16話 勝ちヒロインは真に受ける
「いやー、思った以上に盛り上がったね。次は何のゲームしよっか? ゾンビハザード行っときます?」
「いっとかねーよ」
いくわけないだろう。
「わたしなら、別にいいよ」
やるんだとよ。本当にどうしちゃったんだよ、今日の姫乃は。
「兎和ちゃんが普段やってるゲームなんだよね? じゃあやりたい」
「おお、なんなん? うちカリスマなん? やろーやろー」
「いや、でもこのゲーム一人用だし、三人じゃ楽しめないって、別のやろーぜ」
「そんなことないよ、楽しめるから。まず姫しゃまがプレイするやろ? それをうちらが横で見ると。これで十分行けるから」
「どういう多人数プレイなんだ、それ」
「いいやんね、姫しゃま?」
「……別にいい」
「はい、けってー」
嘘だろ、本気でやる気かよ?
僕の心配をよそに、いそいそとゲームを開始する兎和。姫乃はそんな兎和を澄ました表情で眺めている。
相変わらず能面のような顔だけど、これがどういうゲームか、わかっているのだろうか。もしかして姫乃、調子に乗ってないか? さきのレースゲームで(十位に)勝ったからって、いい気分になっていないか?
だとしたら危険だ。この『ゾンビハザード』は半端じゃない。
十年以上前に発売され、映画化まで果たした大ヒットタイトルのリメイク版。最新のCGで再現されたゾンビは、男でも悲鳴を上げるくらいに怖い。実際に悲鳴を上げた男が言うのだから間違いない。ある程度ホラーに耐性のある僕ですら怖いのに、苦手な姫乃がやっちゃたら―――。
「きゃあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
ほらもう、オープニングから絶叫じゃん。まだ文字しか出てないのに絶叫じゃん。絶対無理だよ、こんなもん。
「ナイス悲鳴! 絶叫助かるよ、姫しゃま!」
「なんで喜んでんだ、兎和は。ほら、姫乃。もうやめとこう。わかっただろ? これは姫乃には無理だって」
「うううう………やめない」
「よっ、負けず嫌い助かるよ!」
「うるさいよ! なあ、マジで止めた方がいいって。序盤でこれなら本編絶対耐えられないから」
「……やめない。だって、兎和ちゃんもやったんでしょ?」
「姫乃……」
こんな時まで負けず嫌い発動とか。こうなりゃ梃子でも折れないことはさっきのゲームで証明済みだ。
「あんまり無理すんなよ」
仕方なく、僕は姫乃をゲームの世界に送り出した。
舞台はアメリカの片田舎。休暇から戻った保安官が、夜の国道で農夫にヒッチハイクされるところから物語は始まる。農夫は病気に罹った娘を連れている。もちろん娘はゾンビになりかかっており、もちろん農夫は襲われて、もちろん姫乃は絶叫する。
「きゃあああああああああああああああああああああああああ! いやああああああ! いやっ、いやっ、いやあああああああああああああああ!」
うるさっ。うるさぁー。
楽しんでるとこ申し訳ないけどボリュームどうにかならないか? 住宅地なんだ。ゾンビよりご近所の噂が怖いんだ。
「
「大丈夫、そんなもんだから! ホラーの登場人物ってだいたい死ぬもんだから、落ち着いて」
「でも、でも――」
「ほら、姫しゃまゾンビ来たで。撃って撃って!」
「え、撃つ? どれ? Rボタン? ってどれ? しゃがんじゃう! なんかしゃがんじゃうんだけど! きゃああああ」
もう大パニックじゃないか。ここまだチュートリアルなんだけど。
「あははははは! パニくり過ぎやって、姫しゃま! あははははは!」
お前はお前で笑い過ぎなんだよ、兎和! ちゃんと教えてやれよ。このゲームはチュートリアルでもダメージ判定がある。グズグズしていると、
「噛まれた! え? え? 噛まれちゃったの、わたし?」
そう噛まれる。下手すりゃ死ぬ。死んでゲームオーバーになる。
「夏……噛まれた、わたし………」
「大丈夫、落ち着いて。ちゃんと頭を狙って撃っていこう。ほら、撃って。横のボタン」
「無理よ……もう手遅れ……」
「大丈夫だって。まだライフ残ってるから、はい撃って。横のボタン」
「もう終わりなの……」
「そんなことないって、まだライフ半分以上残ってるだろ。ほら、早く」
「関係ないもん! 一度噛まれちゃったら、もうゾンビになるしかないんだもん!」
忠実だな、設定に! そこはゲームだからいいんだよ。
なぜだかゾンビのルールに厳しい姫乃がいつまで呆然としているので、親切なチュートリアルゾンビも間が保たなくなったのか、二度目三度目の噛みつきを敢行する。そのまま主人公の保安官は食い殺された。
