お礼とお願い
ひんやりとした感覚で目を開ける。
床に横になっていた俺は、兆胡ちゃんと京胡ちゃんを見送った後に、そのまま眠ってしまったようだ。
体を起こし、眠たげに目を擦る。
時計を見ると、もうお昼の15時を回っていた。
「お昼過ぎまで眠ったのは、初めてだな・・・。」
何もする事が無いというのは、何かをする事よりも時間を消費している気がしてならない。
趣味の一つでもあれば良かったが、生憎俺にはそんなものは無い・・・・・・強いて言えば、「主夫業」が取り柄だが・・・それが出来ないからこうやって時間を持て余している訳で・・・・・・。
部屋を出て洗面台へと向かい、冷たい水で顔を洗い流す。
さっぱりとした所でようやく目が覚めた・・・さて、二人が帰って来る間に何をしたものか・・・。
リビングへ入り、腕を組みながら考える。
「・・・・・・ダメだ、夕食の事しか頭に思い浮かばない・・・。」
キッチンへと行き冷蔵庫の前で立ち止まり、数秒動きが止まる。
やっぱり気が引けるな・・・でも、二人が良いと言っていたし・・・・・・。
葛藤した末・・・俺は冷蔵庫を開けた。
「・・・うん、これだけあれば全然イケるな。良し!」
冷蔵庫に入っていた食材を取り出し、キッチンの戸棚も開けまくり、鍋やお玉を探す。
目当ての料理器具を揃え終え、気合を入れ直して夕食の準備をする事にした。
「気が引けるとか思ってちゃ、何もできないな。せめて俺にできる事で、二人に恩返ししないと・・・。」
この家に住まわせてもらっている以上、兆胡ちゃんと京胡ちゃんには出来る限りの事をしてあげようと決めた。
二人は学校やアイドル業で多忙なはず、家に帰ってきてからの負担を減らすためにできる事はある。
夕食作りだって、その一つだ。
そうやって、二人が帰って来るのを待っていた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「たっだいま~❤」
「零さ~ん、帰ったよ~❤」
夕食の準備も済み、リビングでくつろいでいた所に二人が元気な声と共に帰宅した。
玄関まで行き、二人を出迎える。
「おかえりなさい。兆胡ちゃん、京胡ちゃん。」
「あぁ❤零さん❤」
「会いたかったよぉ~❤」
靴を脱ぐや否や、飛びついてくる二人。
両腕で受け止め、体制を崩す事も無かった・・・・・・慣れて来たのだろうか・・・。
「あ、朝も会ってるでしょ?それに、いきなり飛びついてくるの危ないよ・・・。」
「だってぇ~、家に帰ったら零さんが待ってるって考えたら、我慢できなくて~❤」
「えへっ、零さんの匂いを帰ってからも堪能❤・・・あれ、何か別に良い匂いがする・・・。」
抱き着く二人に危ないと諭していると、キッチンから漂う夕食の香りに気づいた様だった。
「俺の匂いを嗅ぐのも止めてよ!?・・・さっきまで夕食の用意をしてたんだ、お腹空いてる?」
俺が言うと、二人は驚いた顔で俺を見上げて来た。
「えっ?!零さんが夕食を作ってくれたの!?」
「う、うん、そうだけど・・・。」
「アタシ達の為に!?」
「そりゃ・・・まぁ・・・。」
何でこんなに驚いているのか分からないでいると、二人は瞳を潤ませながら、俺に体を預けて来た。
壁に押し付けられても、まだ体を押し付けてくる二人・・・。
「嬉しい、零さんがアタシ達の為に作ってくれたご飯。零さん❤」
「そんな、大袈裟な・・・あの離れてもらっても・・・・・・」
「ううん、そんな事無いよ!とっても嬉しい❤」
「それは、良かったけど・・・二人共、ちょっと、あまり寄りかかるのは・・・・・・」
たわわな胸が、俺の胸に押し付けられている・・・朝にもこんな事されていたと、デジャブ感を覚えてならない・・・。
余程嬉しいのか、俺の話も聞いてくれず、壁に押され逃げ場のない俺に詰め寄って来る・・・。
手も握られ、脚も、二人の脚に片足ずつ挟まれる・・・。
