21話 負けヒロインと試着室
「はい、なっちゃん! 次はこれ! このシャツ合わせてみて。んで、次はこれでその次はこれでその次はぁ………よし、こっからここまで!」
「ちょ、多い多い! 一個ずつ持って来てくれよ」
全然遊びじゃなかった。
服屋が軒を並べる商業施設、その中に一歩足を踏み入れた
目に入る端から服を引っつかみ、グイグイと僕に押し当ててくる。シャツの次はパーカー、パーカーの次はトレーナー、その次はセーター、その次はまたシャツ。シャツシャツパーカーセーターシャツトレーナーセーターセーターセーターシャツ……目まぐるしくてひっくり返りそうだが、
「やーん、いいやんいいやん! すごい可愛い。待って、すっごい可愛い!」
「こっちも似合う! やっぱりなー、絶対合うと思っててん。うん、カッコいい!」
「やーん、これもいいし。ヤバい、顔がニヤける。一生この服着てて欲しい」
「うわー! こっちもめっちゃいい! どうしよう、きゅんきゅんする」
それ以上に、いちいちめっちゃ褒めてくれるので、いちいちめっちゃ恥ずかしい。
やめてくれよ、兎和にそんなふうに言われると何か異様に恥ずかしいんだよ。せめて声のボリュームを落してくれ。ほら、見てるから。店員さんがこっち見てるから。試着に付き合ってくれているイケメンの店員さんが、「良い彼女ですね」的な目でこっちを見てるから。
いや、違いますよ。この子はただの付添いで、僕達は姉弟みたいなもんですから!必死にそんな視線を送ってみるが、
「いらっしゃいませー、どうぞー」
店員さんは「あとはお二人でどうぞ」的な笑みを浮かべて接客に戻って行った。もう、汗が止まらないよ。
売り物を汚さないように早々に服を脱いだ。
しかし、不思議なものだ。僕と兎和の服の好みは全然違う。
どっちが優れているとかは置いといて、全然違う。だから兎和の運んでくる服は、ジャンルからして僕の趣味とは真反対なのだけど、
「うん、好き! めっちゃ好き! これはぁ、惚れ直すわぁ。もう一回告っちゃいそう」
キラキラした目でぴょんぴょん跳ねながら手を叩かれると、この路線も悪くないんじゃないかと思えてしまう。
兎和の周りに人が集まる理由がまた一つ理解できた。兎和はとても褒め上手なのだ。
「うわっ、これは似合わん! ださっ、きもっ! はよ脱ぎ。えぐいわー」
と思ったらたまにけなされるから油断がならない。ファッションとはかくも難解な道なのか。
そんなこんなで、試着を繰り返すこと数十分。
「うん、これで決まりやね。やっぱり、緑よ。なっちゃんには緑が合うわ」
試着室に立つ僕を眺め回し、兎和は満足げな顔で頷いた。
「そうなのかぁ。前にネットで検索したパーソナルカラー診断やったら赤だったんだけどなぁ」
鏡に映る自分を色んな角度に動かしながら僕は首を捻る。
「あー、それやっちゃったんや。パーソナルカラー診断って自分でやったらあかんのよ」
「え、そうなの?」
「うん。そーゆーのって、自分でやると願望とか主観が入っちゃうからさ。他人にやってもらわんと。しかも、店員さんとか資格持ってる人とかじゃないと意味ないんよ」
「三年前に知りたかったよ、その話………てゆーか、それ、何持ってんの?」
「ああ、これ?」
チェック柄のワンピースを体に合わせて笑う兎和。
「えへへへ、なっちゃん見てたらうちも自分も欲しくなっちゃって。どう? 可愛くない?」
「お、おう。か、可愛いんじゃね?」
「試着したいから、はよどいて」
「なんだよ、それ」
褒めて損した。
確かに土曜日ということもあり試着室はどれも一杯だ。あまり長居しても他のお客に迷惑なのでさっさと着替えて会計に向かう。
