最低な男と幸せな双子

「女優の数限一臨さんと、その娘でアイドルの数限二咲さんが、お二人揃って芸能活動を長期休暇するとの発表があり――――――」


 テレビを点けて、最初に目にしたのはあの二人の事だった。

 あの時あの場所で二人に見つかった時にも疑問に思ったが、今のニュースを聞いて納得した。

 俺を連れ戻すために長期の休みまで取ったんだと……。

 チャンネルを変えてみる。

 幸いにも、あの時の四人の言い合いの事は、報道されていなかった。

 誰も、言い合いをしている所は見ていなかったのだろうか……。

 まだアナウンサーが話を続けているテレビを消して、ソファーにもたれ掛かってボーッと遠くを見つめる。

 庭で小鳥が二匹、じゃれ合っているのが目に映る。

 

 「……俺も、あの小鳥みたいに、自由に……」


 なれるだろうか。

 妻だった女性に束縛され、可愛がっていた娘と背徳を重ね、挙句の果てには娘と同い年の、双子姉妹のアイドルと体を重ねてしまった……。

 聞いただけでもクズ呼ばわりされても仕方がない様な、そんな俺でも自由を手にする事ができるだろうか。

 ……手にしたい。

 できるかできないかじゃなくて、この手に収めたい。

 ならどうすれば良いか?

 いつか来る自由を夢見て、妻と娘に従って流されるがままにしてきて行きついた先は、家を出るという答え。

 それでもまだ、あの二人は俺を手放す気は無いみたいだ。

 そして今度は、偶然再会した顔見知りの双子の姉妹を頼ったはいいものの、良くない方向に道が出来上がってきている……。

 このまま前の様に、何も行動を起こさず身を任せてしまえば……待っているのは以前と同じような、自由とは程遠い日々……かもしれない。

 兆胡ちゃんと京胡ちゃんが、一臨と二咲ちゃんと同様に俺を扱うかと言われれば、自信を持ってそうだと頷ける根拠は無い。

 けれど、俺は自分がどれ程臆病で、他人任せで、流されるがままの人間か分かっている。

 悪い方ばかりに考えてしまう。

 好意を打ち明けてくれた二人がまた、俺を求めてきたら……。

 俺はきっと、好意に気づいていない頃の様に、二人を拒否する事ができない。

 そうやってズルズル二人という沼に引きずり込まれて、今度こそ……ほんの少し残った自由さえ、この手から消え去ってしまうじゃないか?

 また、傍に居てくれるだけで良いと、言われるんじゃないか?

 あまりにも自意識過剰な考えというのは分かっている。

 分かっているのに、そう言う風にしか考えられなくなっている……。

 もう一度、自分に問おう……なら、どうするか?


 「…………これしか、ないじゃないか」


 ――――――この家を出る

 ここに住むと決めた時も、二人と体を重ねた時にも、常に考えていた事。

 本当は何事も無く、お世話になった二人に感謝を述べて出ていければ良かったけど……それは難しい。

 もっとも、二人の純潔を奪ってしまった今となっては、出て行く事すら躊躇(ためら)われるが……。

 最低な奴だと罵っていい、貴様はクズ野郎だと唾を吐きかけていい、お前にそんな事をする資格があるのかと袋叩きにされたっていい。

 それでも俺は――――――自由になりたい。


 「兆胡ちゃん、京胡ちゃん……ありがとう。それと……さようなら」


 ソファーから立ち上がり、足元にあった自分のカバンを手にして、リビングを出て行った。

 庭でじゃれ合っていた小鳥が二匹、何処かへ飛び立っていった。

 それと同時に、玄関のドアが閉じる音が――――――家の中に響いた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 今日の撮影もレッスンも絶好調だった。

