禁忌と新たな助け船

二咲ちゃんが俺の事を他人行儀にも「零さん」と呼び始める様になったのは、中学に入学した頃からだった・・・。

初めは嫌われてしまったからなのかと思っていた。

思春期を迎えるであろう娘が、父を煙たがり反抗を起こすなんてよく耳にする話だったから、自分もその立場に立たされる時が来たんだと・・・・・・そう思っていた・・・。

だが、呼び方が変わっただけで・・・寧ろ前よりも必要以上に慕ってくる様になっていた・・・。

嫌われている訳ではないと分かったのは良かったが、何故そう呼ぶ様になったのかが分からなかった。

一臨に聞いてみても一時的な行動だとまともな返答は貰えず、二咲ちゃん本人に聞いてみても、はぐらかされて理由は分からず終い・・・・・・結局その呼び方が定着してしまった・・・。

血の繋がった父娘だから、当初はそれを良く思っていなかった・・・けど、アイドルとして日々頑張っている娘に、それ以上何かを言う事は・・・俺にはできなかった・・・。

・・・・・・だから、ある日二咲ちゃんに不意に唇を奪われた時にも、俺はただ動揺しているだけだった・・・。

こんな事間違っていると分かっている・・・。

一臨に知られたら、女優として終わりを迎えるかもしれない・・・最悪、彼女は死んでしまうかもしれない・・・。

二咲ちゃんを拒絶すれば、何をしでかすか分からない・・・一臨と同じように、アイドルとしての生涯を終えるかもしれない・・・。

別に弱みを握られたわけでもないのに、一度そんな事を考えてしまうと、二咲ちゃんにされるがままになる事しかできなかった・・・・・・。

何かと多忙でストレスが溜まっていて、こんな事でしか発散できないんじゃないかと自分に言い聞かせ・・・・・・禁忌を犯し続けていた・・・。


「零さん❤」

「・・・げほっっげほっ!!」


離れた時には酸欠になり、肺が空気を取り込むのに精一杯だった・・・。


「ママから聞いたよ?勝手に外に出たんでしょ・・・ダメだよ、私達を心配させるような事しちゃ・・・。」

「・・・・・・ごめん・・・」

「でも、私の為に材料を買いに行ってくれていたんでしょ?だったら私は許してあげる❤でも、もうこんな事しちゃダメだよ?」

「・・・・・・うん」


俺の返事に気を良くした二咲ちゃんは抱き着いて、俺の胸に顔を擦り付けている・・・。

耐えればいい・・・俺が耐えれば、いつか二咲ちゃんもこんな事せず、ちゃんとした彼氏でも作って、俺とは適切な距離を取ってくれるようになるはずだ・・・・・・。

おかしい事をおかしいと口で否定しない・・・。

異常な行いを黙って受け入れる・・・。

・・・・・・あれ?

俺はいつからこんな風になったんだっけ?

・・・・・・あぁ、一臨に出会った時にはもう・・・こうだったかな・・・。


「んふふ❤零さん❤・・・・・・うん?」


ベッドに押し倒され、二咲ちゃんの顔が間近に迫った時、傍に置いてあった俺のスマホが鳴った。

着信・・・俺に連絡してくる人は限られている。

一臨と二咲ちゃん、二人以外の人とは自然と連絡はおろか、会う事すら必然的に無くなっていった・・・・・・例外を除けば・・・。

二咲ちゃんに退いてもらい、ベッドから降りてスマホを手にする・・・・・・画面に表示された名前を見て、そうだよな、という気持ちになった。


「誰?零さん・・・。」

「・・・知らない番号だよ。・・・多分間違い電話か、イタズラ電話のどっちかだと思うよ。」

「そっか。・・・・・・それにしてもしつこいね、まだ切れない・・・。」


中々切れない着信に、少々の怒りを含んだ言い方をする二咲ちゃん。

腕を組み、指で二の腕をトントンと叩いている・・・。

この電話は切れないと、俺は知っている・・・・・・電話の相手は俺が出るまでこのまま掛け続ける事も・・・・・・。


「・・・・・・ごめんね二咲ちゃん、ここまで切れないって事は多分、間違い電話だと思うから電話に出るよ・・・。だから今日はもう部屋に戻ってもいいかな・・・?」

「・・・・・・わかった・・・」

「・・・・・・じゃあ、お休み・・・。」

「・・・・・・お休み、零さん。」


悲しさと怒りの混ざった様な顔の二咲ちゃんを残し、俺は部屋から出て行った・・・。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


