第19話

「い、いきなり何だよ! 」

「いやぁ、だってさ。そもそももう話の本題について結論が出たんだから、さっさと気持ちに整理をつけるべきでしょ」


 そう言うと春川さんは、手に持っているスポーツドリンクを口にした。

 そんな様子に、目の前の彼は苛立ちを抱えている。


「あんたには関係ないだろ! こっちは大事な話なんだ!」

「確かに関係ないよ。でもさ、いっつもここで私は昼休みを過ごしてるからさ。そんな嫌な雰囲気の話をここでしないで欲しいね」

「そっちの事情なんか知ったことか!」


 感情的に迫ってくるのを、涼しげに受け流すクラスメイト。

 いつもの独特な雰囲気ではなく、さばさばとした雰囲気。


「古山さんが頑張ったのに、これじゃあねぇ……」

「お前になんか……。ビッチとか言われてるお前なんかに何が分かるってんだ!」

「ちょっと……! それは関係ないし、言い過ぎだよ!」


 春川さんの受け答えが更に感情を逆撫でしたのか、更に喰ってかかる。

 その言葉に対して、特に傷ついた様子も怒った様子もない。


「だっさ。自分の好きな人にフラれて辛いとかそういうことなんだろうけど、そこまで行くと、惨めね」

「な、な……!」

「それ以上、古山さんを困らせるなら容赦無く他人に報告でもしようかしら。私がビッチだって知ってるなら、どういう意味か分かるでしょ? 同性のお友達が居なくなるかもよぉ?」

「……っ!」

「今、おとなしく退くなら止めといてあげるけど?」


 彼女がそう言うと、悔しそうに彼はそのまま校舎側に走って戻っていった。


「はぁ……」


 あまりの緊張感から急に解放されて、その場にへたりこんだ。


「大丈夫ぅ? 中々に粘着する男に好きになられちゃったみたいねぇ」

「あ、ありがとう……。まさか春川さんに助けられるなんて」

「気にしないでぇ。亮太から吉澤さんと喧嘩したときに仲介のトリガーになってくれたのは古山さんだったって聞いてるからぁ。その恩返し……くらいに考えてくれたら嬉しいかなぁ」

