逃げた先に待つ結果

妻娘と行き過ぎた愛

 幸せな人間が存在するのなら、不幸せな人間も存在する。

 世の中の全員が幸せでいられる事は難しい。

 両方が存在してるからこの世が成り立っているのかもしれない。

 でも、俺は今思った。

 この瞬間……短い時間の今この瞬間だけは、世の中の全員が幸せになったんじゃないかって……。

 なら不幸は何処へ行ったか?

 簡単な答えだ。


 ―――――――――――――――――――――――――――俺が、全部背負った


 俺だけが不幸に取りつかれたんだ。

 今俺の身に起きている事が、俺にそう思わせるに至るまでは、容易かった……。


 「うそだ……ちがう、ちがう……ここにいるわけない……ここに……」


 段差に躓いて、ペタンと尻を床に打ち付ける。

 大きく見開いた目だけは、一点に集中してブレる事は無かった。

 その目が捉えるのは、いつにも増して明るく輝く月……じゃない。

 月よりも存在感を際立たせている、二人。


 「やぁ~~~っと見つけたぁ❤愛おしい愛おしい、私達の零❤」

 「こんなに遠い所まで迎えに来させるなんて、イケナイ零さん❤」


 俺に枷を掛けた女優と、禁忌を犯したアイドルが――――――笑顔を浮かべながらそこに立っていた……。


 「うあああああぁぁぁぁぁ!!!???」


 鼓膜が破れてしまいそうな程の悲鳴を上げ、家の中へと四つん這いになりながら逃げ込んだ。

 近くにあった物が倒れようが壊れようが、お構いなしに奥へ奥へと逃げて行く。

 更に奥の部屋に続く戸を開けようとするが、立て付けが悪いため、中々戸を開く事ができない。


 「はぁ、はぁ、はっ……いやだ、いやだぁ!!?」


 開く事のできない戸を、ガリガリと引っ掻く。

 ――――――背後から、ギシッ……と、床を踏む音が聞こえた……。

 体の震えが増していく。

 振り返る事も出来ない……違う、振り返ってはいけない。

 これは夢だ、こんな事あり得ない……あの二人が、こんな所にいるわけないんだから……。


 ――――――ギシッ


 見るな、見るな、見るな。


 ――――――ギシッ


 見開くな、目を瞑れ、瞑ってくれ。


 ――――――ギシッ


 「はっ、はっ、はぁ、はっあぁっ!!??」


 開けない戸に、二つ……影が差した。

 心臓が握り潰されそうに痛む。

 瞬間、影が揺れたかと思えば、更に大きくなった。

 そして両肩に、手が乗せられた……。

 同時に両耳元で……呟かれる。


 「もう、逃がさない❤」

 「帰ろぉ、お家に❤」


 脳がビキビキと音を立てたのが分かった。

 また悲鳴を上げながら、その場に蹲(うずくま)る。

 耳を塞ぎ、止めどなく溢れてくる涙で床を濡らす。


 「いやだ、いやだぁ、いやだいやだいやだっ、いやだ」


 壊れた人形の様に、同じ言葉を繰り返す。

 この悪夢が早く覚める様に……。

 朝が来て、また手伝いに向かえる様に……。

 皆にありがとうと言い合える様に……。

 やっと手に入れたこの自由を――――――失わない様に……。


 「いやだ、いやだ、いやっっんっぐぅぅっ!!??」

 「ちゅる❤」


 後ろから頭を押さえつけられて、回り込んで来て口を塞がれる。

 暴れる俺を二人掛で組み敷き、動きを封じて、尚も口の自由を奪う。

 そうされていると――――――ゴクリ。

 何かを、飲ませられた。


 「あっ❤飲んだね、零さん❤」


 口は離されない。

 飲ませられたモノを吐き出す事さえ許さないと言う様に……少しの隙間も無くピッタリと閉じていた……。

 ――――――そして、数分程経って、ようやく口が自由になった。


 「ちゅっ❤はぁ~、はぁ~❤うふふふふ、久しぶりのキスは気持ち良いわね、零❤」

 「げぉほ!?がはっ、げほっ!!?ひっ、ひぃっ、いや、だ!!げぇっほ!?いやだ、いやだぁ!!?」


 床を這って、閉められている外へと続く戸へ向かう。

 向かっているはずなのに……おかしい。

 一向に戸へ辿り着けない。

 全然、前に進んでいない。

 こんなに動いているのに………………動いて、いる?

 俺は、動いて、いない?


 「効いてきたみたいだね❤」

 「ええ、そうみたいねぇ❤」


 何か、言って……あれ?

 目の前が、歪んで……暗く……なって――――――。


 「い、や……だ……」


 それ以上、俺が意識を保っている事は無かった。


 「あははは❤あははははは❤」

 「うふ❤うふふふふふ❤」


 甲高い声で笑う、二人の声すらも……俺の耳には届かない……。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 女優の数限一臨と、その娘でアイドルの数限二咲が芸能界に復帰したというニュースが報じられて以降、二人の人気は更に高くなっていった。

 その裏で、双子アイドルユニットの「Wegeminy」の二人が、いつ復帰するかという話も持ち上げられていた。


 「零❤愛してるわ、零❤」


 寝室のベッドで横になる、何も纏わずの女性が一人。

 この世の誰よりも幸せそうに、愛する人の名前を呼んでいた。


 「零さん❤愛してる、零さん❤」


 もう一人、ベッドに横になる少女。

 女性と同じ様に、何も身に纏ってはいない。

 こちらも、この世の誰よりも幸せそうに、愛する人の名前を呼んでいた。

 ――――――そして、その二人に挟まれる様に真ん中に寝かされている男性。

 目に布を巻かれ、何も見えない状態にされて……手と足にも、何重にも布が固く縛り付けられている。

 唯一何もされていない口は、パクパクと空気を吐き出しているだけだった。

 時折、何かを言っている様にも聞こえる。


 ―――い―――や―――だ―――


 その声も、言葉も、存在も――――――もう誰にも届かない、知られない。

 男を愛する、幸せそうに微笑むこの二人以外には。

 この男は、今も思っているはずだ。



 ―――――――――――――――「カノジョ達の愛は行き過ぎている」……と。

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