25話 勝ちヒロインと初デート


「……え、何これ?」


 翌、日曜の昼食後。

 自室の姿見には全身新品の洋服を纏った、顔面蒼白の男が写っていた。


「え? え? ちょっと待って。こんなだったっけ?」

 あわあわと鏡の前で体の向きを変えてみる。

右を向いたり、左を向いたり、片足を上げてみたり。ファイティングポーズからのカンフーポーズ、ヨガの構え、バスケのシュートをへて気をつけに戻る。どんな姿勢をしてみても……。


「ダサくない、この服装?」


 そんな思いが拭えない。おかしい。おかしいぞ、これ。なんだよ、この冴えない恰好は?

これはいったいどういう呪いなんだろう。昨晩まで眩いばかりのオシャレオーラを放っていた兎和とわセレクションの服達が、寝て起きたらまるで十年着古したボロ布のように萎びている。どしよう、吐きそうだ。待ち合わせまで後十五分なのに。

やっぱり自分で選んだ方が良かったんだろうか。この冬一押しのゴリラ――もとい冒険ジャケットにご登場願うべきなのだろうか。そうだ、それしかない。


「なっちゃん、まだ出かけんでいいの?」


 ノックもなしに兎和が部屋に入って来たのは、プレッシャーに負けた僕がクローゼットに手を伸ばそうとする寸前のことだった。兎和はドアノブに手をかけたまま、スキャンするような視線を頭の先から踝まで走らせ、

「いいやん。めっちゃカッコいいで、なっちゃん」

 飛び切りの笑顔でそう言った。


「ママママママママママジで? ほほほほほほほほ、ほんとにそう思う? なあなあなな、ほんとに? ほんとに大丈夫? なあなあなあ!」

「うわぁ、怖っ。なに? どういうメンタルなん?」

「だってだってだって、これ本当に大丈夫? オシャレか? 僕本当にオシャレなのか? フラれるんじゃないか、僕」

「うろたえすぎやって。自分で見たらわかるやろ」

 兎和は僕の二の腕を掴んでくるりと体を回転させると、姿見に正対させてポンと背中を叩いた。

「ほら、男前。自信持って。姫しゃまもメロメロ間違いなしやから」

「お、おう。そうか」

 兎和の言葉はまるで魔法だ。呪いを解かれた衣服たちが一斉に輝きを放ち始める。


「じゃあ、行ってくるわ」

 

 魔法使いに送り出されるシンデレラのように、僕は家を後にした。



「おう、姫乃ひめの………もう来てたんだ」


 そして、電車から降りた瞬間、また別種の魔法にかけられた。

「……まむ」

 待ち合わせの改札口でレモンティーのストローを咥える姫乃は、前に見たのとはまた違うもこもこのコートを纏い、ふわふわのスカートを履いて僕を待っていた。何分ファッションには疎いので、詳しくはわからないが………なんとなく高そうだ。

そして、

「あ、あの、あれだな……姫乃」

「ん?」

「えーと、その……か、か、か、可愛いな……今日」

 今日もと言うべきだっただろうか。

 とにかく姫乃はそこだけ木漏れ日でも差しているかのように、煌めいて見えた。

「や………やめてよ」

 はにかんどる。

 やばい、可愛い。それがまた可愛い。頬を赤くして、眉間に皺を寄せて、ストローを噛みしめて目を逸らす姫乃が、気を失うほど可愛い。

 世界に向けて叫びたい。見てください、これが僕の彼女なんですと。ああ、やっぱりあんま見ないで。自分だけのものにしたい。

いや、でもやっぱり見て。くそう、心が安定しない。それぐらい姫乃が可愛い。


「……夏? どうしたの?」

「あ、ごめん。なんでもない。行こうか」

「うん。あの………」

「どうした?」

「そのー」

 姫乃は赤い顔を左右に振って辺りを見回すと、おずおずと耳元に顔近づけ、

「夏も……カッコいいよ」

 恥ずかしそうに小さな声でそう言った。

「じゃ、行こっか……夏? どうしたの?」

 いつまでも歩き出さない僕を振り返り、不審そうに見つめる姫乃。

 人のことを殺しかけといて、よくそんな顔ができるもんだ。そういうことをする時は前もって予告をしてくれ。

 耳たぶがまだ熱い。 


 心臓が二、三個まとめて爆発した。


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