愛する人と絶望

「数限零」という存在は、私・・・「数限一臨」にとっての全てだ。

何よりも零が優先であり、誰よりも尽くしてあげると心に決めている。

欲しい物があれば買ってあげるし、行きたい場所があるのなら一緒に行ってあげる。

でも、零はとても優しいから、何かを欲しがったり何処へ行きたいかなんて自分から言い出した事を聞いた事が無い。

もっと甘えても良いんだよ?

私は零の、世界でただ一人の奥さんなんだから❤

でもね、その代わりに1つだけ約束して。

私から離れる事だけはしないで。

ずっと一緒にいましょう。

貴方が家に居て、私が仕事へ行って、その間にできた離れていた時間さえも無かった事にする位、ピッタリくっついて離れない様にしましょう。

ご飯を食べる時も、お風呂に入る時も、眠る時も・・・勿論、体を重ね合う時も、おはようからおやすみまで、ずっとずっと私から離れないで。

簡単な約束でしょ?

私には零だけなんだから。

あぁ、誤解のない様に言っておくけど、娘の二咲の事だって大事よ?

零と私の血を分けた可愛い可愛い娘ですもの。

・・・それに、あの娘が零の事を本気で愛している事だって知ってるわ。

夜な夜な私の目を盗んで、部屋でしている事もね。

二咲は私が気づいている事を知っているのかは分からないけど、零は全然気づいていないわよね。

当然よね、実の娘にそんな風に思われてるなんて、普通じゃ考えもつかない事だもの。

他の女にされるのは考えたくも無いし、死んでもその女を殺してやるつもりだけど・・・唯一許せるのなら、二咲くらいかしらね。

娘の愛を邪魔するような事はしないわ。

零を取られるなんて時の気持ちが、どれほど痛いかなんて想像できないもの。

もしかしなくても死んでしまうかもしれない。

やっぱり母娘って、似るのね。

だって、同じ人をこんなにも愛してるんだから❤


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


今日も朝から家を出て撮影やテレビ収録、ドラマの撮影と大忙しだった。

けで全然疲れてなんていない、寧ろ気力が湧いているくらい。

仕事が終われば真っ直ぐ家に帰る。

愛する零が、私の事を待っていてくれてるんだから、そう考えただけで疲れてなんていられない。


「うふふ、零~❤」


家に着いたらまずは抱きしめて、キスして、それから・・・・・・毎日そんな事を考えながら、家に帰る。

運転している車のミラーに映る私の顔は、とても世間で女優とは呼べないくらい、だらしない顔をしていた。

でも仕方ないよね、零の事を考えたらこうなるんだから❤

顔を正す事すらしないまま、我が家に着いた。

車から飛び出す様に降りて、家の鍵を開け、中へ入った。


「ただいま~❤」


笑顔で帰宅を知らせるが、零から返事が返ってこない。

そういえば、今日の朝は何だか眠そうな顔をしていたわね・・・もしかして、眠てるのかしら?

靴を脱いでリビングまでの廊下を歩いて行く。

そして、リビングを覗いてみたけど、零の姿は見当たらなかった。


「寝室かしら・・・?」


もし眠ていたら、お目覚めのキスでもしちゃおう❤

ニヤケ顔でリビングから離れようとした時、机の上になにか置かれているのに気づいた。


「?何かしら、朝家を出る時には何も無かったと思うけど・・・。」


リビングに足を踏み入れ、テーブルの上に置かれている「それ」を、


「・・・・・・・・・え」


・・・・・・みてしまった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「数限零」という存在は、私・・・「数限二咲」にとっての全部だ。

学校の誰よりも、芸能界の誰よりも、道行く人の誰よりも・・・この世の誰よりも零さんは私にとって、何よりも代え難い存在。

零さん以外の存在は、比較にすらならない。

この世に零さんとママの娘として生を受けた瞬間から、私は零さんの事を愛していると、胸を張って言える。

ううん、きっと前世では夫婦だったんだと思う❤

それくらい零さんの事を愛している。

父娘じゃ結ばれる事なんてできない、まだ幼い時に突き付けられた現実。

でも、私はそんなのおかしいと思った。

だって、こんなに愛しているのに無理なはず無いじゃない・・・って。

ふと思った、愛している人の事を「パパ」って呼ぶのはおかしいんじゃないのか・・・?

