第26話 究極の兵器
魔術工房の外で物音がする。
散らかった地下室を片付けるべく、ホウキを握っていた俺は、すぐに玄関へむかい、扉を開けた。
「お前は……」
扉をあけて、俺は固まった。
そこに大砲がいたからだ。
どでかい砲身をこちらへ向けて、まるで迫力ある脅しでも掛けられている気分になるが、彼がそんなつもりじゃないのは、なんとなくわかっている。
「昼間にゴーレム化した大砲か。ウィンディのために、わざわざここまでやってきたという訳だな」
特に言葉を発することはないが、「その通り。このキャノンはあの子を守るための力さ」と頼もしく応えてくれたような気がする。
ちょうど、大砲が欲しいと思っていたところだ。
俺は兵舎から、はるばる脱走してきた大砲ゴーレムを迎え入れてあげる事にした。
「ほら、お前ら、自分の家は自分で動かすんだ」
本棚を飛ぶ本たちに、自分たちの本棚をおさせて、木彫りゴーレム隊に大砲ゴーレムを誘導させる。
やがて、魔術工房の一階を完全に占拠する形で、大砲ゴーレムは建物におさまった。
「痛ったぁ……おや、なんだい、昼間の大砲じゃないか」
地下室からあがってきたアンが言った。
「兵隊から逃げ出してきたみたいです」
「ほう、兵器に逃げられるなんて、思いもよらなかっただろうねぇ……よし、この大砲、あたし達が丁重に利用させてもらおうじゃないか!」
アンならそう言うと思った。
というか、俺もその気だったし。
互いにうなづき合い、俺はウィンディを起こしに。
アンは地下室へ『強化火薬』を作りにいく。
しばらく後。
「大砲のままじゃ、兵隊にしょっ引かれちまう。それに、車輪はついてるが持ち運びに不便だ」
アンと俺とウィンディは、やってきたゴーレムを囲み、彼の今後について話していた。
結果、魔術工房で改良を加えることになった。
まず、彼が大砲の形をしていることを、なんとかしようと、アンとウィンディによる、よりスマートな形状への″変形″が考案された。
「こう、なんというか、コロコロ転がる感じでーー」
度重なる思考錯誤。
見守る先輩ゴーレムたち。
最強の魔導弓を完成させる俺。
皆が、時間を有意義に過ごすこと2日。
はじめは展開の技術を応用して、球体状に変形させて、転がって動けるように、大砲ゴーレムを改良する案だったが、
球体で転がるだけでは足りない。
そのボディを大きさを生かして、人を乗せて転がらないか、とウィンディの突拍子もなさすぎる検討に、我が魔術工房は正面から挑んだ。
成果はあった。
大砲ゴーレムは原型を止めず、追加の鋼鉄パーツをいくつも取りつけられ、
「やっぱり、足があればイノシシみたいに歩けますよね!」
無邪気な発想だった。
だが、ウィンディはさらなる高みを目指したのだ。
もういいだろう、これ以上はもう″大砲ゴーレム″じゃない。
頼む、やめてやってくれ、大砲ゴーレムが尊厳を失ってしまう。死んじゃう。
俺はいくらそう言っても、ウィンディ曰く「先生はゴーレムの気持ちが分かってません! こんなに喜んでるのに!」と、通常人類には理解できない感情を教えてくれるだけだった。
結果、どうなったか。
四足歩行のイノシシチックな見た目から、大砲へ変形できていた大砲ゴーレムは究極の進化をむかえる。
大砲ゴーレムは、大きな四角形の箱を乗せた二足歩行の、ナニカになったのだ。
このまま人間になるんじゃないか、という不安と、箱から足が生えてるキモッ、という恐怖を、見る者へ同時に味合わせてくる贅沢さ。一度で二度美味しいなど言ってられない。
「……」
「先生、見てください! 先生の凄い人体強化の魔術で、人工的な脚をつおーく! 凄いつおーくしたら、もう目に見えない速度で走るようになりましたよ!」
夜の公園で、俺とアン、ウィンディは元気に駆けまわる大砲ゴーレムを遠目から見守っていた。
ウィンディ、俺はこんな大砲見たくなかったよ。
「四足歩行にも変形できます!」
