いってらっしゃいとこれからの事

「ごちそうさまでした。」


二人が作ってくれた朝食を食べ終える。

お腹も膨れたし、ボーッとしていた脳もすっかり目覚めている。


「ねぇ零さん、アタシ達の作ったごはん美味しかった?」

「うん、とっても美味しかったよ!特にお味噌汁!」

「でしょでしょ!・・・じゃあさ、アタシ達が毎日ごはんを作ったら、食べてくれる相手は毎日美味しいって言ってくれるかな?」

「勿論、絶対に美味しいって言うよ!本当に美味しいんだから!」

「あはっ❤そっか~❤」

「えへへ❤そうなんだ~❤」


モジモジしながら照れくさそうな仕草をする二人。

以外と照れ屋なのかもしれない。

食べ終えた食器を片付けようとしたところ、京胡ちゃんが俺の使っていた食器も一緒に持ち上げた。


「後片付けもアタシ達がやるから良いよ!」

「いや、そのくらい自分で・・・」

「良いから良いから!それに汚れた食器は纏めて食洗器に入れてボタンを押せば・・・はい、これで完了~!」


キッチンに備え付けられていた食洗器のボタンを押して、俺にピースを飛ばしてくる兆胡ちゃん。

洗い物はやり慣れていたから、朝食のお礼にすらならないけど、自分がやろうと思ったが・・・その必要は無かったらしい。

二人がリビングに向かったので、俺も一緒に付いていく。


「朝食も済んだし~、アタシ達は学校に行く準備するね!」

「ちょっと待っててね、零さん!」

「分かったよ。」


二人一緒に階段を上がって行った。

きっとメイクをしたり髪をセットしたり、身だしなみを整えたりするんだろう。

二人は今時の女子高生・・・もとい、大注目のアイドルユニットだから自分磨きに時間は掛かるだろう。

一臨も二咲ちゃんも、朝はバッチリ整えてから家を出ていたしな・・・。


「・・・・・・。」


考え事をしたその次には、どうしてもあの二人の事が頭を過る。

でも、仕方のない事だと思う・・・・・・誰よりも、あの二人と居た時間は長いものだと思うから・・・。

そしてその次に考えてしまうのは、あの二人は今、どうしているのだろうという事・・・。

やっぱり気になっているから・・・ではなく、単純にあの二人の行動が怖くて仕方がない・・・。

今頃、何をしているのだろうか・・・?

いつも通りに仕事や学校へ向かっているのか・・・。

・・・それとも・・・、もしかしたら・・・俺を・・・・・・。

ポケットからスマホを取り出す。

画面は真っ暗で、ボタンを押したところで反応すらしない。

それもそうだ、電源が入っていないんだから・・・。

俺が気づいてやったわけじゃない・・・、兆胡ちゃんと京胡ちゃんに言われた・・・・・・「電話が掛かって来たらマズいんじゃないかな?」、「今すぐ電源切った方が良いよ!」・・・と。

