第30話

 宿泊学習のグループ割として行うことは主に二つ。

 それぞれの部屋割りと炊事班振り分けである。


「まぁ女子のレクリエーションの話も進めないといけないんだけど、人数の割り振りは早めに提出しておかないといけないからこちらを先に決めますね」


 学年合同で説明会が行われた数日後、再びHRの時間を設けてさっそく話し合いが行われることになった。


「部屋割りは男子と女子に分かれて、五人か六人ぐらいのグループを作ってください。多分、これは早く決められるかな?」


 男子と女子、それぞれ集まって話し合いが行われる。

 それぞれ仲良くしているグループが別れているので、すんなりと大まかにグループを割り振ってその後にあまり人と絡まない単独派の人を入れて人数を調節する。

 担任の言葉通り、部屋割りに関する話し合いはすぐに終わった。


「うんうん、すんなり決まってよかった。じゃあ次は炊事班なんだけど……。うちのクラスの人数から考えて11人グループ二つと10人グループ二つの計四グループを作ってもらえるかな? これに関しては大人数になるから男女混合もオッケー! むしろ男子はともかく、女子オンリーは用具や薪運びの時にちょっとしんどいかも。その事を考慮して決めちゃってくださーい!」


 担任の合図とともに再びそれぞれが仲の良いものと合流する。

 すると、先ほどの部屋割り時に決めるベースなった大まかなグループがそれぞれ出来上がる。

 そしてその大まかなグループ男女が組み合わさればほぼグループは完成する。


「あと五人か六人か。どのグループを誘ったら良いかな?」


 うちのグループでも、どこのグループと合わさるか考え中である。

 男子グループと組むか、女子のグループと組むか。

 陰キャ寄りの俺たちからすれば、男子同士力を合わせる方が気楽なのは間違いないが。


「由奈ちゃん~!そっちのグループさ、俺たちの方に来ない?」


 そんな考え方とは真逆のイケイケ派はさっそく古山と吉澤のいるグループに声をかけている。

 ちなみに吉澤は露骨にものすごく嫌な顔をしている。

 古山は笑っているが、その笑顔は若干ひきつっている。愛想笑いのようだ。

 古山はぐいぐい来られることにいつも悩んでいるのもあってかなり苦手意識がさらに強くなっているようにも見える。


「力仕事とか全部俺たちがするからさ~!」


 取り敢えずぐいぐいと古山たちに自分達のことを売り込んでいく。

 チラッと古山にこちらを見られたが、この場はどうすることも出来ないので気が付かない不利をしてしまった。許せ。

 ここで、古山たちにこっちに来いとかはっきり言えたら陰キャなどやってはいないのだ。

 しばらく考えていたようだが、古山と吉澤以外の女子は乗る気だったようで結局イケイケ派と組むことにしたらしい。


「いいよなぁ、ああして一緒になりたいってはっきり言えるやつは」


 そうそうにクラスの男子と女子のトップカースト同士がくっついたのを見て、友人達はそんなことを口にする。

 少なからず憧れを抱いている。といったところか。


「あの、そっちのグループは何人?」


 ぼっーとそんな一面を見ていた俺たちに女子のグループが声をかけて来た。


「五人。何なら合わさるか?」

「話が早くて助かるー!」

「じゃあ、決定だなー!」


 先ほどのシーンを見ていたこともあって、友人が食いつくようにして合流を提案した。

 それに合意してくれたので、晴れてうちの炊事班のすんなりと決まった。

 一緒になった女子達はうちの学級委員をはじめとした真面目だが、それなりに話も出来るメンバー。

 古山に係仕事を押し付けたちょっと怖い女子たちじゃなかったので一安心。


「えっと、そっちのグループは何人なの?」

「六人だね。最初五人で組んでたんだけど、入れて欲しいって彼女から言われて……」


 学級委員の言った『彼女』とは。


「ああ、葵ちゃんね! 了解!」


 グループから少しだけ離れたところから、名前を呼ばれた葵は軽く手を振った。あざとい。


「えっと、居ても大丈夫かな? 入るとこがうちしかなかったって言われたから入れたんだけど……」

「大丈夫!」


 学級委員の言葉からは正直なところ、入れたくなかったという意思がひしひしと伝わってくる。

 真面目で優しくて人をまとめるものにすら、この嫌われよう。

 しかし、男子である友人からすれば美人が一人増えて嬉しいと感じている。

 良くも悪くも、葵の作り上げた計算通りの世界が目の前で繰り広げられている。

 それでそれなりにうまくことが進んでいく。

 でも見ている俺からすれば、何か息苦しさを感じる。

 本当に葵はこの状態で卒業まで過ごすのか。


「決まりだしたところもあるみたいですね。もう決まって余裕のあるところは用具を運んだり、薪を運んだりする係と調理係。そしてかまど担当とか決めておくと更にスムーズですよ! どの係にどれだけ人数を割くかは各自お任せします」

