第25話 クリフノード:恐ろしい出会い

 

 クリフたちが、地上へあがるとそこは路地裏だった。

 通りには崩壊した街並みが広がっている。


 ギラーテアは短杖で≪土操どそうを唱えて、ラスカルの開けた地上の穴をふさぎ、彼女が地面の下で安眠できるように場を整えた。


「リーダー、私たちの猫、埋めちゃうの?」

「これでいいのよ、アルウ。ラスカルは頑張った、だから、すこしは休まないといけないから」


 ギラーテアは微笑み、立ちあがる。


 クリフは表の通りで、いまだ多くの野次馬や見物者が、壊れた錬金術ショップのまえに集っているのを遠目に眺めていた。


(気絶していて時間が経過したはずだが、あの様子だと、まだ建物の崩壊した光景に興味がある。ゆえに、それほど時間は経っていないと推測できるな)


「魔導王は、まだ宮殿にいる可能性が高い、ということね。よし、場所がわかれば、あとはパワーで叩きつぶすだけよ。さあ『ギラーテア魔術師団』の力を魔導王に見せてあげましょ!」


 ボロボロの魔術師たちは、民間人の多いサウス・テレスから、かの王が潜むノース・テレスへとむかう。



           ⌛︎⌛︎⌛︎



 魔導王が住む宮殿があるノース・テレスには、サウス・テレスよりも目に見えて増えた兵士の数が増えていた。


 白ローブを脱ぎ去った『ギラーテア魔術師団』はもはや冒険者であって、冒険者にあらず。


 建物の影に潜み、クリフは手の甲に奇妙な硬貨がはまった革手袋を外れないようにぎゅっとはめ直す。


 クリフの目線のさきには2人の兵士。


「俺がいく」


 それだけ言って、メンバーを露地の影に残して、クリフは走りだした。


 彼が手に握るのは大振りのコンバットナイフ。

 銀色の厚い鋼に、手の甲の魔導硬貨まどうこうかから風の魔力が刃に乗った。


 そして、風流の一閃。


 ひとりの兵士は背骨を断ち切られ、即死。

 もうひとりの兵士へは、背後から掴みかかり、膝を折らせ、口元を手で押さえて、首を刃できひらく。


 路地裏を警備していた兵士たちは、声すらあげること叶わず、糸が切れた人形のように地面に倒れふした。


「相変わらず意味不明の魔術の使い方。流石、短剣術までたしなむ変態魔術師だよ」

「先輩、あんまり変態っていうの怒られちゃいますよ。たしかに手の甲に魔導硬貨をはめるとか、ちょっと変態すぎてひきますけど、私たちのサブリーダーなんです。あの変態大先輩には、目をつぶってあげましょう」


(全部聞こえてる)


 クリフはあえて聞こえなかったフリをして、死体をはじっこに寄せて、水属性式魔術で現場をかるく洗い流した。


「っ」


 水で掃除してる時、ふと、クリフは路地の先に人影があることに気がついた。


 その数は3つ。

 腕を後ろで組んだり、前でくんだり、ポケットに手を突っ込んだり、堂々と風格ふうかくをまとって歩いてくる。


「まさか生きているとは。流石はドラゴン級冒険者ですね。ほかの有象無象とはわけが違うということですか」


「ああ゛……よかっだッ、クリフノードが生きてるのなら、も生きてるということでござるなぁ! デュフフ、アルウたんと重なって、互いの鼠蹊部そけいぶを舌先で尊びあう仲になるトゥルールートはまだ残されていたというわけでありまして、あぁーこれは決まったかなーッ!」


「叛逆者どもめ。許さん、許さんぞ。我らの王にたてつき、約定を破り、首をとろうと企むなど、万死に値する不敬である!」


 三者三様、クリフと向かいあうなり、男たちは口々に勝手なことを喋りだす。


 クリフには、三者の右側、小太りの男に見覚えがあった。


 合言葉で暗殺部隊の集会場へ降りた時、いっしょに螺旋階段をくだっていた暗殺のメンバーだ。


(今にして思えば、やつはひとり、そして、ブリーフィングが始まって以降、姿を見せなかった。なるほど、こいつが密告者か)


「おい、クリフノード! アルウたんをどこに隠したでござるかぁあ! 俺様は気が短いんだ。はやく、アルウたんの白い太ももをペーロベロペロして、擦りつけるモン、擦りつけないと爆発しそうでござるぅ!」


「ヒッ……」


 背後の影から、恐怖にすくみあがる声が聞こえる。


(こいつだけは、アルウに会わせられないな。早急に殺そう)


 クリフは手に持つコンバットナイフを逆手に持ち直して、風の魔力を再装填、下から斬りあげるようにして、高い圧力の風刃を飛ばした。


「デュフフフフ、デュフ……っ、ぐぁあ!」


 刃に体を斬り裂かれ、薄毛頭の小太りの男は膝を地につける。


(やったか……ん?)


「デュフフ、そんなやわな魔術が効くわけないのでござるよ〜。この『耐久王たいきゅうおう』アイギスのまえに、いかな攻撃力も無意味でござる」


 小太りの男の名乗りに、路地裏に戦慄がはしる。


(このどうみても、ただのキモオタが、『耐久王たいきゅうおう』だと? それじゃ、あと2人はーー)


 クリフの心の動揺に気がついたのか、男たちは、それぞれ名乗りはじめた。


「『破壊王はかいおう』レドモンド。偉大なる魔術師、我らが魔導王につかえる宮廷魔術師です」


 線の細い青年は、青い髪を撫でつけて、爽やかな表情で言った。


「同じく、吾輩は『防衛王ぼうえいおう』ヘクターなり。アイギスが最強の盾ならば、吾輩のソレは究極の盾であると知ってもらおうか」


 筋骨隆々の、いかにも肉体派な男は胸を張ってそう言った。


「お前たち……よく出てきたな。これから殺しに行こうと思ってたところ、手間が省けた」


 クリフはニヤリと笑みを深め、刃を小さく構える。


 それを見て、細身の青年ーー『破壊王はかいおう』レドモンドは「今回は挨拶しに来ただけです」と言って、かるく指を鳴らした。


「ッ」


 すると、建物のうえから10人近くの、人影が飛び出して迷いなく飛び降りはじめてくる。


(まずい! 人間爆弾か!)


 クリフは咄嗟に防御姿勢にはいった。


「ははは、どうやら、仕組みには気付いてるようですね。それなら、張り合いがあると言うものです。ーーでは、また会いましょう。今度は宮殿のなか、になりますかね」


 涼しげに笑顔を深めるレドモンド。

 彼が言葉を繋ぎ終わると、その姿は霞のように曖昧になって、背景に溶けるように消えてしまった。


 すぐのち、路地裏を猛烈な爆炎が包み込んでいた。



           ⌛︎⌛︎⌛︎



「恐ろしいものを見てしまった。と思う。あれは、やばい」


 アルウは飴を転がしながら、危機感なくそう言った。


 だが、ほかの面々の顔つきは、彼女以上のまさしく危機に直面した者のソレだった。


 アルウを絶対にあの不潔男に会わせはしない、そういう硬い意志を『ギラーテア魔術師団』は沈黙のなかに共有しているのだ。


「大丈夫、先輩は任せてください。あの男が飴ちゃんで、先輩のことを釣ろうとしても私が責任を持って止めます!」

「ノルン、それは私のこと舐めすぎ。と思う」


(ノルン、頼んだぞ)


「ノルンに託したよ、本当に」


 ギラーテアとクリフはうなづき合い、崩れた瓦礫のうえの会議を終わらせた。


 目と鼻の先にそびえ立つ、魔導王の宮殿。


 恐ろしい人物たちが待ち受けているとわかっていても、彼らは行かなくてはならない。


(破壊王、耐久王、防衛王……そして、魔導王)


「ラスカルを起こしてくるべきだったかもな……」


 クリフは背後に置いてきた仲間のことを考えながら、先をいくメンバーたちの後を追った。

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