だから、昨日この家に来てからは一度もこのスマホの電源を入れてはいない。


「・・・留守番とかメールにLINE・・・来てるんだろうな・・・・・・。」


眉を顰(ひそ)めている俺の顔が、真っ暗なスマホの画面に映っていた・・・。


「何してるの~、零さん❤」

「隙あり~❤」

「えっ・・・うわ?!」


いつの間に俺の背後にいたのか、二人が左右から俺を抱きしめてくる。

右からは兆胡ちゃんの、左からは京胡ちゃんの柔らかな胸が形を変えて俺の腕を挟んでいた・・・。


「いつの間に・・・!?」

「零さんを驚かせようと思って忍び足できたのだ~❤」

「大成功~❤」


抱き着いたままピョンピョン飛び跳ねる二人・・・・・・更に胸が押し付けられる・・・・・・。


「ねぇ、ちょっと!?離れて二人共・・・?!」

「もうちょっとだけ❤」

「そそっ❤アタシ達と零さんのスキンシップじゃん❤」


そんなの初めて聞いたと思いながら身をよじるも、余計腕に胸の感触が伝わってくるだけだった・・・。

朝から何をやっているんだろう・・・と、リビングに置かれている置き時計に目をやった。


「二人共、学校!学校に行くんじゃなかったの?!ほら、時間見て!!」

「えぇ~。・・・ん~しょうがないかぁ~。」

「遅刻はしたくないもんね~。」


仕方がないと言わんばかりに、離れてくれた二人。

まだ腕に二人の胸の感触が残っていて、変な感じがする・・・。

カバンを持った二人に手を引かれ、そのまま一緒に玄関まで行く。


「それじゃあ零さん、いってきま~す❤」

「今日はレッスンもあるから、帰るのは夕方頃になると思うから❤」

「う、うん。気を付けていってらっしゃい。」


靴を履いて家を出る態勢の整った二人を見送る。

毎朝していた日課をこの二人にやっていると、違和感しか感じなかった。

慣れてくるまで・・・俺はこの家にいるんだろうか・・・?

玄関に立つ二人を見ていると、何故か動かずにいる事を不思議に思った。

じっと俺を見ている・・・・・・忘れ物でもしたのだろうか?


「えっ、な、何?どうかしたの?」

「えへへ❤零さんに朝からいってらっしゃいって言われるのが、すっごく嬉しくて~❤」

「ね~❤なんかさ、新婚夫婦みたいで良いよねぇ~❤」


キャッキャと盛り上がる二人・・・。

新婚夫婦って・・・・・・俺、昨日離婚したばっかりなんだけど・・・・・・。

心の中でツッコミを入れると、二人して俺の手を握ってきた。

指を絡めて・・・いわゆる恋人つなぎ状態で・・・。


「じゃあじゃあ、夫婦ならいってらっしゃいのチュ~もして良いよね❤」

「しないとおかしいよね、はいチュ~❤」


手を引かれて一歩前に出される・・・。

俺に向かって唇を突き出し、してくれるのを待つ姿勢でいる二人・・・。

無論・・・そんな事できるわけが無い・・・。


「す、するわけないでしょそんな事!?それに夫婦でもないし、早く行かないと遅刻しちゃうよ?!」

「えぇ~!むぅ~・・・じゃあ、今度で良いから必ずしてね❤」

「はい約束したからね❤それじゃあいってきま~す❤」

「何それ・・・って、二人共・・・!?」


とんでもない捨て台詞を残して、二人は家を出て行った・・・。

あまりに一瞬の出来事に、未だに玄関に立っている俺だけが残されていた・・・。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


兆胡ちゃんと京胡ちゃんを見送った後、俺の寝床として借りている部屋へと戻った。

炊事、洗濯、掃除・・・やれる事は沢山あるが、ここは俺の家ではない・・・。

住んでも良いと言われても、まだこの家に身を置いてから一日目・・・勝手にできる事が無い・・・。

好きに使って良いとも言われたけど、逆に遠慮してしまうと言うか・・・。

それに人の家で自分一人のこの状況・・・そわそわして落ち着かない・・・。

座り込み、壁に背を預けて天井を見上げる。

冷静になって、これからの事を考えてみる。


「・・・・・・やっぱり、ずっとこの家に居るわけにもいかないしな・・・。」


この先、二人と一緒に暮らしていくというのは、現実的に考えれば無理な話だ。

そもそも今この家に自分が上がり込んでいる事もすでにおかしい事なんだから・・・。

後の事は後で考えると言って、その場しのぎでここに住むなんて言ったのは・・・やっぱりはやまった行為だった・・・。


「でも、あんな状況で咄嗟に機転を働かせるなんて・・・俺にはできないな・・・。」


この先いつ周りにバレるかも分からないし、バレた後ではどうしようもない事態になる・・・。

なら、やっぱり・・・・・・。


「・・・頃合いを見て、ここを出るしかない・・・・・・かぁ。」


俺の人生には「逃げる」しか選択肢が無いのかな・・・・・・なんて自虐的な事を言い、俺は目を閉じた・・・。

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