「何かお礼、お礼したいな❤」
「いいってそんなの?!取り合えず離れ・・・!」
「する!絶対する❤」
二人の吐息が首に当たる・・・顔を上げて、二人を見ない様に声を上げた。
「は、早く食べないと、冷めちゃうよ!?折角作ったから、温かい内に食べて欲しいなぁ!?」
「あっ、そうだった!アタシ着替えて来るね❤」
「アタシも~、零さんは先に座って待っててね❤」
やっと離れてくれた二人は、駆け足で階段を上がって行った・・・。
脱力した俺は、ズルリと座り込む・・・・・・最近の若い子の考える事が分からない・・・。
皆そうなのか・・・・・・いや、あの二人は特にそうなのかもしれない・・・。
安堵の溜息を吐いた・・・。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
自室へ向かった二人がすぐに降りて来た。
リビングには先に食器を用意しておいたから、後は俺が夕食に作っておいたシチューを二人の元へ運ぶだけだ。
「冷蔵庫の中にあった物、勝手に使ったちゃったけど・・・。」
「言ったでしょ?零さんの好きに使って良いんだよ?」
「そうだよ、そのおかげで零さんのお手製シチューが食べられるんだから❤」
テーブルの上に置かれたシチューを見て、喜んだ声を出す二人。
待ちきれないと言うように、そわそわとした動きをしている・・・。
「それじゃあ、いただきます。」
「いただきます❤」
「いただきま~す❤」
さっそく一口、パクリと食べた二人・・・顔を伏せ、ブルブル震えている・・・。
「ど、どうかしたの?」
声を掛けたところ、顔を上げた二人は満面の笑みを浮かべていた。
「とっても美味しい!零さん、料理上手なんだね❤」
「ホント!アタシ達が作っても、ここまでの味は出せないよ❤」
「・・・そっか、ありがとう二人共。」
ここまで喜んでもらえると、作った甲斐があったと思うもの・・・良かった。
アツアツのシチューを次々と口に運んでいく二人を見て、焼けどしない様に気を付けてと言いながら、もう一つ・・・あるお願いをしてみた。
「ねぇ、兆胡ちゃんと京胡ちゃん。」
「うん?なぁに、零さん?」
「お願いがあるんだけどさ・・・。」
「お願い?零さんのお願いなら何でも聞くよ❤」
ズイッと身を乗り出して話を聞こうとする二人。
まぁまぁと押し返しつつ、二人に話した。
「二人共さ、仕事や学校もあって忙しいでしょ?」
「え?う~んまぁ、忙しくないと言えば嘘になるかなぁ~。」
「でしょ?・・・だからさ、二人が家に居ない間はさ、俺が家の事をしても良いかな?」
「「えっ?」」
二人の声が重なる。
俺は手にしていたスプーンも置いて、話を続ける。
「その・・・家に住まわせてもらって何もしないっていうのは、やっぱりダメだと思うのが当たり前だからさ・・・、それに、何もする事が無いって言うのも退屈なんだよ。だから、今日みたいに食事作ったり、掃除したりしても・・・良いかな?」
自分でできる事も二人に任せっきりだったから、これじゃイケないと、二人に伝える。
二人の負担が減るんだ、きっと二人も納得してくれると・・・。
「・・・ダメだよ零さん。」
「えっ・・・?何で・・・?」
「零さんだけに任せられないよ、交代制でなら、聞いてあげる❤」
「兆胡ちゃん・・・京胡ちゃん・・・。」
一瞬驚いたが、そう言う事か・・・。
ここで俺が意固地になって、自分ですると言っても聞かないのだろう・・・二人には、そう思わせる感じが伝わってくる。
「・・・うん、分かった・・・。」
「あはは❤交代で家事やるのも、夫婦みたいだよね❤」
「兆胡ちゃん・・・それは・・・」
「えっへへ❤零さんはホント・・・優しいね❤」
その後も、三人で談笑を交えながら夕食を食べた。
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