15話 勝ちヒロインはゲームは雑魚


 姫乃ひめのの買ってきた玉子が尽きたので、あとは自宅で反復練習あるのみということにして兎和とわの料理教室は終了した。


「よーし、ほな次なにする? 三人でゲームでもしよっか?」

 満面の笑みを浮かべて諸手を上げる兎和なのだが。

「いや、あの、兎和? 兎和?」

「ん? あっ、あー。そっかそっか、ごめんごめん」

 よかった、わかってくれた。そうなんだよ、料理教室は終わったんだよ。よくやくここから正しい恋人同士の週末が始まるんだ。すまんな、どっか行ってくれ。

「ホラーのDVD見よっか?」


 なんでだよっっっ!

 一番違うだろ、それ。なんで土曜の昼間から家に籠って高校生三人でホラー映画見てるんだよ。あ、ちなみに両親は月火休みなのでただ今仕事中です。

「ご、ごめん、兎和ちゃん。わたし、ホラーはちょっと」

 ほら見ろ。姫乃はホラーが苦手なんだよ。パッケージも見たくないというふうに目を逸らして姫乃が言う。


「そっかー。ほな、何するー? 三人で出来ることよなー」

「兎和さん兎和さん。別に三人である必要はないと思うんだよ。ね? 二人でいいというか、二人がいいというか、応援する約束はどうしたというか………ね?」

「あ? あー、そっかそっか。ごめんごめん。なんですぐ忘れてまうんやろ、うち。ほな、邪魔者はここら辺で退散しますんでねー。あとは若い二人でねー。ごめんやよ~、ごめんやよ~」

 本当に何で忘れちゃうんだよ、お前は。二人の仲を応援するという約束をようやく思い出した兎和が席を外そうと立ち上がると、

「え、行っちゃうの?」

 途端に姫乃が顔色を変えた。


「ま、待って! 行かないで。あの……兎和ちゃんはよくゲームするの?」

「ゲーム? 好きよ。でもなっちゃんヘタやし、いっつも一人でやってんねん。だから三人でしたいなーって」

「じゃあ、わたしもやりたい」

 あれ? なんか姫乃が興味を示したぞ。なんで? 恋人同士の土曜日は? まだ間に合うよ? 映画館も遊園地も全然今からでも間に合いますが?

「夏、だめかな? わたしゲームやったことないからやりたい………夏と」

「もちろん良いに決まってるじゃないか」

 この一言で事情が変わった。そういうことなら絶対やる。大丈夫、土曜日は来週だってやって来る。姫乃の人生初ゲームを共にプレイするチャンス、これを逃す手はあり得ない。いいじゃないか、休日の昼間から部屋に籠ってゲーム最高だ。マストプレイ。


「はいはい、じゃあテキトーに座ってねー」

 とゆー訳で兎和の部屋に移動した。無駄にデカいモニターの前に兎和、姫乃、僕の順で座っていく。

「いやー、うちの部屋に姫しゃまおるやーん。なんか新鮮やねー、なっちゃん」

「ほんとになー」

 ほんとになんで僕の部屋より早く兎和に部屋にいるんだろう、この子。

 ゲームに興味があるなんて話一回も聞いたことないけれど。姫乃はクッションの上に正座で固まり、落ち着かなさげに部屋の装飾を見回している。目が合うと恥ずかしに視線を落とした。


「さーて、何のゲームしよっか? 姫しゃま初心者やから簡単なやつがいいよな。スプ●トゥーンにする?」

 絶対違うだろ、それ。

「うそうそ。やっぱレースゲームやな。これなら感覚でいけるっしょ」

 そう言って手早く僕と姫乃にコントローラーを配る兎和。まずは初心者の姫乃のために練習モードで操作方法やゲームのルールを説明して――


「ほな、レーススタート!」

 なんてプロセスを一切踏まずにいきなり実践に放り込む。

「いきなりレースやんのかよ?」

「え? え? これ、どうするの? どれ? どれがわたし?」

「四分割の左下の画面が姫しゃま。Aボタンがアクセルで十字キーがハンドル、後は魂や!」

 雑だな、おい!

 どんな教習所よりもスパルタな方式で姫乃の実践練習が始まった。当然順位は、


「いえーい、楽勝!」

 一位、兎和。

「うわー、やり方忘れてんなー」

 二~三位、コンピューター。

 からの四位、僕。

「うぅぅー、ふぅぅー、くぅうう………あ、ゴール? ゴールなの?」

 そして、姫乃が最下位。


「あははは、姫しゃま。ぶっちぎりのベッタやんか~」

「当たり前だろ、初めてやるんだぞ。理解できたか、姫乃?」

「うん、難しかった………ベッタってなに?」

「ああ、わからへんか? ドベってことよ」

 眼鏡のレンズを拭きながら関西弁をレクチャーする兎和。しかし、

「……ドベ?」

「あれ? これもわからん? ビリよ、ビリ。最下位ってこと。雑魚ってこと。敗者でへたくそってこと」

「やめろ、言い過ぎだろ」

「あははは、ごめんごめん。じゃあやっぱりレース止めてミニゲームにしよっか」

 素人相手に一位を取ってご満悦の兎和は笑いながらゲームを終わろうとするが、


「待って……もう一回」

 その手を静かに姫乃が掴んだ。

「あ、もう一回やる? いいやん、姫しゃま。なっちゃんもやるやんな?」

「マジかよ、姫乃? まだやんの?」

「うん、やる………夏もやるのよ」

「いいけどさ、大丈夫なの? できるのか?」

「―――ちっ」

 何か舌打ち聞こえましたけど⁉ 


 あれ、ヤバいな、この感じ。姫乃がレモンティーのストローを噛みまくっている。これもしかしてスイッチ入っちゃったかな? 