予定外の出費だが、全身総とっかえした割に支払いは驚くほど安かった。恐らく兎和は値段も考えてコーディネートしてくれたのだろう。ありがたい以外の言葉がない。
出口までお持ちしますという申出を遠慮して紙袋を受け取る。さすがに持って来た鞄には入らないので―――おっと、鞄忘れた。試着室だ。すぐに取って返して中に入ると、
「――え?」
「――あ」
もちろん中には半裸の兎和がいた。
「うわっ! うわっ! うわー! なな、なに? なにしてんの、なっちゃん!」
「ごごごごめんごめんごめんごめん! 違う違う違う! 誰もいない思ってて!」
「ゆゆゆゆゆ、ゆったやん! 試着するって、ゆったやん、うち!」
「いいいいい、言った言った言った! でも鞄忘れたから焦ってて!」
「だだだだだ、だからって一撃で入ってくる? カーテン閉まってんのに!」
「だだだだだ、だからそれはそれはそれは―――!」
「はよ、出ろやっっっ! いつまでおんねん!」
「そうだった! ごめん!」
「きゃー、カーテン開けんといて!」
どうしたらいいんだよ! 入ってもだめ、出てもだめって打つ手なしだろ、こんなもん! いや、僕のせいだけどさ、完全に。
「お客様、どうしました?」
試着室で男女の悲鳴が入り乱れていたら当然店員はすっ飛んで来る。一瞬通報されるかと思ってゾッとしたが、
「あれ、さっきのカップルのお客様ですか?」
優秀な接客員さんは客の顔だけでなく声までちゃんと覚えていてくれたようだ。
「カップルのお客様でしたら二人で使ってもらっても結構ですよ。また何かありましたたらお声かけてください」
カーテン越しにそう呼びかけて店員さんは去って行った。試着室に僕と兎和を残して。
「カ、カップルやって………」
背中を向けて兎和が言う。
「お、おう」
僕も背中を向けて答える。
「うちらそんなふうに見えてたんやね……」
「ま、まあ、あんなに色々言ってたからな」
好きとか、惚れ直すとか、もう一回告るとか………。
「………………」
あれ、なんで黙っちゃったの? たのむよ、今黙らないでくれよ。
今黙られると心臓の音が聞こえてしまいそうだ。
試着室は狭い。壁に張り付くように立たないと背中が触れる。
でも壁に張り付いちゃったら、今度はハンガーにかかった兎和の上着に密着してしまう。兎和の甘い匂いが鼻をくすぐる。
堪らず視線を逸らしたら………ヤバい、生足あるやんけ。
鏡に写ったやけに白い素足と脱ぎ落されたスカートが見えて、また心臓が加速した。
「な、なっちゃん、動かんといて。背中が当たる……」
「す、すまん。でも、これどうしたらいいんだ」
「取りあえず下だけ履くから…………履いたら出てくれる?」
え、履くの? この状況で? 繰り返すようだが試着室は狭い。凹凸の激しい兎和がスカートを履こうとしたら多分体が触れてしまう。
「やんっ」
「なんだよ」
「……お尻が当たった」
「仕方ないだろ」
「なっちゃんのお尻に……」
口に出して言うんじゃないよ!
くそう、考えないようにしてたのに。そうかさっきケツに当たったあの柔らかみはやっぱり兎和の…………ってほら、考えちゃうじゃん! もう一回を期待しちゃうじゃん! いや期待じゃない、警戒だった。もうぐちゃぐちゃだ。どうしてくれるんだよ、責任とれよ。僕のせいだけど。
「ねえ、なっちゃんのお尻ってさあ………」
まだ言うか、この女。
「うちのお尻の位置一緒なんやね………足短っ!」
「うるせえよ!」
思わぬ方向から傷つけられたので、着替えを待たずに試着室を飛び出した。
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