掴む手と冗談

言った、自分の願いを。

初めて二人に、尖った言葉を刺した。

二人の愛を受け入れていれば、いつか……なんて幻想を抱いていた。

けれど、もうそんなの関係ない。

俺はもう、その愛を向けられたくないんだ……。


「……あ、はは、何……言ってるの、零、さん」


二咲ちゃんが、ゆらりと歩み寄ってくる。


「零、零……れい」


一臨が、足を引きずる様に近づいてくる。

俺はそんな二人を、ただ黙って見ていた。

そして、二人が目の前で止まり……俺の顔や肩を、震えを隠せない手で掴んだ。


「れい、何で?なんで、そんな事いうのよ。ねぇ、零」


綺麗だと褒めた事のある一臨の瞳は、色を無くし、俺だけがそこに映し出されている。


「は、はは、は……笑え、ないよ、零さん……そんな、そんなの」


輝いていると古臭い言い方で褒めた二咲ちゃんの笑顔は、限界まで引きつっていて、お世辞にも輝いているとは言えなかった。


「……離して、くれ、二人共」

「いや!!離さない絶対に離さない!!!零は私達の夫で父でしょ!!?この手で掴んで何がイケナイのよ!?!」

「迎えに来たんだよ!!?帰ろうよ一緒に!?!私達の家にぃ!!!」


掴んでいる二人の手を引き剥がそうとその手を掴めば、上からまた手を掴まれる。

固く結ばれた紐の様に、互いの手が交差している。

何で引き下がらない。

ここまで言ったのに、何で諦めてくれないんだ。

俺はもう、本当に――――――


「あぁっ!?」

「きゃっ!?」


突き飛ばしてでも離れるしかないのかと思っていたら、横から飛び出してきた手が、二人の手を叩き落とした。

小さく悲鳴を上げた二人から、自分で動くよりも先に、後ろに勢いよく引っ張られた。


「兆胡ちゃん、京胡ちゃん……。」


引き下がった俺と入れ替わる様に、兆胡ちゃんと京胡ちゃんが俺の前に出た。

パチンッと音を立てて離された手を押さえながら、前に出てきた二人を睨みつける一臨と二咲ちゃん。


「痛いじゃない!!何するのよ!?」

「零さんが嫌がってるのが分からないんですか?」

「二人には関係ないでしょ!?そこ退いてよ!!」

「関係あるよ、お二人こそ早く帰ったらどうです?」


睨み返す二人。

場の威圧感が凄い、立っているのがやっとで、離れる事もままならない。

さっきは四人を止める為に声を上げる事ができたのに、もうそれすらもできないでいた。

それだけじゃなく、また四人が今にも殴り掛からんとするする勢いで互いに口論している。

止めないと。

殴るような事はしないはずだ、怪我なんかしたらマズい事くらい、自分達の身分で分かっているはずだ。

口を開こうとした、その時。


「ねぇねぇ、マスクで分かりずらいけど、やっぱり女優の数限一臨じゃない!?」

「えぇ~マジで~!じゃあ、隣にいるのはアイドルのによりん!?」

「ヤバッ!!なんでこんな所にいるの!?親子でショッピングとか!?」


遠目で此方を見ている女の子達が、一臨と二咲ちゃんに気づいた。

気づかない内に、横を通る人がちらほらと見えていた。

これは……ヤバい。

芸能人同士のイザコザなんてバレたら、それだけで大問題だ。

早くここを離れないと。

幸い、ガッチリ変装している兆胡ちゃんと京胡ちゃんに気づいている人は見た所まだいない。

皆、軽装の一臨と二咲ちゃんに注目している。


「兆胡ちゃん、京胡ちゃん!早くここから離れよう!」


ヒソヒソと二人に声を掛ける。

二人も流石にこれ以上はマズいと思ったらしく、俺の言葉に頷いて顔を見せない様に後ろに下がる。

……が、こんな状況でも引き下がらない二人が……。


「待ちなさい!!零を返しなさいよ!!零!!」

「零さん!!ダメだよ一緒に帰らなくちゃ!!零さん!!」


コソコソ去ろうとする俺達の方に声を掛けてくる二人。

すると、兆胡ちゃんと京胡ちゃんが立ち止まり、大きく息を吸った。

そして……。


「「あ~~!!女優の数限一臨とアイドルのによりんだ~~!!本物だ~すご~い!!!」」

「なっ!?」

「アンタ達ぃ~!?」


そう叫んだ二人は、俺の手を掴むと走り出した。

よろけながらも走って二人に付いていく。

遠目にチラッと後ろを振り返った時には、すでに沢山の人だかりが出来ており、二人の姿が見える事は無かった……。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


何とか昇家に帰ってこれた俺達三人。

息が絶え絶えになり、座りこけている俺。

そんな俺とは裏腹に、息一つ切らしていない二人。


「二人共、はぁ、何でそんなに、はぁ、平気なの、はぁぁ」

「う~ん、多分だけど、日頃からレッスンで体動かしたりしてるからかなぁ?」

「アイドルだからね!歌いながら踊ったりするのもできなくちゃ!」


成程、それは納得だ。

京胡ちゃんが持って来てくれた水を飲んで、ようやく落ち着いてきた。


「ふぅ……ありがとう、京胡ちゃん。」

「ううん。……それより零さん」

「うん?何?」


いつになく真剣な表情で口を開く京胡ちゃん。

横にいる兆胡ちゃんも、京胡ちゃんと同じ様に俺を見ている。


「もうあの周辺は出歩かない方が良いよ。」

「そうだよ、またあの二人に見つかったら、今度こそ連れて行かれちゃうよ!」


そうだとは思って構えていたが、やっぱりさっきの話だ。

まさか、あんな所まで俺を探しに来ていたなんて……。


「今日はアタシ達が一緒だったから良かったけど、もし零さん一人だけだったら……。」

「アタシそんなの嫌だよ零さん!」


二人が詰め寄って来る。

悲しそうな顔をしている……もしも、近いうちに俺がこの家を出て行ったのなら、今よりももっと、二人を悲しませてしまうのだろうか……。


「大丈夫だよ二人共。分かってる、もうあの二人には会わないから。」

「うん!絶対だよ!」

「約束ね!」


指を絡めてくる。

またズイズイと距離を縮めてくる二人。

この流れは良くない事を散々思い知っているので、話を逸らして切り抜けようとした……。


「そ、そう言えば、あの時兆胡ちゃんが急にあんな事言うからドキッとしちゃったよ!」

「へっ?あんな事?」

「う、うん!俺の事愛してるとか!」

「あっ……あれは❤」


二人が元の位置に戻って行く。

それを見た俺は、このまま流して夕食の準備でもしようと、話を続けた。


「冗談でもあれは、ちょっとドキッとしたかなぁ!」

「……え、冗談?」

「ん?俺を助けてくれるために言ったんでしょ?そのおかげで助かったよ、ありがとう!」

「……」


話し終えると、兆胡ちゃんも、横で聞いていた京胡ちゃんも、ジッと俺を見ていた。

気のせいか、いつもより鋭い視線を受けている気がする。


「えっ、な、何?俺、何か変な事言った……?」

「……ううん、何でも無いよ、零さん❤」

「ちょっと零さんに見惚れてただけ❤」

「あ、う……うん……」


いつもの感じに戻った二人を見て、それ以上は何も口にしなかった。

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