やかましいわ。
「はぁ……ウィンディの才能が俺の手に負えない方向に向かってる」
「ははは! 最高のゴーレムだねぇ! どういうわけか、人間ってのは創造物を人型にしようとするクセがある。あたしもゴーレム職人のはしくれ。これまでずっと二足歩行で歩ける、展開ゴーレムを作って来たが、まさかこれほどのモノがあっという間に出来ちまうなんてねぇ」
アンはかなり楽しんでるな。
俺は恐怖と、本当に作ってしまってよかったのかという懐疑心に駆られてるというのに。
あそこで走りまわってるナニカは、俺の強化魔術が使えるように調整が施されて、デザインされているらしく、人間の筋肉をマネして複数のゴーレムをまとめ編み上げた脚部……を採用してるらしい。
これらは、そもそもアンが持ちこんだ人型ゴーレムをバラした副産物だ。
彼女は、いったいなんで人間の筋肉の、模造品など作っていたのだろうか。
「え? 人工筋肉をつくってたわけ? そんなの、カッコいいからに決まってるじゃないかい! 再現はできても、ゴーレムとして動かせなかったから、結局、ガラクタとして眠ってたけど、まさか、こんな時になって役に立つとは、人生わからないねぇ!」
アンが怖い。
こいつは方向のおかしい天才だ。
まあ、いい。
とりあえず、鋼鉄のリンゴがあるうちは、あのゴーレムでも俺の支配下にあるということ。
あの筋骨隆々な脚で、俺が蹴られることはない。
鋼鉄のリンゴをブレスレットにしたゴーレム操作キーを、首からさげて、≪ゴーレム・アルゴリズム≫をつかう。
すると、変な音をだして、姿を消していた大砲ゴーレムが、軽快に歩いてこちらへやってくる。
走るだけで、姿を消すなんて、過剰すぎる機動力だろ。
俺は呆れながら、ゴーレムに四足歩行に変形するよう命令したり、さらには球体状になったりするよう、順番に操作を確認していく。
その動作の最中に、コマンドを間違えてどう言うわけか人型に進化したりして、もう俺には訳がわからなかった。
もういい。とりあえず動かせればいいよ。もう。
よし、最後に肝心の大砲形態に変形だ。
公園の真ん中に、見事に大砲があらわれる。
発射時の衝撃を緩和するため、という名目で、あつめ寄せられた機動力のための部位が、かなりかさばっているが、大きくなって強そうなので良しとする。
ちなみに総弾数は、大砲ゴーレム自身が常時装填してる1発と、もう1発どこかに器用に仕舞われている二発のみだ。
ただ、この砲弾、秘密がある。
夜の公園を大砲ゴーレムの足下で、機嫌よく転がる砲弾たち。
ご存知、撃たれる彼らも、またゴーレムだ。
つまり、矢と同じくほぼ100%命中する。
さらには、強化火薬で規格外の燃焼のエネルギーを受けれるため、その威力は想像がつかない。
間違いなく、予想を上回る威力だろうと思っているので、公園で破壊的実験をすることもできない。
まさに、実戦で撃ってからのお楽しみという奴だ。
「よし、こんなところか」
俺はゴーレムの動作確認を終えて、四足歩行に変形させた大砲ゴーレムにまたがった。もう自分でも何を言ってるかわからない。
腰には最新の魔導弓『竜の一夢』の持ち運び形態である、分厚い刃のブロードソードをさげている。
旅の支度も済ませた。
「それじゃ、行ってくる。予定より準備した分、急がないといけないからな」
今夜、このまま俺はクリスト・テレスへと向かう。
「はい! 先生、頑張ってください! わたしは応援してます!」
「魔導王の頭を弓で吹き飛ばしてやりな! それとも、大砲で爆発四散させるかい?」
活気良き魔術工房の天才たちの言葉。
おどって舞い跳ぶゴーレムたちの群れ。
夜の公園での最終チェックを終えて、俺はウィンディとの平穏のついでに、都市国家連合の平穏を守るためにクリスト・ベリアを発った。
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