寝室に戻ると、まだ鳴りやまないスマホを見る。

二咲ちゃんには悪いが、この電話の人物には助けられた。

いつも一臨がお風呂から上がる直線まであんな事をされ続けるから、今日もそうだとしか思ってなかったから・・・・・・「彼女」には助けられた・・・。

電話に出て、スマホを耳に当てる。


『あっ、やっと出てくれた!もしもし零さん?こんな時間にごめんね、起きてた?』

「もしもし?うん、起きてたよ・・・兆胡ちゃん・・・。」

『ねぇねぇ兆胡、私にも変わってよぉ~!』


電話の相手は、今日の買い物時に久々に会った双子姉妹の姉、兆胡ちゃんだった。

もう夜も21時を回るというのに、テンション高めの声だ・・・。

そして、兆胡ちゃんの近くにいるであろう妹の京胡ちゃんの声も小さくだが聞こえてくる。


『ちょっと待ってよ京胡!ごめね零さん、気にしないでね!』

「う、うん・・・それで、こんな時間にどうかしたの?」

『うん❤零さんの声が聞きたくて掛けちゃった❤』


電話越しでも、耳から体全体に駆けてゾクッとするような甘えた声を出す兆胡ちゃん。

二咲ちゃんとはまた違った感じで、アイドルの凄さを思い知らされる・・・。


「・・・そ、そっか・・・でも、明日も撮影があるんじゃないの?早く寝なくて大丈夫?」

『大丈夫大丈夫、零さんの声を聞いたら快眠間違いなしだから・・・・・・あぁっ!京胡ぉ~~!!』

『もういいでしょ、私の番!もしもし零さんアタシ、兆胡だよ❤』


兆胡ちゃんからスマホを奪い取ったのだろうか、今度は京胡ちゃんの声がハッキリと聞こえた。


「こんばんは京胡ちゃん。」

『うん、こんばんは❤えっへへ❤何だかこうして夜に電話してると恋人みたいだね❤』


心臓が跳ねる様な事を言ってくる京胡ちゃん・・・・・・俺は結婚しているんだから、冗談でもそんな事言われると嫌な汗をかいてしまう・・・。

ホント、アイドルは凄い・・・・・・。


「あは、は・・・。京胡ちゃん、そういうのはファンに言ってあげれば喜んでくれると思うよ・・・」

『零さんは嬉しくない・・・?』

「え・・・えっと・・・嬉しいよ・・・!」

『良かった❤』


一瞬、有無を言わせない声が聞こえた気がしたが・・・・・・気にせいだろうか・・・?

二人は本当に特に理由も無く、俺に電話を掛けてきただけみたいだった。

スマホの取り合いの末、スピーカーにしたらどうかと提案したところ、二人から天才の称号を頂いた・・・。

そうして二人の話に付き合う事、数十分・・・・・・階段を上がって来る足音が聞こえた。

一臨がお風呂を終えた様だった・・・。


「ごめんね兆胡ちゃん、京胡ちゃん。俺明日も早いから・・・」

『ええ~~そんなぁ~~!・・・・・・なんてね、分かったよ零さん、また今度絶対に電話するからね❤お休み~~❤』

『今度はアタシからも掛けるからね~~❤お休み~~❤』

「うん、お休み。」


電話を切った所で、丁度一臨が寝室に入ってきた。

寝巻であるピンク色のネグリジェも、一臨が着ると見事に様になっている・・・・・・これからドラマの撮影でも行うのかと思うほどに・・・。


「お待たせ、零❤」


俺のいるベッドまで近づいてくると、すぐに俺に抱き着いてくる一臨。

ほんのりとシャンプーの香りがする。

枕元にあったリモコンで、寝室の照明を落とす一臨・・・。


「さっきはごめんね零。あんな事しちゃって・・・。でもね、分かってほしいの・・・零の事を愛しているからの事だって。」

「・・・・・・うん、分かってるよ。・・・俺もごめん、もうあんな事しないから・・・。」


お互いに謝る・・・・・それで丸く収まるなら、余計な事なんて何も言わない・・・。

一臨が笑った・・・。

顔が紅潮しているのは、今お風呂から上がったからだけでは無いはずだ・・・。


「それじゃあ続き、しましょう❤」

「あの、一臨?・・・今日は一回で終わりにしない?明日も早いんでしょ・・・・・・?」


俺はもうくたくただ・・・・・・特に今日は、予想外の事が起きすぎていつも以上にそんな気にはなれない・・・。

けれどおあずけを喰らっていた一臨にそんな事を言っても聞いてくれるはずも無く・・・・・・。


「だぁ~め❤一回だけじゃ足りない❤」


・・・・・・結局、寝かせてくれたのは深夜2時を回った頃だった・・・・・・。

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