20話 負けヒロインとお買い物

とゆーわけで、あっという間に翌週土曜日。

 

僕は県内最大全国屈指の繁華街の駅へ降り立った。

ここで僕は生まれ変わるんだ。少なくとも一撃でフラれない恰好へ。

テーマはそう、都会潜む魔性で行こう。


「そのわけのわからんテーマ性一回捨てた方がええよ」


「うるさいな。帰れよ、何でついて来てるんだよ」

 一人降り立った僕の横にもう一人降り立った兎和とわに向かって言う。

「何でやないでしょ、なっちゃんを一人でいかせたらまたゴリラ買って帰ってくるやんか。ゴリラの多頭飼いはキツいから。うちがスタイリストとして同行してあげます」

「買ったことねーし、ゴリラなんか! あれはめっちゃ高くて――」

「はいはい、わかったわかった。とにかく、もう姫しゃまには許可は貰ってんねんから。今日は大人しくうちの言うこと聞・き・な・さ・い!」

 SUICAでぺしぺしとおでこを叩かれた。くそう、子供扱いしやがって。姫乃ひめのもなんで許可を出すかな。


兎和が買い物の同行を申し出た際、真っ先に行ったのが僕を通じて姫乃の許可をとることだった。いかに姉弟とはいえ恋人のいる男を無断で連れ出すわけにはいかないという配慮だそうな。兎和に某かの意識を抱いている姫乃なら難色を示してくれると思っていたが、


『良かった! 全然いいよ、絶対に行って来て』

 OKの返事は絵文字付きで秒速で返ってきた。


なんだよ、良かったって。おかしいだろ、絶対に行って来てって。

もしかして姫乃も僕のファッションセンスに疑問を持っていたってこと? 制服しか見てないはずなのに? そんなことある?

「センスってにじみ出るんよね、あらゆるところに………残酷やわ」

「うるさいわー。ホントうるさい、この人」 

「はいはい、拗ねんといて。とにかく今日はうちに任せとき。なんやかんや言ったところでファッションは女の物ですよ。うちがばっちり女ウケのいいお洋服選んであーげますっ!」

 兎和はカードでぺしっとリーダーを叩くと、両足ジャンプで改札機を越えた。


「…………」

「ん? どしたん、なっちゃん。はよおいでーさ」

「いや、楽しそうだなと思って」

「むへへへへ、バレた? さっきからもうワクワクが止まらへんねん。やっぱ上がるよねー、服選びは。女の本能なんかな?」 

「そんなもんなのか」

「ああ、あかん! 喋ってる場合じゃないわ。はよ行こはよ行こ、時間もったいないで!」

 忙しないなあ、もう。

「はい、問題です! うちらが最初に向かい店はどこでしょう?」

「いや、急にどこって言われても――」

「不正解!」

 せめて答えを聞けよ。

「せっいっかっいっはぁー、あそこだ!」

 両手をあげてクルクルと回転したのち、ビシッと兎和が指差したのは女子達がきゃいきゃいと楽しそうに列を作るワゴン売りのクレープ屋。

「時間がもったいないんじゃなかったのかよ」

「甘い物も女の本能なので。ストロベリー生クリームよろしくです」

しかも僕が買うんかい。なんだ、その敬礼は。



「うまっ!」

 出来立てのクレープに齧りつき、兎和はバシーンと目を見開いた。

どうやら生クリームが売りの店らしく、くるりと巻いた生地の上にクリームがうずたかく盛られている。パッと見は巨大なソフトクリームのようだ。


「うーまー。うまうまうまうまうまうまうまうまうまっ、うーまー!」

 なんだ、その感想は。貧困なボキャブラリーを回数で埋めようとするんじゃないよ。

「なっちゃんも一口どう? この生クリーム部分食べっ。甘すぎず甘いから」

「それはどういう味なんだ」

「いいから食べーって。ホンマに美味しいから。はい、あーん……」

「やめろって、往来で」

「とみせかけて鼻にどーん!」

「ぶへっ! なにしてんだ、てめー!」

「あははははは! なっちゃん、顔汚なっ! 待って待って、写真撮るから。取ったらあかんで、そのまま、そのまま。あはははははは! ぶすぅー! 待受けにしよっと」


 この野郎………何て腹の立つ笑い顔なんだろう。

「よし、クレープかせ。今度は僕が食べさせてやるよ」

「あ、いいです。そーゆーのはカップルでやってください」

「お前はやってんだろ。いいからかせよ」

「ふぐっ、ふがっ、ふぐふぐ………食べちゃったわー。ごうちそうま」

 勝ち誇った顔で手を合わせる兎和。しかし、勝利宣言にはまだ早い。弾ならまだあるんだよ。ついさっきお前が僕に与えてくれただろう。

どっぺりと顔に付いたクリームを、べったりと指でこそぎ取った。

「うわああああああ、汚い! それはあかんよ、なっちゃん! それはあかん! 反則やよ! うちそーゆーの嫌い! どん引きやわ! はい、もう終わり終わり! 食べ物で遊ばんときっ。怒るで、ホンマに! 手降ろしっ。いやあああ、ごめんなさい。やめて、ホンマに嫌。ホンマに嫌やから! あ、はい、怒ったー。もう怒ったー。もういい加減にせんと……いやー、誰か助けてぇぇぇ――」

 大パニックじゃねえかよ、そんなに嫌か。


ちょっと近寄る真似をしただけで、泣いて喚いて怒って叫んで逃げ回り………あ、ぶつかった。飲み物買ってるお客さんにぶつかった。

めっちゃ謝ってるし。跳ねたドリンクを浴びたのだろうか、兎和はハンカチで顔を拭きながら戻って来た。

「……なっちゃんのせいやからね」

「そうか。それはすまんかったな………とみせかけて、どーん!」

「ぎゃああああああ」

 よし、勝った。拭いたばかりのほっぺにどっぷりいってやった。復讐はいつも美しい。

「えぇぇぇん、最悪やー。なっちゃんが最悪やー。メイク落ちたー」

「してねーだろ、メイクなんか」

「えへへ、バレた? そうなんです。メイクなしでこの美貌なんです。見直した?」

 褒めた覚えなど一ミリもないのになぜ誇れる。


「ちょっと、なによ。その顔は。もういいわ。はよ、行くで。いつまで遊んでるのよ。時間ないって言ってるのに」

「何から何までお前が始めたことだろうが」

「はい、じゃあ、次にいくお店はー。占い屋さん! 行ってみよう!」

「いや、買い物はっ!」


もしかしてこいつ、単に遊びに来たかっただけなんじゃないだろうか。飼い主を引っ張り回す犬のような兎和に腕を引かれながら、僕は不安な気持ちを抱かずにはいられなかった。 

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