不穏な空気と心からの願い
居るはずの無い二人が、目の前に立っている。
俺は今にも倒れてしまいそうなのに、笑顔を俺に向けている二人が、そこに立っている。
その愛を……向けて欲しくない二人が、立っている。
「ダメじゃない零、こんなに長い間家を空けて。道にでも迷ったの?」
「何でスマホの電源も切ってるのかな?充電して無かったの?」
二人の家からは真逆で、かなり距離も離れているのに、どうしてこんな所に。
学校はどうした?
仕事はどうした?
なんで、そんなに笑顔で……。
「っあ!?」
激しく動き巡る思考に体を乗っ取られたか、動けず声も出せなかった俺の手が咲ちゃんに掴まれた。
「一臨……二咲ちゃん……どうして、こんな所に」
掴まれた手にじんわりと温かさが広がっていく。
逃げ出したい衝動を抑え、何とか口を開く。
「どうして?そんなの、零さんを迎えに来たに決まってるでしょ❤」
「うふふ、世話の焼ける旦那様だ事❤」
反対側の手も一臨に掴まれ、二人に力強く引かれて行く。
意味が分からなかった。
迎えに来た?
どうしてそうなるんだ?
だって俺は、もう二人とは会う事も無いはずなのに……。
その為に、家を出て来たのに……。
「離し、て、二人共、俺は……」
「ん?何か言った、零さん❤」
「早く帰りましょう❤私達の家に❤」
帰る?
あの家へ?
また、あの毎日に戻らないといけないのか?
妻にされるがままの毎日に……?
娘に禁忌を犯される毎日に……?
そんなの、そんなの―――。
「……嫌、だぁ」
振り絞って出せた自分の声はか弱く、涙声の様にも聞こえた。
実際、視界が潤んで見える。
情けないと笑えばいい、大の大人が、妻娘に手を引かれながら涙を目の端に溜めている姿を。
白い眼を向ければいい、冴えないおっさんが子供の様にただをこねている様に見える所を。
どう言われたって、どう見られたっていい。
だから、お願いだから……俺の自由を奪わないで下さい。
やっと掴んだ自由を、壊さないで下さい。
「待って、待ってよ二人共……」
声を掛けても、返事を返す事も振り向く事もしない二人。
聞こえていない、俺の声は。
届いていない、俺の願いは。
頼む、誰か……この二人を、止めて下さい……。
「「何してるんですか」」
声が二つ、重なった。
いつもは優しいその声に、怒りを感じた。
「貴女達……どうしてここに……。」
「え……何で?」
俺の手を引く二人は、行く手を阻む二人に驚きを隠せないでいた。
そして俺も、驚いていた。
この二人には、俺の想いは届いていたんだろうか……と。
「兆胡ちゃん!京胡ちゃん!」
声を張る事ができた。
叫ぶ様に呼ばれた二人は、笑顔を作って俺を見てくれた。
俺にとって今の二人は、アイドルというよりも……迎えに来てくれた天使の様に見えた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「どうしてここに?は、アタシ達のセリフですよ、数限さん。あぁ、苗字だと零さんと一緒になって紛らわしいですね……一臨さん。」
「でもさ京胡、もう苗字違うんじゃない?」
「あっそっか!ごめんなさい、えっとぉ……何てお呼びすれば良いですか?」
挑発するかの様に一臨と二咲ちゃんに向けて毒を吐く兆胡ちゃんと京胡ちゃん。
申し訳なさそうに眉は下げているが、口の端は上がっており、変装で隠れている顔からは小ばかにした様な表情が見て取れた。
「っ!?……そう、そういう事。おかしいと思ったのよ……」
「昇さん、貴女達が……零さんを、私達の零さんを……!!」
小ばかにされた事よりも、俺を連れ出したのが二人だと思った事に怒りを隠しきれていない様子の一臨と二咲ちゃん。
二人からも、鮮明に見えるくらいの怒りが溢れ出ていた。
「こんな事して、一体どういうつもり!!」
「酷いよ二人共!!同じアイドルとして一緒に頑張ってたはずだったのにっ!!」
「違っ、二人は俺を連れ出したんじゃ……!!」
完全に二人に敵意を向ける一臨と二咲ちゃん。
このままじゃマズいと、誤解を解く為に兆胡ちゃんと京胡ちゃんを睨みつけている二人に説明しようとした。
しかし、
「ダメなんですか?愛している人に傍に居て欲しいと思うのは。」
「酷い?もう貴女達は零さんとは赤の他人でしょ?それに、本当に酷いのはどっちだか。」
二人がそうさせてくれなかった。
寧ろ、状況が悪化しそうな事ばかり口にしだして……。
するりと、掴まれていた手が解放された。
支えの無くなった手はそのまま、だらんとブラついていた。
「何ですって……今、何て言ったの……」
「愛してると言ったんです。零さんの事を。」
やめてくれ。
「赤の他人?誰と、誰の事かな……?」
「勿論、貴女達二人と、零さんがだよ。他に誰がいるの?」
それ以上は、やめてくれ。
「やめろ!!」
「「!?」」
「「!?」」
いきなり大声を上げた俺に驚いて、四人の視線が俺に向けられる。
俺は一臨と二咲ちゃんの間を通り抜けて、兆胡ちゃんと京胡ちゃんの前に立つ。
そして振り返り、一臨と二咲ちゃんを見ながら言った。
「俺の意思だ……」
「零……?何を、言って……」
「零、さん?」
「兆胡ちゃんと京胡ちゃんは関係ない、俺が……自分の意志で家を出たんだ。」
目に溜めた涙を手の甲で拭いながら、言い放った。
何を言われたのか理解できていない二人に、更に言葉を繋げる。
「もう、嫌なんだ……何もかも。だから、お願いだから」
「零、ねぇ、零……?」
「零、さん……嘘、だよ」
よろよろと俺に向かって距離を縮めてくる二人。
そんな二人を見て、俺は――――――
「どうかその愛を、俺に向けないで下さい。」
―――――――微笑んで、願いを口にした――――――
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