温かさと手に入れた自由

 自然が広がっている。

 森があって、川があって、そこには色んな動物がいて。

 ただそんな景色が何処までも続いている。

 土を重ねて作っただけの様な一本道を抜けると、木造建ての家が距離を開けて建っている。

 そのすぐ近くには、畑や田んぼがあり、その家の住人であろう人達が、収穫を行っているのが見える。


 「今日も、平和だなぁ……」


 風が吹いて、木々や花、作物を揺らしていた。

 木陰のある木の下に腰を下ろして、俺も風を肌に感じて一息つく。

 あの縛られ続けていた日々から逃げ出して、半年が経った。

 兆胡ちゃんと京胡ちゃんの家からも逃げ出した俺は、何処に向かうかなんて考えもしないで途方に暮れ、何を思ったか、新幹線や電車を乗り継ぎし続けた。

 そうしてお金も底をついた頃、辿り着いたのはこの自然に囲まれる町。

 都会からはかなり離れて、ここで生活している人からも、都会さは感じられない。

 皆、優しさが滲み出ていた。

 そして、初対面のこんな俺にも、その優しさを与えてくれた。

 俺はその時初めて――――――自由になれた気がした。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 陽が落ちてきても、月明かりが照らしてくれていた。

 雲が、月にだけは近づかない様にしているかに見える。

 月だけが、ポッカリ開いた雲の穴から顔を見せていた。

 その月明かりに照らされた一本道を歩いて行き、家が並んでいる方とは逆へと歩いて行く。

 鳥や鳴き声や遠くから聞こえてくる夕食時の一家の笑い声。

 心地の良い気分で歩き続けていると、一軒の小さな家に着く。

 戸に手を掛けた時、家の中から声が聞こえた。

 思い切って、戸を開けた。


 「あっ、お帰り!」

 「お帰り~!」

 「……ただいま」


 家の中には、幼稚園から小学校高学年くらいまでの女の子達がいて、帰って来た俺を見るや否や声を掛けてくる。

 返事を返すと、皆、笑顔を向けてくれた。

 これから無一文でどうするか……なんて考えもせず、目の前に広がる自然をボーっと眺めていた俺に、声を掛けて心配して近づいて来てくれた子達。

 この家だって、この子達が自分の親や他の大人達に言ってくれて、俺に住む場所を与えてくれた。

 勿論、子供にそこまでさせたくは無いからと断ったが、子供の心配してくれる目や、遠慮するなと迎え入れてくれた人達に甘えて、ここに身を置かせてもらっている。

 しかし、やっぱりそれではダメだと、収穫を手伝ったり、子供達の遊び相手になったり、たまに森にまで遠出したりと、俺なりにできる事をして、恩を返している。


 「皆、ずっといたの?」

 「うん! 零さんが帰って来るの、待ってたの!」

 「お母さんがね、零さんにって……はい! 夕ご飯持ってきたよ!」

 「そんな、悪いよ」

 「い~い~か~ら! 絶対に渡してって言われたの! 受け取ってくれるまで、私達ここにいるからね!」

 「わ、分かった分かった! ありがとう、皆」


 小さな手から、鍋を受け取る。

 結構重い鍋を持つと、ここまで歩いて持って来てもらった事を思って、悪いなと思った。


 「皆、もう陽も落ちてきたから家に帰らないと。俺が送るから」

 「でも、零さん今帰って来たばっかりだよ?」

 「疲れてない?」

 「大丈夫だよ。さぁ、行こう」


 うん、と大きく返事をした子供達に囲まれながら、それぞれの家まで送って行った。

 ここには自然があるから、森には猪や、蛇なんかも出るらしい。

 森の奥深くまで行かなければ遭遇する事は無いと聞いたが、念には念をだ。

 子供達だけで帰すのは危ない……女の子なら尚更だ。

 一人一人、順番に家へと送る。

 ありがとうと言ってくれる子や、その子の両親の笑顔を見ると、照れくさくなってしまう。

 本当にありがとうと言いたいのは、俺の方だ。

 だから照れくさくも、ちゃんと俺からもありがとうと返す。

 そうすると、すごく心が温かくなっていった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 最後の一人の家では、その子のお母さんのお話に少し付き合っていた。

 話が変な方へと流れて、その子のお母さんが俺に言った。


 「娘が零さんの事気に入っててね! 零さんさえよければ、娘が結婚できる歳になったら貰ってやってよ!」

 「~~~っ///もう、お母さん!!」

 「あは、ははは」


 赤面する女の子と、笑い飛ばすお母さん。

 そして、冗談でもどう返せばいいかと苦笑いを浮かべる俺。

 歳の差にも程がありますよ、お母さん……とでも言えば良かったか?

 それから、また明日仕事を手伝いに来ると約束をして、家に帰って来た。

 頂いたご飯を温め直して食べる。

 一から育てた作物や、川から捕れた魚は、どれも都会では味わえない様な美味しさだった。

 夕食が済めばお風呂に入り、寝床に就く。

 前の生活でも、特にこれといった事をする訳でもなかった俺にとって、この生活で十分だった。

 これだけで、俺は十分幸せだった。


 「明日は早起きしなくちゃな……」


 虫の奏でる音色を子守唄代わりにして、すぐに眠りについた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 朝早くに起きて約束通り仕事を手伝い、昼食も頂いて、また仕事に戻る。

 疲れた都会人が田舎に行って、自然に癒してもらおうとするも、田舎の暮らしに慣れずに結局都会に帰ってしまうという話を聞いたことがある。

 少なくとも俺は、帰りたいなんて思わなかった。

 ここの人達は温かいし、ご飯も美味しいし、田舎といっても結構歩くがネットが繋がる場所だってある。

 俺は、この場所にこれて良かったと思う。

 ここで暮らしていれば、いつか、あの時の日々も忘れていける気がした。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 「やっぱり体を動かすのは気持ちが良いな」


 今日も頑張ったと、自画自賛をしながら家に帰る。

 訛(なま)っていた体だけど、ここ最近は良く動くから、肉体状態も維持できているんじゃないか。

 下手にスポーツジムに通うよりも運動になっている気がする。

 まぁ、ジム行った事無いけど……。

 もうすっかり住み馴染んだ家に着いて、中に入る。

 今日自分で釣った魚を串焼きにでもしようと思い、手にしていた魚の入った袋を冷蔵庫に入れた時、戸をノックする音が聞こえた。


 「……まさか、子供達か……」


 お母さんに何か持って行く様頼まれたのかな?

 ありがたいけど、毎日じゃ悪いよな……。

 魚の調理は皆を家に送ってからにしようと、戸を開けた。


 「はい。皆、また―――――――――ぇ」


 幻なんかじゃなくて……そこにいた。

 月明かりに照らされて、立ち尽くす影が二つ。

 怖いくらいの笑みを浮かべながら、俺を見つめていた……。

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