「亮太……桑野くんのことね。何だかんだ二人ってそこそこ話するんだね」

「まぁ腐っても幼馴染だからねぇ」


 こうして彼女とまともに話すのは、初めてだ。

 先ほどまではと違って、いつものような可愛い子ぶるような話し方をする。

 まるで別の人格が入り込んでいるのかと思うぐらいの変わりようだ。

 見れば見るほど、不思議な人。そして、親友が激しく嫌う人。

 このタイミングを逃せば、この人を知る機会が次いつ訪れるか分からない。

 自分がこの高校を入学して、今までの短い期間の中で感じたことを素直に聞いてみよう。

 はぐらかされるような気もするけど。


「ねぇあなたに聞いてみたいことがあるんだけど、答えてくれる?」

「んー? 古山さんから私にぃ? 何かしらぁ」


「どうしてあなたはそんな敢えて異性に、人に媚びるような"フリ"をするの?」

「……!」


 私がそう訪ねると、明らかに春川さんの反応はいつもと違った。


「あなたの言動は、本来のあなたの性格とはかけ離れているものとしか思えないの」

「ふふ、どうして?」

「……ごめんなさい。はっきりと明確な理由はないの。でも自分で言うのもどうかと思うけど、こういう時の私の"勘"って当たるの」


 本当は"勘"という漠然としたものではなく、個人的にはもう少しはっきりと言い切れるものである。

 しかし自分の言葉足らずのせいなのか、バカなせいなのかうまく理由を話すことは出来そうになかった。


「……うーん。本当の人気者にはこういうところちゃんと見抜かれるってことなのかな」

「私の勘、当たってる?」

「……そうよ。私はビッチなフリをしてる。男に媚びて女に嫌われる。そういう人になってる"つもり"だったんだけどねぇ」

「どうしてそんなことを?」

「……あなたには分かるでしょう。異性に自分の存在をより多く必要とされる者として」

「……中学の時に何かあった?」

「そう。何があったかについては、あなたに言う必要は無いかな。これは亮太ですら、知らないことだから」


 彼女は何があったのか。想像がつかないわけではない。

 ただ、彼女が言おうとしないためにはっきりと断定は出来ないが。


「中学の時に起きた苦しみを再び味わうなら、最初からはっきり同性に嫌われて特定の異性に助けてもらう。元々嫌われるって分かってれば、覚悟も出来るから」

「……莉乃みたいな相手にってこと?」

「そう、吉澤さんは典型的な相手ね。まぁ吉澤さん以外にも大体の女子には嫌われてるけどね」


 そう笑いながら話す彼女の姿にも、何か胸が締め付けられるような思いがする。


「あなたも私を嫌ってくれると思ったんだけどねぇ……。失敗しちゃった」

「……それで、色んな人に嫌われてあなたは辛くないの?」

「うーん、慣れちゃった。こうして、昼休みは人目に付かないところでゆっくりすればいいしね」


 そう話すと、再びスポーツドリンクを口にする。


「……そんな悲しそうな顔で見ないでよ。あなたには関係ないことだし、気にしなければいいのよ」

「……私が友達になるのではダメ?」

「え?」

「私はあなたと友達になりたい。さっきまでは漠然とそう思っていたけど、こうして話してより友達になりたいって思う」

「……笑わせないで。また吉澤さんと喧嘩でもさせたいの? 今回はたまたま抑えられたかもしれないけど、何回もうまくいくとは思えない」

「……あの時は莉乃から喧嘩を仕掛けたようなものだった。あの莉乃の声かけさえなければ喧嘩にはならなかったんじゃない?」

「考え方によってはそうかもね。でも、別の考え方をすれば、それぐらい言わないと気が済まないくらい嫌だとも言える」

「……」


 春川さんのその言葉に返す言葉が見つからない。


「あなたの考え方は良いと思う。恵まれた容姿、性格、友人。持つべきものを持った者はそういう前向きな考え方で人脈を広げれば良い」

「あなただって……」

「私はあなたとは違う。私はあなたのようにはなれない人。人は自分にあった考え方と立ち振舞い方が必要なのよ」

「私はそんなこと無いと思う。あなたは可愛いし、性格だって本来はそんなものじゃない。それにあなたには桑野くんという幼馴染が……」

「あいつとは合わない。それにあいつは……。私を嫌ってる」


 彼女は私の発した"彼の名前"に激しく拒絶反応を起こした。

 莉乃と険悪になった時、代わりに頭を下げた彼は彼女にとって友人以上の存在ではないのだろうか。


「じゃあ、何で今も話をするぐらいの関係でいられるの? 何であなたの代わりに莉乃に謝ってくれるの?」

「……亮太が優しすぎるだけ。それに私が無様に甘えているだけ。見捨てられない彼を利用してるだけ。ビッチらしいでしょ?」

「……」


 彼女は最後の一言を、自嘲気味に笑いながらそう言った。

 先ほどの激しい拒絶反応が、幼馴染である桑野くんに対して何か特別な感情を持っているを感じた。


「そういうあなたは、亮太のことをどう思ってるの?」


 今度は春川さんから質問が飛んできた。

 先ほども尋ねられたが、答えられなかった問い。


「え、えっと……」

「まぁ、こんなやつから言うのも何だけど……。亮太は良いやつよ。これからも頼って良いと思うから。仲良くしてあげてね」

「う、うん」


 先ほど同様うまく答えられないでいると、春川さんから出た言葉は利用していると言っている幼馴染のことを称賛する言葉だった。


「ま、そんなところね。古山さんそろそろ戻らないと吉澤さんが心配するじゃない?」

「そうだ、お昼も食べてないし」

「なら、戻らないと。私はもう少しここで休んでから戻るから気にしないで」


 話を切り上げて、校舎に戻ることにした。

 振り替えるとこちらに向かって手を振っている。


「友達になること、諦めないからね」

「ふふ」


 私のその言葉に彼女はただ笑うだけだった。

 早く戻らないと、昼御飯が食べられない。


「桑野くんのこと、大事にしてんじゃん……」


 利用しているなら、あんな表情で優しいとか仲良くしてあげて欲しいとか言うわけがない。

 急いで校舎に戻りながら、先ほど得られた確信したことをポツリと呟いた。


























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