年も違う。

 そんな相手といともかんたんに特別な仲になる。

 そんな幼馴染の感覚はやはりよく分からない。


「何? 心配してくれてんの?」

「だーれがお前の心配なんかするかよ」

「……ふふ」


 本当は幼馴染として、妹のことを可愛がってくれる人としてもっと落ち着いた幸せを得てほしいと思ってはいる。


 人とお付き合いをすることは何も悪いことではない。

 でも、葵の付き合い方は何も良いものを生むとはどうしても思えない。


「……私の事を考えるのは止めなさい。あんたがしんどくなるだけよ」

「……」

「あんたにも亜弥にも迷惑はかけないようにするから」

「……そうじゃなくてお前が苦しいだろ。前にも言ったけど、こんなことを続けたら女どころか男ですら敵になる」


 葵にそう言ったが、何も彼女の表情が変わることはない。


「必死で可愛い」

「俺は真面目に……!」

「そうね、あんたは何も変わってない。そして私も変わることは……ないのよ」


 俺の頭をいたずらっぽく撫でるとそのまま立ち上がってそのまま校舎の方に戻っていってしまった。



























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