カノジョ達の愛は行き過ぎている

toto-トゥトゥ-

妻と娘

陽が昇り始めた早朝、専業主夫の朝は早い。

まだ起きる様子も無い、隣で寝息を立てる妻を横目にベッドから降りて、寝巻のままキッチンへと向かう。

眠気覚ましにホットコーヒーを淹れ、それをゆっくりと味わいながら飲む。


「ふぅ・・・。よし。」


朝の眠気から解放されれば、朝食の準備を開始する。

用意するのは三人分。

妻と娘、そして俺。


「今日の朝食はフレンチトーストとサラダ、後はコーンスープにしようかな。」


お手軽な献立が決まれば手際よく行動する。

結婚してから毎朝していれば、自然と体に身に付く無駄のない動き。

起きて来た二人を待たせる事もない。

フレンチトーストが完成、サラダも盛りつけた、温かいコーンスープも良し。


「後は・・・あぁ、おはよう。」


後は二人が降りてくるのを待つだけだと言おうとすれば、朝食が並んだリビングに妻が入ってきた。

セミロングの綺麗な黒髪には、寝癖の一つも付いていない。


「おはよう零。」


俺の名前を呼びながら、そのまま椅子に座る事もせず、俺を抱きしめて唇を重ねてきた。


「んんぅ~❤ちゅっ、ちゅっ❤」


朝からするとは思えない、中々に濃厚なやつを・・・。

これも、結婚してから毎朝の事。


「んっ・・・。ぷはっ!・・・ちょっ、一臨(いつり)、舌は止めてよ!」

「えぇ~、いいでしょ別に。夫婦なんだから❤」


どさくさに紛れて舌を入れてきた妻を咎めるも、何食わぬ返しが戻って来る。

俺の意見は、大抵こうやって流されて終わる・・・。

妻の数限(じゅげん)一臨は女優業をしている。

芸能界でもかなりトップに座を置いて、トークや芝居、踊りまでも周りから評価される程の大女優だ。

妻がアイドルをしていた頃、妻のマネージャーを務めていた俺は、妻にやや強引に丸め込まれ結婚・・・、それから娘を身籠り女優業を休業。

主産後、すぐに復帰して、今ではアイドルから女優に至った・・・。

若くして子を産んだアイドルなんて恰好のネタにされると思っていたのだが、世間はそれほどざわついてはいなかった。

寧ろ、祝福の声のほうが多かった気がする。


「もう・・・、早く食べないと冷めちゃうよ。」

「は~い❤・・・ねぇ零、食べさせてくれないの?」

「・・・・・・はい・・・。」


横に座る妻にサラダを与える。

笑顔でそれを口にした妻は、朝からとても幸せそうだ。

今年で3×歳になる妻と、4×歳になる俺・・・・・・妻はなんとも思っていないだろうが、俺は恥ずかしくて仕方がない・・・。

夫婦なのだからと言われたが、流石に人前でもこんなやり取りをやられては、顔を隠すのはいつも俺の方だ・・・。

事情があってあまり家からは出られないから言うほど人前に出る事はないけど・・・。


「毎朝飽きずにイチャつくね・・・零さん。」

「あっ、お、おはよう二咲(により)ちゃん。いやこれは別に俺からって訳じゃ・・・ってごめんね、もしかして起こしちゃった?」

「ううん、そんな事無いけど・・・私の部屋まで丸聞こえだったよ。」

「・・・・・・ごめんなさい。」


眠たげに目を擦りながら入ってきた娘の二咲ちゃん。

やはり母娘、明るめな栗色のミディアムヘアーは、寝癖も無くサラサラだ。

妻と同様に、芸能界で現役女子高生アイドルとして「によりん」の愛称で活躍している娘。

出したアルバムは常に上位に入り、テレビにも引っ張りだこ。

母親譲りのそ才能は、役者としても通用するレベル。

現在16歳・・・・・・これからの芸能人としての成長が期待されている。


「零さんが謝る事じゃないでしょ。ねっ?ママ?」

「いいじゃない別に~。愛する夫婦の朝の営みなんだから。ねっ、零❤」

「一臨、言い方!・・・全く。」


娘の前でも平気で爆弾発言をする一臨・・・・・・フォローする俺の身にもなってほしい・・・。

三人が食卓に揃ったところで、朝食を再開する。


「ねぇ、零さん。」

「んっ?何、二咲ちゃん。」

「私にも食べさせてくれるよね❤」

「・・・・・・。」


やはり、母娘だ・・・。

やれやれと言った感じで二咲ちゃんにも自分の分のサラダをあげる。

これも、毎朝の流れ・・・・・・それを見た一臨がまたあ~んをせがんでくるまでが、目に見えている・・・。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「いってらっしゃい、二人共。」


朝食を終えた二人は順にお風呂、身だしなみを整えると、仕事へ向かう。

玄関に立つ二人からは、変装していても芸能人オーラが出ている。

二人を見送るのも、専業主夫である俺の仕事の一つ。

マネージャー業は妻に言われて辞職したので、二人に付いていく事は余程の事が無ければ起こらない。

送り迎えぐらいはしたかったが、二人にそれも止められた。

とにかく、俺は家で待っていてくれれば良いと・・・・・・。

 

「いってきます、零❤ちゅ~❤」


唇を尖らせて、キスを求める一臨・・・・・・横で二咲ちゃんが見ている。

本当は娘の前でこんな事はしたくなかったが、しなければずっとこの状態で仕事にも行かない事を俺は知っている・・・・・・なので、するしか道は無い・・・。


「・・・んっ・・・。」

「ちゅ~~❤」

「んんっうぅ!!?」


唇が触れた瞬間、頭を固定され、離れられない様にされた。

驚いて身動ぎする俺を尻目に、口内まで浸食してくる熱いキスをお見舞いしてくる一臨。

それから数十秒後・・・離してくれた頃には、俺の口周りは一臨の唾液でベタベタになっていた・・・・・・。


「も、もう!!一臨!!」

「うふふ❤一杯貰っちゃった❤それじゃあいってきま~す❤」


俺の言葉はスルーされ、ニヤケ顔のまま家を出て行く一臨。

口を拭う俺を、二咲ちゃんがじっと見ている・・・。


「あの・・・行かないの、二咲ちゃん・・・。」

「・・・零さん、今日も私の部屋に来てね。」

「・・・・・・うん・・・」


その言葉に、数秒遅れて返事を返す俺・・・。

二咲ちゃんが見ている前で、キスをしたく無かった本当の理由はこれでもあった・・・・・・いや、こっちが本命だった・・・。


「二咲、早く~!」

「ママが呼んでるから行かなくちゃ・・・・・いってきます。零さん❤」

「・・・いってらっしゃい・・・。」


外で待つ一臨の元へ駆けて行く二咲ちゃんの後姿を最後に、ドアは閉じられた。


「・・・・・・また・・・か・・・。」


女優の妻とアイドルの娘・・・そして、平凡な専業主婦の俺。

視点を変えれば仕事に向かう妻と、学校へ登校する娘を見送る夫。

何もおかしなところは無い普通の家庭・・・・・・でも、それは周りから見ただけの結果に過ぎない・・・。

俺は知っている・・・・・・二人の素顔を・・・。

あの二人に愛を向けられる、ただ一人の当事者なのだから・・・・・・。

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