「……もう決めちゃおっか?」

「そうだね。その方が落ち着いて出来るし」


 担任の言葉を聞いて、俺たちのことを取りまとめる友人と学級委員が話し合いを進めていく。


「出来れば、用具や薪係は男子に頑張ってほしいかな」

「了解、こっちはそこに人数割けばいいね」

「調理は私たちがメインでやるから、そこは安心してね」

「うん。じゃあ、かまど係はどうしようか」


 かまど係。火の管理などを行う係。

 運搬係や調理係よりは少ない人数でやる係だが、どのような振り分けをするか……。


「春川さん、この係やってもらえませんか?」


 委員長が葵にかまど係をやってくれないかと要請した。


「うん、いいよ」

「えっと……。誰か他に付き添い要ります?」


 委員長が歯切れ悪く、そう葵に尋ねるが。


「ううん、一人で十分。みんなは他の仕事やってくれたらいいから」


 何も表情を変えることなく、笑顔で一人で請け負うことを承諾した。


「でも、さすがに火の管理を女の子一人に任せるというのは不味くないか? 何なら俺が助っ人にはいるけど?」


 確かにその友人の言葉は尤もで、葵に対する好感度云々というより単純に心配しての一言だろう。


「ううん、大丈夫。多分、他のかまど係の人に何かあったら聞けば良いしね! 先生もいるだろうから」


 笑顔で葵はそう言って、彼の申し出を断った。

 いつも俺と話しているときのような笑顔ではなく、笑ったまま凍らせたかのような笑顔。

 それは普通の何も葵のことを知らない人でも、何か違うと感じ取れるような何かを感じるに違いない。


「う、うん。分かった」


 友人は理解した意を示すだけしか出来なかった。


「男子も運搬終わったら、調理手伝うからな!」

「えー、料理ちゃんと出来るのー?」

「任せろって!」


 何とか係の振り分けも終わり、そのまま炊事班のメンバーで今後の出来事に期待を寄せながらの話に華を咲かせる。

 俺以外の男子は女子との会話に夢中になって盛り上がっている。

 俺はスッと席をたって、不自然に出来るだけ見えないように葵が座っている席の近くに腰を下ろした。


「みんな仲良くお話ししてる中、抜けてきていいの?」

「笑顔がこえーよ。余裕ねぇな」

「委員長たちに腫れ物扱いされてるのに、察しがついてない男子を追い払うにはそれぐらいしないと気が付いてもらえないのよ」

「腫れ物扱いされてることが足枷になってるなら、何とか変われよ」

「今更すぎる。そんなこと簡単に言わないでちょーだい。ってかそんなことよりいいの? 古山さんはあんたの方見てたけど」

「だからってあの中に飛び込んで、こっちと組まないか何て言えるわけねぇよ。そんなんならさっきのお前みたいに殺気のある笑顔浮かべるわ」

「皮肉を言っているつもりかしら?」

「弄ってはいるつもりだが、実際にどちらか二択になったら本当にそうなるからどうなんだろうな」

「……」


 葵は特に返事をせずにぼっーと何かを見ている。

 その視線の先を見ると、古山たちとイケイケ派が係決めあるいはそれが終わって話をしている。

 吉澤は完全に聞く気を無くしている。

 古山は相変わらずひきつった笑顔をのままである。


「やっぱり古山さんでもそれなりああいう笑顔を張り付けて過ごさなきゃいけない時ってあるもんだね」

「そうだな」


 古山と近い距離で話をすることが多かったことにより、人と接することに長けている彼女でもやはり心の底から楽しんでいるときとそうでない時の差が隠しているように見えても、それなりにあるものだと、今なら分かる。

 それに比べて、葵はよほどのことがない限り表情にこれといった差がない。

 差があっても、先ほどのようにこいつは状況に応じて意図的に使い分けるまである。

 そんな器用さをこいつはいつどこで身に付けたのだろう。

 教室の至るところで話が盛り上がる中、俺と葵はその後特に言葉を交わすことなく静かに残りの時間を過ごした。


















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