そう思って、「零さん」って下の名前で呼ぶようにすると決めた。

最初は疑問に思っていた零さんも、今ではそれを受け入れてくれている様子だった。

優しい零さんに付け込むように、キスだってする様になった。

すぐに癖になって、毎日私の部屋に呼び出すのが当たり前になっていた。

本当はもっと先の事もヤリたいけど、それはまだ我慢我慢・・・。

でもきっと、ママにはバレている。

零さんは気づいていないけど、ママはそれを知っていて気づいていない振りをしている。

私の愛を邪魔しないでいてくれるママの事は、勿論大切に思っている。

ママとなら零さんの事を共有できる。

だから私は決して、ママから零さんを奪おうなんて考えた事は無い。

母娘は似るって本当なんだね。

だって、同じ人を愛しているんだから❤


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


学校が終わった後は撮影やら次に出演する番組のスケジュール確認やら、新曲の打ち合わせ・・・。

本当はアイドルなんてしてなくても良かった。

でも零さんが、「二咲ちゃんも大きくなったら、ママと一緒にテレビで活躍できるよ!」、って言ってくれたから続けていた。

その結果、本当にアイドルになれたし曲も出せたしで万々歳・・・。

零さんを十分に養えるくらいには稼げてもいるから、もうちょっと続けようかな。

もしかしたら、ママもこんな事考えた事ってあるんじゃないかな?


「・・・零さん❤」


今日も部屋に呼び出して、いっぱいキスして~・・・・・・そろそろ舌くらい入れても良いよね❤

緩みそうになる顔を何とか抑える。

零さんの事を考えるといつもこうなってしまう。

私の全部を虜にした零さん❤

愛する零さんが待っている家が見えて来た。

自然と速足になり、最後には走り出している。

ドアノブを回すと、鍵は掛かってなくて、ドアが少し開いた。

きっともうママが帰ってきているんだ、そう思って、ドアを開いた。

また二人でイチャイチャしているんだろうな・・・・・・なんて考えていた思考は、家の中に入った瞬間に消えてしまった・・・。


「・・・えっ、何?」


廊下に散乱した靴や傘や衣服・・・。

それが、向こう側までずっと続いていた・・・。


「・・・零さん・・・!」


何があったのかと考える前に浮かんだのは、愛する零さんの姿。

まさか、誰かが家に侵入して・・・。

靴を脱ぎ捨てて、散らかっている廊下を走り抜けてリビングへと飛び込んだ。

私の目に映ったのは・・・・・・、


「・・・ママ?」


廊下同様に乱雑な場所へと変貌しているリビングの真ん中で、仕事着のまま立ち尽くしているママの姿だった・・・。

よく見ると、ママの手には千切れた衣服が握られていて、動き回ったのか、息を切らしていて呼吸が荒かった・・・。

そんなママを見て気づいた・・・・・・これは、ママがやったんだ・・・と。


「ママ!一体何があったの、家中こんなにして・・・っ!?・・・ママ?」


声を掛けるとママが振り向いた・・・・・・涙でグチャグチャになり、歯をギリギリと噛みしめているママの姿をから、私は事の重大さを認識した・・・。

こんなママ、初めて見た・・・。

零さんにだってこんな顔、見せた事無いはず・・・・・・零さん・・・。


「そうだ、零さん!!ママ、零さんは!?」


姿の見当たらない零さんの事をママに聞くと、ママは、衣服を手にしていない方の手を私に差し出してきた。

その手には、グシャグシャになっている一枚の「紙」・・・・・・それを受け取り、恐る恐る確認・・・・・・してしまった・・・。


「・・・・・・・・・なに・・・よ・・・これ・・・」


その紙を握る私の手に力が加わっていき、ビリリッと少しだけ紙が破けてしまう・・・。

動き回ってもいないのに、呼吸が荒くなっていく・・・・・・ママも、そうだったのかな・・・。

ママを見る。


「・・・・・・零・・・」


呟いて、紙を渡してきた掌を開くママ・・・。

その掌に、キラッと光る物・・・。


「・・・・・・嘘よ嘘よ嘘よっっ!!?!?こんなの嘘っっ!!?!」


思い浮かんだ事を振り払うために叫んだ・・・。

信じられるはずが無かった・・・・・・。

私の手にある・・・・・・零さんの字で記入済みの「離婚届」と書かれた紙と、・・・・・・ママの掌にある・・・・・・零さんが指にはめているはずの「結婚指輪」が、・・・・・・何を意味しているのかを・・・・・・。

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