19話 負けヒロインの暴言がエグイ
いやいやいや。
何を言ってるんだ、お姉ちゃん。
僕が? デート服を持っていないだって?
いやいやいやいや。
意味が分からないが?
縄文人じゃないんだぞ。持ってるよ、服くらい。自慢じゃないが、ファッションにはそれなり自信があるんだよ。三月に一回ファッション誌だって買ってるし、お小遣いも結構な額を服飾方面に費やしている。
前にクラスメートにその服どこで買ったんだって真顔で聞かれたこともあるくらいだし。そろそろカリスマと呼ばれてもいい頃だろう。つまり何が言いたいかというと、
「デート服くらい売るほど持ってるわーい!」
さあ、どうだ! 颯爽とリビングルームに登場した僕は、さながら東京ボーイズショー in 冬の勝負デート服。テーマは冒険。
見えるぞ。沸き立つ観衆、ミラーボール、煌びやかなランウェイが。
「ねえ、なっちゃん……」
ほら、後ろ。後ろ姿も見てくれ。イケてるファッション男は、背中に隙を作らないんだぜ。
「ねえねえ、なっちゃん……」
わかってる、小物だろ? 焦るんじゃないよ。はい、バッグです。バッグという物があるんです、この世には。シックでポップでモードでカジュアルな中にも冒険を忘れない男の肩掛け鞄、中身は哀愁。
「なっちゃん……」
ネックレスだってありますよ? クロスでロザリオな十字架がダガーに首元を彩っています。さあ、いかがですか。審査員の
「……フラれちゃうよ?」
「手厳しいな!」
一夜明けた日曜日の朝である。
朝食を終えた兎和に、何も言わないから飛び切りオシャレをして降りて来いと命じられ、僕はうっきうきで自慢の勝負服達を招集したのだけれど。どうも、予想していたリアクションと違うなぁ……。
ソファでクッションを抱く兎和は、眉間にグランドキャニオンと見紛うほどの皺を寄せて言う。
「ワンチャン、何も着てない方がマシかもしれへん」
「そんなわけあるか!」
「いや、マジマジで」
「何も着てない方がフラれるだろう、絶対に」
「いや、マジマジで」
「そもそもデートまでに捕まるしね、何も着てなかったら!」
「聞いて、なっちゃん。マジやねんて」
「そんなにか!」
両肩に手をあてがわれ、真正面から宣告された。その表情に心配の色しか浮かんでいないところが余計に傷つく。ダメージ加工の隙間から露出した両膝が、やけにスースーしやがるぜ。
「なあ、なっちゃん。落ち着いて聞いて。これは由々しき事態よ。知ってるでしょ、うちはなっちゃんが大好きやねん。世界で一番大好きやの。そんなうちが世界で一番嫌いなのが、そのゴリラみたいなジャケットやねん」
「ゴリラってなんだよ!」
「冗談抜きでそのゴリラ一撃でフラれる可能性があるねんて。ゴリラの横を歩きたい女なんてジャングルにもおらんからさ」
「じゃあ、脱ぐよ! 脱ぎゃいいんだろ、ほら!」
「いやー、仮にそれを脱いだとしてもぉ………その下の三、四枚の布ゴミのどこに自信を見いだせるのか、うちにはわからへんねん」
「ゴミって言うな、ゴミって! 高かったんだぞ、これ」
「ゴミの買値は知らんけども」
「タグ見て、タグ! ほら知ってるだろ? 有名ブランド! これ全部有名ブランドで買ったやつだから! 有名ブランドショップにゴミは置いてないから!」
「どんな高級料亭でも生ゴミは出るよ」
酷過ぎる! この発言は絶対酷過ぎる! 僕だけじゃなくて作ってくれたデザイナーに対しても失礼だもん。
「ほんでなんで男はみんな全身にじゃらじゃら鎖を纏いたがるの? 雪道運転する気なの? 恥ずかしいよ。全部外して溶かして捨てて欲しいよ」
「イタイイタイ、引っ張んなよ。てゆーか、さっきから辛辣過ぎないか。これでもこの冬一押しのコーデなんだぞ」
「この冬ってどの冬よ」
「え、なにが?」
心の底からうんざりした顔で兎和が溜息をつく。
「そのジャケット三年前から知ってますけど。一年目と二年目は押しじゃないのを無理して着てたってこと?」
「あ、いや、それは………」
「二年間我慢して経験積ませて、この冬ようやく一軍に昇格したってこと?」
「いや、そういうわけじゃないけどさ………」
「育成枠なん、そのゴリラ? 育成してジャケットからゴリラに育てたん?」
「もう止めてくれよっっ!」
泣くぞ。今度は僕が泣いてやるぞ。
「まったく、事前にファッションチェックしといて良かったわ。やっぱり土曜日の デートはキャンセルね。日曜に変更してもらって、土曜日にまともな服を買いに行くと。わかった?」
くそう、好き放題いいやがって。ゴリラじゃねーし、冒険ジャケットだし。
「わかった、なっちゃん?」
「わかりましたよ!」
いかにカリスマな僕とはいえ、ファッションに関して女子と戦えるはずがない。 渋々、兎和の提案に頷いた。
………ゴリラじゃねーし。
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