このシーンがまたグロイんだ。うげっ、見てらんねぇ。なんでここまでリアルに描くかな。血とか、肉とか、悲鳴とか、いいってもう。
「姫乃、大丈夫か? 見ない方がいいぞ」
「……………………………………」
「ん? 姫乃?」
「……………………………………」
なんか、固まっちゃってるんですけど! 目の前で手を振っても答えないので肩を揺すったら、正座でコントローラーを握った姿勢のまま横倒しに転がった。
「うわー、マジで大丈夫か、姫乃!」
「あ、夏……わたし、ゲーム……」
「もういいもういい! やらんでいいから!」
「そう……そうね……ちょっとお手洗い借りてもい?」
「うん、いいよいいよ。行ってきな」
「ありがと……肩痛い……あれ? 兎和ちゃんは?」
「え?」
そう言えば、いつの間にかいなくなっている。ヤバいぞ、これ。僕も一回やられたやつだ。
「姫乃、気を付けろ!」
「ばぁっ!」
「――きゃあ!」
警告するも間に合わず、扉を開いた瞬間廊下で待ち構えていた兎和が大声で飛び出して来た。やっぱりやったか。幼稚な幼稚な小学生レベルの驚かしだ。
「あはははは! 驚いた、姫しゃま? 驚いたやんな? ふー!」
「やめろよ、バカ! 可哀想だろ」
僕も以前兎和にやられたんだ。シンプルなだけに素直に驚いてしまう。そして、その小さな驚きが姫乃の最後の糸を切った。
「……ふ……ふ……ふぇぇぇぇえええええええええええ」
「うわぁ、泣いた」
「え、うそぉ? ごめん、姫しゃま!」
「うぅぅぅえぇぇぇええええええええええええええええ」
「姫乃? 姫乃? 大丈夫だよ、兎和のいたずらだから。もう大丈夫だって」
「うわー、どうしよ。うわー、どうしよー! ごめんごめんごめん! 泣かないで、姫しゃま。ごめんなさい!」
「ふぇぇぇぇぇ、ううっ、ううっ、うえええええええん」
「怖かったな。もう大丈夫。すまんな、兎和が」
「怖かった? 怖かったん? ごめんね? どうしよう、うちも泣きそう」
「泣くな泣くな、収集つかんわ。もういいからタオル的な物持ってきてくれ」
「わかった。ホンマごめんね、姫しゃま」
バタバタと部屋から駆け出して行く兎和。姫乃はまだまだ泣き止まない。僕の肩に突撃して嗚咽を交えて本格的に泣き始める。
「いいよ……もうちょい泣けよ」
そんな姫乃の背中をぎゅっと抱きしめた。
……いいよな? いいんだよな、これで? だって、彼氏だし。僕しかできないはずだろう、この仕事は。
ハッとするほど細い肩を震わせて姫乃は泣く。心なしか泣きの勢いが強くなった気がするが、それは安心してくれていると思い込もう。
「んんっ、んんっ、んんっ……えぇぇぇぇぇぇぇぇぇん」
それにして、こんなに力強く泣くんだな、この子。物静かなガワの内面に、猛る激情を隠し持っている。そんなところに僕は魅かれたんだ。
……ちょっと首が固まって来ちゃったな。座りながら変な姿勢で抱き寄せちゃったから、首の筋がイカれてきちゃったよ。でも、ここで体勢を変えさせてくれとは死んでも言えない。首がぶっ壊れても耐えるんだ。姫乃の気持ちが落ち着くまで。姫乃の涙が止まるまで。
「ふぅ……ふぅ……夏?」
「おう。落ち着いたか?」
「夏……わたしが、わたしがね……うううっ」
「うんうん」
「ふぅぅ……わたしがゾンビになったら………躊躇わずに殺してね」
ああ、だめだ。全然落ち着いてないわ。
「夏……約束して」
「いや、大丈夫だって。ゲームだから。なるわけないだろ、ゾンビなんか」
「もしもの話! もしもそうなったら……ちゃんと殺してね? わたし、夏をゾンビにしたくない」
「ええー? んんー? ゾンビー? そ、そうねー」
「約束して!」
「わかったよ。約束する。約束するから落ち着けよ」
「うぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇん」
泣くんかい、結局。いいけどさ、気の済むまで泣けばいいけどさ。
「すんっ……すんっ……すんっ……夏?」
「何?」
「……好き」
「おう」
「……夏は?」
「好きだよ」
……めちゃくちゃな。
「ふぅぅぅぅ、夏………ゾンビになっても一緒だよ」
結局なるんかよ、ゾンビ。
死が二人を分かった後の愛を誓い合い、姫乃はまた新鮮なテンションで泣き出すのだった。扉を見れば、珍しく空気を読んだ兎和が「もういいっすか?」みたいな顔で隙間から覗いていたので空いた手で戻れと合図を出す。
これから多分、長くなる。
首筋の痺れは肘まで伸びて来たけれど、腕一本失う覚悟で僕は姫乃の肩を抱き続けた。
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