 それもこれも全部、零さんのお陰❤

 昨日はあの二人に邪魔されて、折角のデートを台無しにされちゃった。

 でも、悪い事ばかりじゃなかった。

 ずっと抱いていた想いを打ち明ける事ができたし、昨日の夜なんて遂に……あっはは❤

 零さんの唐変木さも筋金入りだけど、それに負けないくらい京胡と一緒にアプローチして良かったぁ❤

 偶然出会えたのは運命だし、家に住む事になったのも必然だし、これから先も一緒に居られるのだって当然だよね❤


 「零さん何してるかな?」

 「夕食の準備でもしてるんじゃないかな?」


 隣を歩く京胡と話すのは、決まって零さんの事。

 学校だも、撮影先でも、帰り道でも、いつだって零さんの事。

 良く興奮を抑えきれなくて、周りに零さんの事をバレそうになるから、気を付けなくちゃ。

 でも、バレたらバレたで零さんの事、紹介しても良いかな。

 いずれする事になるかもだし、今したって良いよね。

 まぁ、バレたらの話だけど。

 零さんの話で盛り上がっていたら、すぐに家に着く。

 玄関のドアを開けて、二人で帰った事を伝える。


 「ただいま~零さん❤」

 「帰ったよ~❤」


 こうすると零さんがお帰りなさいと言ってくれる。

 朝に家を出る時にはいってらっしゃいと言ってくれる。

 それが何とも言えない程に、アタシ達の感情を高ぶらせて、ついついその場で抱き着いてしまう。

 甘い蜜の味を知ったという表現は、我ながら上手いと思った。


 「……あれ? 零さん来ないね」

 「だね。……うん?」


 不思議に思って下を見ると、零さんの靴が無い事に気づいた。

 京胡にその事を教えると、買い物にでも行ってるんじゃないかという事で、二人で零さんが帰って来るのを待つ事にした。

 家に上がっても、二人で話すのは勿論、零さんの事。


 「ねぇねぇ京胡! 今日はどうする? 零さんとまた……❤」

 「えっへぇ~❤兆胡ってば、そんな事ばっか考えて~!まっ、アタシが言えた事じゃないけどね~❤」


 二人で今夜もするか、そんな話をしながら、零さんが帰って来るのを待っていた……。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 時計が夜8時を示した時、不安を言葉にしたのは兆胡だった。


 「ねぇ、いくら何でも遅くない?」

 「……うん、何か、あったのかな?」


 アタシ達が帰って来てから、もう3時間も経つ。

 2時間が経った時には小さなものだった不安が、急に大きなものになって、アタシ達の心配を増幅させていった。

 落ち着く事もできなくなって、兆胡と二人でリビングの同じ場所を意味も無く歩き回っていた。

 そしてここでやっと、今更過ぎる行動にでた。


 「電話掛けよう!」


 アタシはテーブルに置いていた自分のスマホを手に取り、零さんの番号に電話を掛けた。

 ……すると。


 「え……二階?」


 答えたのは兆胡だった。

 アタシにも聞こえる。

 着信音が、二階の方から鳴っているのが。

 二人して同じタイミングで、二階へと駆けて行った。

 着信音が聞こえるのは零さんの部屋からだった。

 買ったばかりで設定をしていないのか、着信音が大に設定されている様で、部屋に近づいただけでリビングに居る時よりも良く聞こえる。

 兆胡が部屋のドアを開けて、中に入ると、その後に続いてアタシも部屋の中に入った。

 音のなる方を見ると、スマホが床に置きっぱなしになっていた。

 そう言えば昨日、兆胡が零さんに声を掛けた時に、驚いた零さんがスマホを弾き飛ばしていた様な……。

 電話を切ると、鳴り続けていた零さんのスマホも鳴りやんだ。

 零さんのスマホを手に取った時、後ろにいる兆胡が、おかしな事を言い出した。


 「ね、ねぇ、京胡……」

 「え? 何、兆胡?」


 振り返って兆胡を見ると、唖然とその場に立ち尽くす兆胡が、ゆっくりとアタシの方を向いた。

 明らかに、様子がおかしかった。


 「ちょっ、どうしたの?」

 「零さんの……」

 「零さんの、何?」

 「……零さんの、荷物……どこ?」

 「……え」


 兆胡に言われて、初めて気づいた。

 零さんの持っていたカバンが無い。

 それだけじゃない……傍に置いてあった日用品も、洋服も、元から何も無かったかのように、綺麗に消えていた。

 部屋中二人で見渡してみるが、零さんの荷物は……何処にも無かった。

 ヨロヨロと、兆胡が下がり、壁にもたれ掛かった。

 そして、崩れ落ちる様にその場に尻を着いた兆胡が言った。


 「零さんが……いなくなっちゃった……」


 その言葉を聞いて、アタシもその場に崩れ落ちた。

 後から部屋に響いた叫び声は、二つに重なっていた………………。

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