第41話
六月の空に見える星と言えば、アークトゥルスとスピカ。
場所によっては夏の星であるベガやアルタイル、デネブ、アンタレスも見えなくはないはずだが、ここでは山もあって辛うじてアンタレスが見えるくらい。
それ以外ならレグルスは見えるが、個人的に好きなボルックスは見えない。
「桑野くん」
自分の持っている知識と照らし合わせながら星空を見ていると、声をかけられた。
その声は学校にいるときは、いつも聞こえてくる聞きなれた声だ。
声の主の方を見るまでもなく、誰などすぐに分かってしまう。
「古山か」
「うん」
「わざわざこの時間に声をかけてくるってことは何かあるのか?」
「ううん」
「?」
わざわざこんな自由時間に声をかけてくるのだから、何か言いたいことでもあるのかと思ったが、そうではないらしい。
「……」
「……まぁ隣で悪いが、座ったらどうだ?」
「……うん」
暗くてはっきりとした表情は見えない。
でも、いつもの古山なら割と言いたいことなどはすぐに言う。
口ごもる時は何か言いたいことはあるが、話をすぐには出来ないのだろう。
それぐらいのことは、この二ヶ月半の付き合いで分かるようになった。
「何してたの?」
「一人で星を見てた。静かだし、こんなに綺麗に見れることもなかなか無いから、息抜きになる」
「そうなんだ」
俺の話を聞いて、古山も夜空を見上げる。
「何か真夏と真冬の空は勉強するために見ることあったけど、この時期の空って意識して見たこと無いかも」
「そうだな、この時期は勉強しないな」
「何か目立つ星が二つぐらいであとはそんなに目立つもの無いね」
「その二つはアークトゥルスとスピカだな。まだ春の星がよく見えてる」
「ふーん、よく知ってるね」
「こういうことは好きだからな。だけど、あんまり役には立たない」
小学校の頃に必死になって勉強したが、今の時点までテストや入試で役立ったことは一度もない。
「私は明るい方が好きだな!」
「スピカの方か。俺はアークトゥルスの方が好きだけどな」
目立つ二つの星にも、違いがある。
スピカはより白色に近い色でより明るく輝く。
アークトゥルスはオレンジに近くて、スピカよりは輝きが控えめ。
いつも明るく、クラスの中心的な古山と何かと陰キャを炸裂させるこの違いが好みにも影響しているような気がする。
「宿泊学習、明日で終わっちゃうね」
「俺としてはやっと家に帰れるって感じだ」
「初日からホームシックになってもんね」
「慣れてきて、課外活動とかいつもやれないことが出来たのは楽しかったけどな」
いつものように会話をするが、古山の話したいことはおそらくこんなことではない。
いつも話を聞くから分かってきたのか、はたまた古山が誤魔化すのがあまりにも下手なのか。
おそらくは後者だとは思うのだが。
「……なんかあったか?」
「……どうしても少しだけでもこうして話がしたかったから」
「でも、こんな普通の話がしたいわけでもないんだろ?」
「う……」
本当は古山が言いやすいタイミングで切り出してくれるのが一番良いが、そんなに時間があるわけでもない。
聞きたいことが聞けない方が、消化不良を起こしてしまうと思ったので、少しだけ促してみる。
「桑野くんは……」
「おう」
「好きな人とかいるの?」
よりによって今、何も答えが見つけることの出来ていないことについての問い。
「……いねぇな」
古山がどんな返事を期待しているかも分からない。
でも、今の自分にはいるとは思えない。
その事実である一言だけを古山に伝えた。
「そっか」
それを聞いた古山から発せられた言葉からはどんな感情が含まれているかは、当然分からなかった。
クラスの中での何気ないいつもの行動の中にあるカーストが引き起こす駆け引きや負の感情は嫌というほど読めるのに。
「情けない話だが、古山が男子に迫られて悩んでいる姿を見て、恋愛ってなんだろうってより分からなくなっちまった」
「私を見て……?」
「男子は良くも悪くもお前に対する思いは間違いなかった。でも、その気持ちがお前にとっては悩みの種になってしまった。何をどうすれば望み合う形になれるのか。俺にはそれがよく分からねぇよ」
