25話 勝ちヒロインと初デート
「……え、何これ?」
翌、日曜の昼食後。
自室の姿見には全身新品の洋服を纏った、顔面蒼白の男が写っていた。
「え? え? ちょっと待って。こんなだったっけ?」
あわあわと鏡の前で体の向きを変えてみる。
右を向いたり、左を向いたり、片足を上げてみたり。ファイティングポーズからのカンフーポーズ、ヨガの構え、バスケのシュートをへて気をつけに戻る。どんな姿勢をしてみても……。
「ダサくない、この服装?」
そんな思いが拭えない。おかしい。おかしいぞ、これ。なんだよ、この冴えない恰好は?
これはいったいどういう呪いなんだろう。昨晩まで眩いばかりのオシャレオーラを放っていた
やっぱり自分で選んだ方が良かったんだろうか。この冬一押しのゴリラ――もとい冒険ジャケットにご登場願うべきなのだろうか。そうだ、それしかない。
「なっちゃん、まだ出かけんでいいの?」
ノックもなしに兎和が部屋に入って来たのは、プレッシャーに負けた僕がクローゼットに手を伸ばそうとする寸前のことだった。兎和はドアノブに手をかけたまま、スキャンするような視線を頭の先から踝まで走らせ、
「いいやん。めっちゃカッコいいで、なっちゃん」
飛び切りの笑顔でそう言った。
「ママママママママママジで? ほほほほほほほほ、ほんとにそう思う? なあなあなな、ほんとに? ほんとに大丈夫? なあなあなあ!」
「うわぁ、怖っ。なに? どういうメンタルなん?」
「だってだってだって、これ本当に大丈夫? オシャレか? 僕本当にオシャレなのか? フラれるんじゃないか、僕」
「うろたえすぎやって。自分で見たらわかるやろ」
兎和は僕の二の腕を掴んでくるりと体を回転させると、姿見に正対させてポンと背中を叩いた。
「ほら、男前。自信持って。姫しゃまもメロメロ間違いなしやから」
「お、おう。そうか」
兎和の言葉はまるで魔法だ。呪いを解かれた衣服たちが一斉に輝きを放ち始める。
「じゃあ、行ってくるわ」
魔法使いに送り出されるシンデレラのように、僕は家を後にした。
※
「おう、
そして、電車から降りた瞬間、また別種の魔法にかけられた。
「……まむ」
待ち合わせの改札口でレモンティーのストローを咥える姫乃は、前に見たのとはまた違うもこもこのコートを纏い、ふわふわのスカートを履いて僕を待っていた。何分ファッションには疎いので、詳しくはわからないが………なんとなく高そうだ。
そして、
「あ、あの、あれだな……姫乃」
「ん?」
「えーと、その……か、か、か、可愛いな……今日」
今日もと言うべきだっただろうか。
とにかく姫乃はそこだけ木漏れ日でも差しているかのように、煌めいて見えた。
「や………やめてよ」
はにかんどる。
やばい、可愛い。それがまた可愛い。頬を赤くして、眉間に皺を寄せて、ストローを噛みしめて目を逸らす姫乃が、気を失うほど可愛い。
世界に向けて叫びたい。見てください、これが僕の彼女なんですと。ああ、やっぱりあんま見ないで。自分だけのものにしたい。
いや、でもやっぱり見て。くそう、心が安定しない。それぐらい姫乃が可愛い。
「……夏? どうしたの?」
「あ、ごめん。なんでもない。行こうか」
「うん。あの………」
「どうした?」
「そのー」
姫乃は赤い顔を左右に振って辺りを見回すと、おずおずと耳元に顔近づけ、
「夏も……カッコいいよ」
恥ずかしそうに小さな声でそう言った。
「じゃ、行こっか……夏? どうしたの?」
いつまでも歩き出さない僕を振り返り、不審そうに見つめる姫乃。
人のことを殺しかけといて、よくそんな顔ができるもんだ。そういうことをする時は前もって予告をしてくれ。
耳たぶがまだ熱い。
心臓が二、三個まとめて爆発した。
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