第21話 クリフノード:まずは挨拶
ここからは遠くの通りで、外壁門のちかくからのぼる黒い煙が見える。
豪華な装丁の厚本を手にする男は、そんな喧騒の街を、窓枠から青い空の下世界を見おろしていた。
パタンっ、と本を閉じて男は無念そうに、ため息をついた。
「どうですか、先生」
男の背後、線の細い青年がたずねる。
男はふりむかずに窓の外を眺めながら、喉を鳴らして、これと言った返事をかえさない。
しばらく後、悩んだ末に男は一言。
「素晴らしい魔感覚だ」
「……そうですか。初期から準備していた
楽しげに笑う青年へ、男は渋みの入った微笑みをむける。
「楽しいか?」
「はい、楽しいです。お互いに重ねた研鑽を存分に発揮する戦いは」
「そうだね。この世界に君と渡り合える魔術師は多くない。これは良い機会だ。戦いに関して、彼らは間違いなく最高の魔術師だろう。ゆえに、それはきっと君に多くを学ばせてくれる」
男は青年の肩に手をおき、「存分に楽しむといい」と言い残して、扉へと手をかける。
「先生、どちらへ?」
「旧い友人が来たようだ。挨拶をしに行ってくるよ」
男はそれだけつげて、部屋を出て行ってしまった。
⌛︎⌛︎⌛︎
「アルウ、顔まっくろだけど大丈夫? ほら、あたしにちゃんと見せて。よしよし、ここも拭いてあげるからね」
「んぅ、んぅ、んぅ、リーダー、過保護すぎだよ」
明るい通りから一本はいった建物の影の路地。
まるで秘密基地のような雰囲気をもつ商店街のカフェにあやしい集団がいる。
薄汚れた白いローブを着て、あきらかに揉め事をひとつこなして来た風情の魔術師たちだ。
ただ、誰も彼らを店から追い出そうとはしない。
今しがた、近くで起きた悲惨な爆破事故に巻き込まれた不幸な被害者かなにかだと、みな勘違いしているのだろう。
もっとも、現に被害者なのは間違いないが。
「よし、綺麗になった。うん、ちゃんと可愛いわね」
「ありがと、リーダー。これで完全復活」
豊満な胸をたずさえる桃髪の美しい少女は、となりの椅子に座る顔が真っ黒に汚れた橙瞳の少女の顔をごしごしと濡れた布でぬぐい終わり、満足げにフードをかぶせた。
「クリフ大先輩、さっきはありがとうございました。危うく全滅しちゃうところでしたよ」
「俺がいるかぎり、このパーティの全滅などありえない。ただ、ここからはもう油断するな。言わんでもわかってると思うが、むこうは気付いてる」
クリフはノルンの顔を拭きながら考える。
(悪意ある魔力を感じたからすかさず防御にはいったが……あの爆発威力はいったい?)
「クリフ、みんな怪我はないわ。あなたがしっかり守ってくれたのね、よしよし」
「……やめてくださいよ、ギラーテアさん」
頭を撫でなでされるがままに、クリフは瞑目する。
気恥ずかしそうだ。
「はやく、連合の暗殺部隊と合流しましょう」
「ふふ、そうね。……いきなり、挨拶まわりしてきたあいつらにはしっかりお礼してやらないといけない。よし、それじゃ行こっか」
ギラーテアの掛け声で、みんな立ちあがった。
ただ、遅れるのがひとり。
「……プリズナー、行くぞ」
「ん」
ひとり反応の鈍い、幼女の手をひいてクリフは歩みだす。
クリフの手をぎゅっと握りしめて、黙したまま幼女は嬉しそうに笑顔をつくった。
(『
⌛︎⌛︎⌛︎
この都市は今、異常な状態にある。
都市国家連合への食糧の供給でさかえるクリスト・テレスが、ペグ・クリストファ都市国家連合を脱退し、すぐに宣戦布告をし開戦の日をさだめたせいだ。
クリスト・テレスの統治者、″
一方で、他の都市との戦いに前向きでない市民たちは、都市の南側サウス・テレスに流入しており、そこにはまた非戦闘員もおおく集まっている。
ペグ・クリストファ都市国家連合は、この火急の事態に″開戦前の決着″を立案。
食糧の供給の重要拠点であるクリスト・テレスを、いち早く連合に再加入させることが、一刻も早く成し遂げなければならない最優先事項であるからだ。
そのため、各都市国家は動きをさとられないよう、魔導王暗殺のための腕利きの部隊を選出、多くが軍隊の精鋭からだされるなかで、本来は禁則事項にふれる″冒険者″の介入すらも行われているのが現状だ。
(冒険者ギルドは魔物を廃絶し、人間という種の存続を願う組織。人の争いには不干渉のスタンスをとるのは、この世界の常識であり、破られない掟だ)
