22話 負けヒロインは神様を恨む
「いやー、なんやかんやあったけど、二人とも良い服買えてよかったね、なっちゃん」
服屋を出ると、兎和は満足そうに紙袋をバフバフと叩いた。
「お、おう、そうだな」
本当になんやかんやあったけどな。
試着室とか試着室とか試着室とか。
むしろなんやかんやの方ばっかりで記憶が塗りつぶされてるけどな。
「楽しかったなー。でも疲れたなー。服選ぶと疲れるよねー、喉も乾くし」
「あんなにはしゃいで喋ってたら疲れるわ、そりゃ」
「うーん、そうなんよねー。疲れんのよー、喉乾くし。あー、座りたいなー」
兎和は上半身を捻って紙袋をぶんぶん振り回すと、
「なに? なっちゃん、お茶したいの?」
「いや、言ってない言ってない」
「しゃーないなー、連れてったげるわ」
さっさと先に立って歩き始めた。
すごいな、今の流れで僕が誘ったことになるのかよ。とは言え、着替え中に突入しちゃったし、休日潰して服を選んでもらったし………。
「待てよ、兎和」
お茶ぐらい奢るべきなのだろう。思い直して僕は兎和の背中を追った。
「これでいいですね? では、魔法をかけるとあなたが選んだカードだけ表に向きます。3、2、1!」
「うわー、すごい! 見た? なっちゃん見た? すごない? 見て見て! ほら、見てって!」
「イタイイタイ。叩くな、見てるから」
……お茶だけでは済まなかった。
土曜日の昼さがりはどこのカフェも休憩を求める人で一杯だ。
パッと見、空いているからという理由で兎和が飛び込んだのは、手品と喫茶が融合した――マジックカフェ。
いや、チョイスよ。
なんだ、このカフェ。薄暗い店内を二、三人のマジシャンがテーブルを回って手品を披露するというシステムなのだが、
「それでは、お嬢さんの選んだそのカードが! はい、ポケットを見てください」
「嘘? 嘘? それは嘘やわ。だって、うち警戒してずっとポケットおさえてたもん。絶対あるわけが………あるー! きゃー! テレビで見たやつー」
めっちゃハマってんじゃん、兎和。
「魔法使いやー! この人、ダンブルドアやー!」
てゆーか、うるせーし。
「次次次次次次次! 次お願いします、大魔法使い様!」
「ごめんなさーい。そろそろ次のテーブルに回らなきゃいけないんですー。しばしご歓談くださいねー」
「あー、行かんといてー! もう一個だけ! もう一個だけお願いしますー! ショートバージョンでいいからー! ドア様ー! エクスペリアムスー!」
食い下がりすぎだろ。
「ああ、行ってもうた。はー、叫び過ぎて喉乾くわ」
喫茶店で喉乾くなよ。兎和は去って行くマジシャンを名残惜しそうに見つめつつ、ミルクティーのストローを咥えた。
「味薄っ。マジックとフードのクオリティ差がえぐいな」
「大声で言うな、そんなこと。てゆーかさ、兎和ってこういう店ってよく来るのか?」
「ん? マジックカフェってこと? 初めてやけど」
……初めてでよく入れたな、こんなとこ。
薄暗いビルの四階、黒を基調にしたおどろおどろしい外観といい、中の見えない扉といい、僕一人ならまず入らないタイプの店である。
「ああ、うち入りずらいとかそういうのないんよ。看板も暖簾も出てないこだわりこじらせたラーメン屋さんとか平気で入って行けるしね」
民家の可能性あるぞ、そこ。
「いやー、でも初めて入ったけど楽しいね、ここ。めっちゃ盛り上がるやん」
「ああ、うん。そうだな……」
それは多分兎和だからだ。
褒め上手の兎和はそれ以上に盛り上げ上手でもある。本人は無意識にやっているのだろうけれど、兎和のいる場所はいつも隣のグループが嫉妬するほど盛り上がる。
現に別のテーブルに移ったマジシャンは、何をしても全く無反応の客を相手にして落差に戸惑っている様子だ。
「何、隣の客。リアクションわるー。ドア様に失礼やろ。あんな寒い客ほっといてさっさとこっちに来てくれへんかなー」
「あんまりジロジロ隣を見るなよ」