 姫乃は一見大人しそうに見えるけれど、その実恐ろしくプライドが高くて負けず嫌いだ。一度スイッチが入ってしまえば勝つまで止めない頑固な一面があるのだが………。

 ちらりと姫乃の顔を盗み見た。

「……雑魚じゃないもん……雑魚じゃないもん……雑魚じゃないもん……」

 入ってんねえ! ばっちりスイッチ入っちゃってるねえ。

 くそう、兎和が余計なこと言うからだ。面倒くさくなるぞ、ここから。

「よーし、じゃあ二回戦行ってみよー! 頑張れよー、雑魚どもー」

 そんな事情などつゆ知らない兎和は、無邪気な笑顔で地雷を踏み抜いて行くのであった。 

 

 そして始まる第二レース。

「うぇーい、余っ裕~~♪」

 一位は変わらずぶっちぎりで兎和。

「また四位かよー」

 僕も変わらず四位で、

「………………」

 姫乃も変わらず最下位。

「がじがじがじがじがじがじがじがじがじ……」

「大丈夫! 大丈夫だって、姫乃。めっちゃ上手くなってるぜ。このゲームめっちゃ難しいんだから。初めてにしちゃ上出来だよ。な、兎和?」

「姫しゃま、また雑魚位やんか」

「空気読めよ、関西人!」

なつ………もう一回」 

終わらねーぞ、これ。どうすんだ。


「よっしゃー、三回戦行ってみよー! たーのしー!」

 一人楽しそうな兎和は笑顔で次のレースを始めるが、

「うわー、ないわー! あそこでアイテム出るとかないわー!」

 余裕をかましすぎて結果は二位。

「ここ苦手なんだよなー」

 僕も順位を二つ落として六位。そして唯一姫乃が、

「お、姫乃だけ順位キープじゃん! すげーよ、僕も兎和も順位落としてるのに、姫乃だけキープとかすげーじゃん」

「バカにしてるの?」

「……すみません」

「だめでしょ、キープしたら」

「……すんません」

「………もう一回」

 こえーよ、もう。フォローしようとしたつもりが逆に怒らせちまったよ。

 結局、一レースだけのつもりが規定の五レースを走り切ることになってしまった。しかし、その最終レースで奇跡は起こる。


「いける! いけるよ、姫しゃまそのまま! 落ち着いて!」

「焦るな、姫乃! あとは真っ直ぐだから! そのまま行け、最後で抜かせ!」

「うううう………ゴール!」 

 大声援を浴びながら姫乃はゴールラインを越えた。

「ごほっごほっごほっ……どっち? どっちが勝ったの?」

 興奮にむせる姫乃、苦しそうに胸を押さえつつ、それでもモニターからは目を離さない。ややあって、レースの結果が映し出された。


 第五レース結果。

一位………兎和。

三位………僕。

九位………姫乃。


「やったぁぁー! 十位じゃなかったぁぁぁー!」

 そして、この大喜びである。

「やったやったやった……ううううう、嬉しぃぃ………やったよぉ、やったよぉ、雑魚じゃないよぉ………ごほっごほっごほっ!」

「ちょっと大丈夫、姫しゃま? めっちゃ喜ぶやん。うち、姫しゃまのこんな大声初めて聞いてんけど」

「うん、僕もだよ」

 今までよっぽど悔しかったんだろうなぁ………兎和のせいで。

「ううううう、勝った勝った勝った。勝ったー」

 勝ったな、十位に。それは間違いない。喜べばいい、存分に喜べばいいよ。

「んむっんむっんむっんむっ!」

 言葉では湧き出る感情を表現しきれないのだろうか。姫乃は握った両の拳をぶんぶん振り回すと、

「んむーっ!」

 最後に渾身のピースサインを突き出した。

「喜び方ダサっ」

 やめろ、兎和。しょうがないだろ。普段物静かな人間は、こういう時の正しいテンションの上げ方がわからないもんなんだよ。ちょっと妙な動きになっちゃうんだよ。

「んむむーっ!」

 ダブルピースとかやっちゃうんだよ。しょうがないだろ、あんま見んな。


「でも、そのダサさが可愛いぃぃ~~」

 刺さってんじゃねーかよ、結局。

姫乃の妙な動きも、お姉ちゃん願望の強い兎和の庇護欲にはぎゅんぎゅん突き刺さるらしく、

「もっとピースしてぇぇ~。もっとぉぉ~~。どうしよう、この子めっちゃ好きぃぃ~」

 兎和は涎を垂らさんばかりのデレ顔で姫乃のダサムーブを煽っていた。


ちなみに、ふと見たモニターに一瞬写った僕の顔が、兎和と同じくらいデレていたことは一生誰にも内緒にしておくつもりである。


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