頑張って話をしてくれた古山に対して、答えられる返事としてはあまりにも足りない。
そう感じた俺には、言い訳に近いような情けない心の内を打ち明けるぐらいしか出来ない。
それすらもまるで、古山のせいで分からなくなったとしか伝わらないようなニュアンスでしか話せない自分に腹が立ってしまう。
「……私も分からないことは多いよ」
「色んなやつに求められる古山が?」
「求められるだけで応じたことはないもん。桑野くんとは少し違うけど、私だってまだまだ分からないことがある。それで今も心が複雑になったりするから」
「……」
「でもね、少しずつだけど自分なりの答えが見つかってるような気がする。こういう人とこうなりたいのかな?みたいな漠然としたものがね」
「古山に先を越されたか……」
「そうだね。こればかりは私の方が上手かな?」
いつも勉強など古山を教えていくことが多かったのに、この分野に関しては古山の方が先に理解が出来たらしい。
「でも、そのうち分かるようになるよ」
「なぜそう言いきれる?」
「だって、こればかりは私が直々に教えてあげるからさ」
そう言いながら、俺の体の横に背中を預けるようにしてもたれ掛かってきた。
「だから、安心してよし」
「お前なんかに安心なんか出来るかよ」
一体、どんなことをして俺に解けない問題を教えてくれるのか。
心臓に悪いことだけは勘弁して欲しいものである。
「ふー。聞けたいこと聞けたから楽になった!」
「だろうな、さっきまでと全然違うぞ」
「そんなに私って分かりやすい?」
「分かりやすいな。言うまでもなく」
「莉乃にもよく言われるんだよなぁ……。やっぱりそうなのか」
「そろそろ自由時間が終わりますので、外にいる生徒は施設内に入ってください」
古山と話したい本題について話終えた直後に、外の生徒は帰るようにとの指示が出た。
「さて、そろそろ戻るか。あんまり遅いと吉澤が心配するぞ」
「そうだね」
「あ、そうだ」
俺は思い出したように、ポケットの中からあるものを取り出した。
「ヘアピン返しておく。どっかで落としてもまずいし、返せるいいタイミングだ」
「うん」
彼女の手のひらにつけてもらっていたヘアピンを乗せた。
「さて、戻るぞ」
「ちょっと待って」
「ん?」
古山から制止され、立ち止まる。
「どう? 似合ってる?」
振り替えると、古山は先程返したヘアピンを使っていつもとは違う髪型を披露している姿が見えた。
髪型を変えるだけで、雰囲気が変わる。
「似合ってるぞ」
いい言葉が見つからなくて、シンプルに称賛する言葉をかけると彼女はとても嬉しそうな顔をした。
「戻るぞ」
「うん」
古山と共に施設に戻る。
そして施設の入り口にはいると――。
「「あ」」
何人もの生徒に待ち伏せされていた。
「ほ、本当に古山さんが男子と二人っきりになってたんだ……」
「誰だよあいつ!」
どこで嗅ぎ付けたのか分からないが、俺と古山がいることを知ったやつが話を広げて戻ってくるのを待ち伏せしていたらしい。
「二人はどういう関係なの!?」
顔も知らない生徒に質問攻めに合う。
俺としては、こんな経験初めてなのでどう対応していいか全く分からない。
その一方で古山は、その質問にうーんと悩むようなそぶりを見せてからこう一言だけ呟いた。
「まぁ、どうしてもいてもらわないと困る人だからねぇ」
ただそれだけを言うと、多くの生徒の中を通りすぎていく。
「じゃあね、桑野くん」
振り返って笑顔で俺に声をかけて行くことも忘れずに。
「じゃあね……じゃねぇよ」
取り残された俺は、この軍団を振り払えるわけもなく。
古山がいなくなった以上、ターゲットは俺だけになる。
「おい、由奈ちゃんとはお前はどういう関係なんだよ!」
そう問い詰められる俺を遠いところで葵が楽しそうに笑いながら見ている。
「俺と古山は……。出席番号が近いから話すことがあるだけ。そう、こうなったのは全て出席番号のせいなんだ!」
俺の近くにあんな目立つ女子がいつもいることになったのは全て出席番号のせいなのだ。
全て出席番号のせい。 エパンテリアス @morbol
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます