第27話 ドラゴン級は行儀が悪い

 

「むにゃ、むにゃ、眠いのにゃ」


 地面のしたに猫がいる。

 換気口がいくつか確保された遺体安置所のとなり、本人が手づから設けた、ちいさな寝室に彼女はいる。


 どうにも、狭いところは落ち着くらしく、気持ち的にはやく体力を回復できるらしい。


「実にエクセレントだよ。私でも『ギラーテア魔術師団』がここまでやれるとは思わなかった」

「にゃ?」


 遺体だらけの暗い地下空間を、コツコツと、固い足音が響いて彩っていく。

 死人は語らず、パレットに練りだした黒色の絵具のように、異物顔のぬぐえない生者がそこにはいた。


 猫耳をひくつかせ、丸くなって寝ていたラスカルは、顔をもたげて足音の主人をみやる。


「これはすごい。見事な魔術の細工だ。あの爆破に耐えて、しかも遺体の多くを回収し、さらにオシャレまで楽しむ余裕があるなんて。報告にあった通り、ラスカル、君は桁違いの魔術師のようだ。実に興味深い」

「おかしいにゃ、そっちに玄関はつけなかったはずだにゃ」


 猫耳をピンとたたせるラスカルに、足音の主人は薄く笑い声をこらえながら、ついに彼女のまえに姿を現した。


「私にとっては、この世界すべてが玄関だよ」


 足音の正体は、壮年の紳士であった。

 まだフサフサと判定できる金髪を、豪快にオールバックにして、黒と赤色の貴族礼服を着ている。

 腰からは剣をさげており、貴族としての誇りを高くもつ、高貴な騎士のような出立いでたちであった。


「こんにちは。私の名はジュニスタ・アドラニクス。ラスカル君、君を殺しにきた魔術師だよ」

「……」


 ラスカルは目を見開き、そっと傍にあった短杖に手を伸ばした。



           ⌛︎⌛︎⌛︎



 目の前にそびえたつ、魔導王の宮殿。

 クリスト・テレスを統括する最大の機関であり、もっとも大きな建物でる。


 そのまえに今、そんな荘厳な建物を害する気満々の一団がいた。


「よし、これくらいの距離なら、十分に威力を発揮できるね」


 ギラーテアは笑顔でうなづき、となりのアルウを見る。


 アルウはそれを合図と察して、短杖でギラーテアへ太陽の輝きを付与しはじめた。


「≪日輪にちりん白亜陽光はくあようこう≫」


 アルウのトリガーに導かれて、彼女自身の魔力が形をなして、ギラーテアの体を薄いベールで包み込んだ。


 術者の魔力を、対象にまとわせ、次の魔術発動にともなって、そのすべてを威力に上乗せする強化魔術。


 アルウは自慢げに鼻を鳴らして「やっておしまいなさい、ギラーテア」と、魔導王潜む宮殿を指差した。


「こら、お姉ちゃんを呼び捨てしちゃダメじゃない」

「ッ、ぐひゃ!」


 一撃、言葉の感じより、ずっと重たい拳骨を受けて、アルウが沈む。


「仕方ない子ね。よし、それじゃ、みんな耳押さえるんだよ。いくよ……≪超爆撃波ちょうばくげきは≫」


 物陰に皆がかくれた後、その魔術は行使された。


 ギラーテアの体を包む太陽の加護が、彼女の杖のさきに『現象げんしょう』となってーー消えた。


 指向性を与えられた力は、移動したのだ。


 宮殿の内部へと。


 ーードガァァァァァァアッ!


 クリスト・テレス宮殿の半分が、いきなりの崩壊しだした。


 内側から爆発四散するように、砕けてゴロゴロと崩れ出すさまは、なかから巨人でも現れるのかと予期させる。


 ただ、そんなことはない。


 これはギラーテアの魔術による攻撃だ。


(流石、ギラーテア……アルウの強化ありとはいえ、一撃で宮殿をほぼ破壊し尽くしている)


 クリフは感嘆しながら、ほくそ笑む。


「宮殿で待ってる? なに寝ぼけたこと言ってんだろうな、あの宮廷魔術師たち。俺たちがそんな行儀良いわけないだろうが」

「えへへ、本当ですよね、クリフ大先輩。きっと、今ごろなかでは大騒ぎですよ」

「ん」


「アルウ、もう一回お願いね。あと2回くらいは撃てるから、ここでキメにいくよ」


 頭を押さえてへたりこむアルウの、黒髪を撫で撫でして、ギラーテアは涙目の妹を再起させた。


「ぅぅ、≪日輪にちりん白亜陽光はくあようこう≫」

「えらいえらい。はい、≪ちょう爆撃波ばくげきは≫」


 ーードガァァァァァァアアッ!


 再び魔導王の宮殿が内側から崩れだす。


 街中が悲鳴で溢れかえっているが、そんなことはギラーテア達の知るところではない。


「んー、あと一発かなー」


 ギラーテアは杖を素振りしながら、恐ろしいこと言って、宮殿の正面玄関を見上げる。


 すると、中から両開き扉をぶち破る勢いで何かが出てきた。


「ゲホゲホっ! ぼへぇ! なんでござるかぁあ、この馬鹿げた魔力攻撃はァア! どこのふざけた野郎が、うちの宮殿を攻撃してんだああ!」


 怒り狂うは小太りの男。


「かほかほっ、素晴らしい芸術、しかし、いや、参りましたね……これほどの爆破をおこなえる者が、僕以外にもいたなんて……ゲホ」


 感嘆するのは線の細い青年。


「おおぅう! 我らが王の城を攻撃するアホウはどこの輩かと思ったが、叛逆者らの仕業であったか。敵ながら見事なり」


 称賛するのは顔に傷のある筋肉漢。


 それぞれ、別の空気感をまとう宮廷魔術師たちだ。


 ギラーテアとアルウは出てきた3人を見て顔を見合わせ、悪い顔して笑いあう。


(さて、カバーの準備だ)


 クリフははノルンの肩をたたいて、合図を出し、その時のために待機させる。


「ノルン、お前はレドモンドだ。ヘクターとアイギスは俺がやる」

「了解です!」


 クリフとノルンは物陰から、相手の魔術にたいして、ギラーテア達のかわりに、相手の魔術を受け止めるべく、杖を構えた。


「ッ! そこにいるはアルウたんッ!? 可愛い可愛いアルウだん゛でござるぅう゛ッ! ァァアア、鼠蹊部そけいぶに鼻を擦りつけあう時が、ついに来てしまったでござるかぁあ! もう股間が爆発しそうだァア!」


「……キモすぎて、本当に不快だよ。リーダー、景気良くやっちゃって」

「ああ、あの汚物おぶつの極みだけは、ここで絶対に消しとばす」


 ギラーテアの氷河のように冷たい目線が、アイギスを貫き、彼女は魔術を発動させた。


 対象はもちろん目の前の3人。


 あまりにも過剰な火力の投入を隙とみて、宮廷魔術師はより出が早いコンパクトな魔術でギラーテアを止めにかかる。


「≪ちょう|爆撃ばくげきーー」


「≪風打ふうだ

「≪火炎弾かえんだん

「≪風刃ふうじん


 超級魔術をつかう隙に、すかさず高速魔術を差し込んでくる3人の魔術師たち。


 それを迎え撃つのは、ギラーテアたちの背後、物陰からはなたれる抵抗レジストだ。


 クリフとノルンは、完璧を仕事をこなした。


 素早く魔術を防がれ、宮廷魔術師たちは驚いただろうか。


 だが、そんな事はもうわからない。


 なぜなら、既に『爆撃ばくげき女神めがみ』による、特大攻撃は達成され、宮殿の玄関は爆炎につつまれてしまっているのだから。


 3発目にして、屋外にまばゆい光を漏らして、力の波動は周囲を飲み込んでいく。




 クリフもまた膨大な光の壁に吸われていきーーーー気がついた時、彼はまったく見覚えのない場所にいた。




「っ、ここは? 皆はどこへ行った」


 クリフは一瞬で切り替わった視界に混乱しながらも、右手に大ナイフ、左手に短杖を持ち、手をクロスさせて構えた。


 遠隔、近接でも対応可能な構えだ。


「素晴らしいものだ、叛逆者よ。ひとりになっても、取り乱す事なく冷静にやってのける」


 背後、建物のうえから聞こえる声の主人。


 その正体はさきほど、ギラーテアに爆殺されたはずの『防衛王ぼうえいおうヘクターであった。


 よく見ると、彼の背後から阿鼻叫喚の悲鳴と、見覚えのある、崩壊した宮殿を見つけることができた。


(場所が一瞬で……まさか、空間転移?)


「気づいたか、叛逆者。そう、これこそ我らが王の奇跡の神秘、その一端である空間魔術である」

「チッ、魔導王め、ここで出張ってきたか。……で、分断すれば各個撃破できるって?」


 クリフは余裕の表情をうかべるヘクターへ、刃を突きつけた。


「ドラゴン級はそんなヤワじゃない。あまり、おごらない方がいいぞ、宮廷魔術師」

「ふはは、それでこそ、絶対の権力者に歯向かう愚か。いいだろう、貴公らの輝きが真に正しいと信じるならば、この『防衛王ぼうえいおう』に力を示してみせるがいい!」


 ヘクターは勇ましく大声で笑い、手の甲に宿る蒼輝を呼び覚ます。


 絶対防御を自負する武人。

 彼のもつ真なる輝きが盾を形つくり、展開した。


「ッ、それは……」

 

 刮目かつもくするクリフ。


「教えてやろう。これこそが、我が絶対の防衛が象徴、神代かみよより残る遺物『ロンゴの右腕みぎうで』だ!」


 高貴なる神の威光が叫ばれる。

 途端に、周囲には嵐が吹き荒れて、周囲の石畳みの間から水から湧いてすべてを飲み込みはじめる。


 あたりは、みるみるうちに沼地へとかわっていってしまった。


(あの遺物、まずい……!)


 クリフはヘクターの右手の甲の輝きに、最大の危機を感じ、先手をとって、勇猛に飛びかかっていった。


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