零れる笑みと壊れた音

朝、スマホのアラームで目が覚める。

昨日の夜・・・と言っても、つい数時間前の話になるが、一臨に散々搾り取られてそのまま意識を失うかの様に眠りについた。

アラームをセットしていなければ、大寝坊している所だ・・・。

強制的に活動を余儀なくされた脳は、まだ半分夢の中らしい・・・少しだけふらつく足取りでキッチンまで行き、いつもの様に朝食の用意を始める。

今日は和風でいこうかな・・・・・・。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


しばらくして二人が降りて来た。

一臨が俺に濃厚な口づけを交わし、それを見た二咲ちゃんが慣れた様に呆れ顔を向ける・・・朝のお決まり事を済ませて、三人揃った所で朝食を囲む。

ベッドの上で、興奮気味に激しく俺を責めていた一臨は朝から元気なもので、まだ寝不足気味の俺とは違い、何処か品を感じさせる様に朝食を口に運んでいた。

そして二咲ちゃんも、毎日の様に部屋へ呼び出した俺に・・・実の父である俺にあのような事をしておいて、平然とお味噌汁を啜っている。

二人の愛は異常だ、行き過ぎている・・・・・・。

女優であり、歳を重ねてもその美しさを失わない妻を見て、周りの人間が俺を羨ましがる・・・・・・彼女の愛の重たさを知らないから・・・。

アイドルであり、天性の才を持って生まれた娘を見て、周りの人間が俺を冗談めかして弄り回す・・・・・・彼女の犯している禁忌を知らないから・・・。

分かっている、それが異常だという事も、決して血の繋がりがある人間がしてはいけない事だという事も・・・・・・。

なのに俺は、黙ってそれを受け入れる事しかできない・・・・・・「恐怖」という「枷」が、俺にかけられているのかもしれない・・・俺にだけ向けられる、二人の異常な愛に対する恐怖が・・・俺の思考や行動さえも奪っていったのかも知れない・・・。

・・・・・・違う、二人をここまで異常にさせたのは・・・もしかしたら、俺自身かも・・・・・・。


「零さん、ボーっとしてどうかした?」


箸が止まっている俺に、二咲ちゃんが心配そうに声をかけてきた。


「えぇっと、あっ、ううん!何でもないよ、今日の夕食の献立を考えていただけだから・・・。」

「そっか・・・んふふ、零さん気が早いね。まだ朝食中なのに。」

「あはは、そ、そうだね・・・。」


眠くて思考が纏まらないのか、朝からこんな事を考えてしまうのは・・・。

今日の休憩時には、少し仮眠でも取ろう・・・・・・止まっていた箸を、口に持っていった・・・。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