「だから、あたし違が冒険者だとは知られてはいけない。冒険者ギルドは黙認してるけど、発覚した際には″切り捨てる″ことになってるのよ」
(俺たちは気づかれてはいけない。ただ、それはデメリットではない。なぜなら、抱擁の魔導王は俺たちが冒険者であるかぎり、表立って″冒険者殺し″など行えないからだ。それすれば、大陸全土に展開して、1つの国家より遥かに巨大なチカラをもつ、多国籍武力組織・冒険者ギルドという大敵をつくることになる。奴でも、それだけは避けたいはずだ)
緊張感のないメンバーへの、ギラーテアの緊急クエストについての言いつけが済んだころ、『ギラーテア魔術師団』の一同はサウス・テレスにある、とある建物に到着していた。
そこは、連合の暗殺部隊が駐留するアジトだ。
事前にギルドから受け取っていた情報にしたがい、錬金術ショップに入り、ギラーテアは店長に偽装した男に話しかける。
「ペグ・クリストファに栄光あれ」
「……栄光あれ」
男はギラーテアの背後の面々をいちべつし、カウンターの奥へと通した。
途端、店の扉が開き、新たな人影がはいってくる。
特徴的な薄い頭髪の中年小太りな男。
(こいつも暗殺部隊の人間か……?)
「いや、遅れちゃいました、へぇへぇ。……ペグ・クリストファに栄光あれ」
「……栄光あれ」
カウンターに通され、小太りの男はハンカチで額の汗をぬぐいながら、ギラーテア達の後ろにつづいた。
地下へつづく、螺旋階段を降りていく。
「おや、その白いローブ……あなた方はもしやーー」
「しっ」
最後尾を歩くアルウが、口に指をたてて小太りの男を黙らせた。
「私たちの事は気にしないで」
「んごぅ……はは、そうですね。なにも言わないほうがいい。……ただ、その、ひとつ興味がありまして。その太陽がごとき温かな色の瞳、見るからに尊い幼顔、もしや、あなたがかの『
「……ふふ、そうかもしれないし、違うかもしれない。と思う。ファンかな?」
「はは、ええ、もちろん大ファンですともーー日輪の魔術、ぜひとも拝みたいものですね」
「ふっ、いずれ見れる。と思う」
「そうですね。いずれ、見れるでしょう。その時を楽しみにしておきます」
小太りの男は張り付くような笑みをうかべた。
薄暗い地下へと降りる螺旋階段のおわりが見えてきた。
決して広くはない、木箱のつまれた空間には数人単位でのまとまりがいくつかあり、その練度の高い装備から、彼らが一流の冒険者であることがうかがえる。
「ノルン、見てみて、あっちの可愛い女冒険者たちはクリスト・カトリアの『
「っ」
なにを血迷ったのか、アルウは得意げな顔で集まっている有名冒険者パーティを順々に説明しはじめる。
後輩は、あわててアルウの口を塞ぎ「何言ってんですかー!?」と目を見開く。
「む、だって、サブリーダーが他の都市の冒険者を勉強しておけって言ってたから。本物に会ったら、つい呼びたくなっちゃったよ。これは許されるべき」
「にゃ、なるほどにゃ。本物に会えたのなら仕方のないことなのにゃ。勉強させた本人、つまり、サブリーダーっぽいムーブをしようとしたクリフが悪いにゃー」
「意味不明だ、ラスカル」
(なんで俺に責任がまわってくるんだ……)
クリフはため息をついて、「いいから、もう黙れ」とにゃんにゃん言うラスカルと、まだ何か爆弾を投下しそうな気配をもつアルウの首根っこをつかんだ。
ふと、クリフはソワソワとまわりの者たちに落ち着きがないことを悟る。
名のあるポルタ級冒険者パーティたちも、黒服に身を包んだ本業の暗殺者たちも、規律の取れた軍の特殊部隊でさえ、みなが自分たちをみて、なにかコソコソと話をしている。
「あれがドラゴン級、冒険者の頂点」
「最強の魔術の専門家たち、か」
「皆、まだ若いな。本当に戦えるのか……?
(ふむ。どうやら″本物″を見れて浮き足立ってるのは、うちの嬢たちだけじゃないようだな)
「ん、彼らも来たか。それでは、そろそろミッションブリーフィングを始める。こちらへ集合してくれ」
ギラーテア達が到着するなり、顔に傷のある特殊部隊のなかでも最もイカツイ巨漢が手を叩き、場の注目を集めた。
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