「いいやんか、別に。なっちゃんは楽しくないの、マジック?」
「んー……正直楽しい」
「えへへー。せやろー」
ドヤ顔の見本として図鑑に載せてもいいような顔をして、兎和は胸を張った。
「うちも楽しいわー。予想外の楽しみが見つかるのってホンマに嬉しい。あ、でも明日のデートでこの店は使わんほうがいいかな。最初のデートにトリッキーなことはいらんから。ベタでいいの、ベタで」
「そんなもんか」
「そんなもんやの。女子は。ベタにおしゃれしてぇ、ベタなお店回ってぇ、ベタにお茶して、ベタにスイーツ食べて、シメはベタに観覧車って感じ? ひゃー、サイコー」
楽しそうに指折り数え、最後にガタガタと椅子を揺らしながら笑う兎和。
それはまるで太陽の下で咲き誇る向日葵のような笑顔だった。
兎和を兎和たらしめる笑顔。
僕が物心ついた頃からずっとそばにあった笑顔。
心をふっと軽くさせる笑顔。
「いや、それほとんど今日やったことじゃねーかよ」
「え?」
その笑顔が、僕の一言ですっと曇った。
まるで身勝手な旅行者に花弁を毟られたかのように。
「……ほんまやね、今日と一緒やん」
「どうした、兎和?」
「……ううん。なんでもないよ」
そう言って兎和はアイスミルクティーのストローを吸った。グラスはもうとっくに氷だけになっている。顔を見られるのを避けるようなそんな飲み方に見えた。
「ねえ、なっちゃん。覚えてる? 保育園の頃、なっちゃんすっごい泣き虫やったよね」
「なんだよ、急に」
「ユッコさんと離れるのが寂しいって泣いて。お迎えが来るまでずっとうちが手握ってあげたよね」
「そんなことあったっけ?」
「……あったよ」
「そうか」
「小学校の時も寂しがりでさ、一人で帰りたくないって放課後いつも一緒に帰ったよね。うちが委員の仕事で遅くなった時もずっと校門のとこで待ってて」
「ああ、それはあったかも」
「そん時に比べればなっちゃんはとても強くなりました。もう泣き虫じゃないし、寂しがり屋でもないね」
「当たり前だろ。高校生にもなって一人で帰れなかったらヤバいだろ」
「……ホンマに素敵になったよ、なっちゃんは」
「……お、おう」
「うちな、時々思うねん。幼馴染じゃなかったらよかったのにって……」
「え?」
「幼馴染じゃなくて、お姉ちゃんじゃなくて、高校ぐらいの時にクラスメートとしてフラッと現れて、カッコよく育ったなっちゃんをフラッと奪い去って行くような、そっち側の人になりたかったなって……」
奪う。その言葉を初めて口にしたことに気付いているのだろうか。グラスの氷をガチャガチャとかき混ぜる兎和。
「ああ、でも。幼稚園の時のなっちゃんを知らんのも嫌やなぁ」
「………」
「幼稚園のなっちゃん、小学生のなっちゃん、中学生のなっちゃん、高校生のなっちゃん……………なんで全部じゃあかんのかな」
「兎和……あの……」
「そろそろ行こっか」
僕の言葉を打ち切るように、兎和は俯いたまま席を立った。つられて僕も椅子を引くと、
「あ、お帰りですか? じゃあ最後に一つマジックをどうぞ」
兎和のリアクションの良さに気をよくしたのだろうか、先ほどのマジシャンが引き留めて来た。
「お会計を待つ間に済みますから。好きなカードを1枚ずつ引いて、それぞれにサインをしてください」
言われるままにカードに名前を記して束に戻すと、マジシャンは慣れた手付きでシャッフルし、
「あ、大変!」
わざとらしい驚き顔を作ってみせた。
「お二人の愛が強すぎて、二つのカードがくっついちゃいました! 記念にどうぞ」
多分、それはカップル用の鉄板ネタなのだろう。
マジシャンが満面の笑みで差し出した一枚のカードには、別々に書いたはずの僕達のサインがハートマークで一つにくくられていた。
兎和は、とっさに笑えていなかった。
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