玄関で仕事と学校に向かう二人を見送る。

また、一臨に口づけを迫られる・・・・・・受け入れる・・・。

また、二咲ちゃんに部屋に来るように耳打ちされる・・・・・・受け入れる・・・。

これから先も、俺は二人を受け入れ続けて行くんだろう・・・そうしていれば、いつか。もっと普通な家庭に・・・・・・その日を待ち望んでいれば、きっと・・・・・・。


「あっ、そうだ!忘れてた!」


外に出て行った一臨が何かを思い出したかのように玄関先に戻ってきた。

そして俺の手を取ると、二咲ちゃんにも目を向けながら言った。


「今度の休みに、久々に出かけましょう!私達ね、行きたいところもあって・・・久しぶりにお仕事もお休みを貰えるのよ、ねぇ二咲!」

「ママ、それ帰って来てからでも良いんじゃない?」

「今思い出したから、今のうちに話しておきたかったの!」

「はいはい・・・。」


二咲ちゃんから、再び俺に目線を戻す。


「それは、勿論良いけど・・・何処に行くの?二人共あんまり目立つと囲まれちゃうよ?」

「大丈夫、その為に変装して行くんだから!」


その変装が役に立った事は、数えるほどしかない。

二人共オーラ放ちまくりだからなぁ・・・・・・。

一緒に歩いている俺は、その辺の石ころの様に見えてはいないのだろうとさえ思えてくる・・・。


「あのねぇ、このドアを取り換えようと思って。」

「えっ?このドアって・・・・・・玄関の・・・?」


この、と玄関のドアを指をさして一臨の聞いてみると、うんと頷いた。

別にどこも壊れている様子も無いし、リフォームするにしてもこのドアだけっていうのはおかしい・・・。


「何でまた・・・」

「私達ね、思ったんだけど・・・・・・ドアを暗証番号付きにすれば、零が勝手に外に出る事無いんじゃないかって!」


―――――――――――――――――――――――――「何か」が、軋む音がした


「なに・・・言ってるの・・・一臨・・・」

「私もやり過ぎだとは言ったけど、確かにそこまでしないと、零さんがまた勝手に外出しないとも言えないから。」

「・・・二咲ちゃん・・・?」


―――――――――――――――――――――――――「何か」が、軋む音がした


「後ね、私達がいない間はカメラも付けて、いつでもどこにいても零の事を目に観える様にしたいから、カメラも見に行きたいなぁ❤」

「あっ、流石にトイレやお風呂には付けないから安心してね、零さん❤」

「・・・・・・ふたり・・・とも・・・?」


―――――――――――――――――――――――――「何か」が、軋む音がした


「ママ、そろそろ行かなくちゃ。行ってきます、零さん❤」

「本当、それじゃあ零、改めて行ってきます❤・・・チュウ~❤」


また唇を奪われ、立ち尽くす俺を残して、二人は出て行った・・・。

玄関の鍵を掛け・・・壁に体を預けながらリビングへと歩いて行く・・・・・・。

力なく崩れ落ちると、自分に言い聞かせる・・・・・・。


「・・・落ち着け、落ち着け・・・・・・落ち着け・・・」


これから家の事をしなければならない、二人が帰ってくる前に、夕食の準備もしなくちゃならない・・・。

一臨のあんな発案は、今に始まった事じゃない・・・今までだって、大丈夫だったじゃないか・・・・・・。


「・・・ふぅ~~・・・掃除、しなくちゃ・・・・・・」


受け入れろ・・・・・・そうすれば・・・いつか・・・・・・。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


お昼を回った・・・。

見たい番組がある訳でも無いのに、テレビを流しながら座り込んでいる・・・。


「・・・・・・」


掃除をしていたら花瓶を倒した・・・・・・ゴミ箱をひっくり返した・・・・・・。

洗い物をしていたら自分の使っているお皿を割ってしまった・・・・・・破片で浅く指を切った・・・・・・。

洗濯をしていたら、洗剤の量を間違えて泡だらけになった・・・・・・色物を一緒に洗ったから白いシャツに色が移ってしまった・・・・・・。


「・・・・・・落ち着けるわけ・・・・・・ないだろ・・・・・・」


顔を塞ぎこみ、頬を涙が伝った・・・・・・。

一臨の事は愛している、丸め込まれた感じとは言ったけど、それなりに信頼していたし、マネージャーをしていた時にも、支えてくれる場面もあった。

二咲ちゃんの事は愛している、家族として、娘として、俺達二人のかけがえのない宝だ。

俺はそんな二人の事を・・・・・・愛して、「いた」・・・。


「・・・・・・なんで、こうなったのかな・・・」


俺が受け入れたから・・・・・・二人の愛が、行き過ぎたのは、俺のせいだ・・・。

行き過ぎた愛は・・・・・・俺を苦しめる・・・。

受け入れていたんじゃない・・・・・・我慢していたんだ・・・。

そう気づいた時には・・・手遅れだ・・・・・・。


「・・・・・・」


もう別れる事さえできない・・・・・・ここまで受け入れたら、理由を話したところで、あの二人は俺を離してくれない・・・。

最悪・・・・・・いやきっと、俺はもっともっと・・・二人の愛に圧し潰されるんだ・・・・・・。

そうやって・・・俺の一生は終わるんだ・・・・・・。

これが、愛だと言うのなら・・・・・・こんなもの・・・・・・。


「・・・・・・・・・俺は・・・要らない・・・・・・」


初めて、二人の愛を拒絶した・・・・・・。

けれど、それがどうしたと言えるだろう・・・・・・叶わない願いを口にしたところで、悲しさが、増すだけだった・・・・・・。

ふと、テレビのキャスターが一臨の名前を読み上げた。

顔を上げて、そのニュースの題材を目にした・・・・・・。

「女優の数限一臨、ドラマで共演している俳優と夜の街へ消える」・・・・・・俳優と一緒に歩いている一臨の写真も、テレビの画面に映し出されていた・・・。

キャスターやゲストはその話で議論を交わしたりしていた・・・・・・「あの数限さんがそんな事をするはずが無い」、「けど証拠に写真がある」、「旦那さんはどう思っているのだろう」・・・口々にそう言っていた・・・。

俺は・・・どう思っているだろう・・・。

普通なら悲しむだろうか・・・・・・怒るだろうか・・・・・・それはそうだ、愛する妻に・・・一生を誓った妻に裏切られたかもしれないんだから・・・・・・。

俺は・・・どうだろう・・・・・・あの愛を受けていた俺は・・・。


「・・・・・・あぁ・・・」


もう涙は零れ落ちてはいなかった・・・・・・代わりに・・・自然と笑みが零れ落ちていた・・・。



―――――――――――――――――――――――――「枷」が、壊れた音がした

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