第23話 クリフノード:壊滅

 

 熱い、狭い、暗い。


 さまざまな苦痛が、地面下の者たちを追い込んでいた。


(ぁ、ぅ、……)


 身動きが取れない。

 手の感覚が戻らない。


 少なくとも魔術を使おうとしているのに、発動できないのは、手元にその触媒となる杖がないからだ。


(やられた……こんな事なら不快感を殺して、魔導グローブをつけておくんだった……くそ、完全に失敗した……)


 朦朧もうろうとする意識なか、クリフは鈍い頭でそんな事を考えていた。


 どうすれば、最善か。

 どうやれば、パーティを良き方向に向かわせる事ができるか。


 いつもそればかり考えていた彼の頭は、初めて怠惰という感覚を獲得したのだ。


「ぅ、うぐ!」


 大気中の粉塵に喉の痛みを覚える。

 だが、声を出さなければいけない。


 クリフは乾いて割れる唇で、必死に言葉をつむぐ。


「ぎ、らーてぁ、さん……あるぅ、ぁ、のるん、……」


 返事はない。


「ぷ、りずな、ぁ……」


 誰もクリフの言葉には答えない。


(ぁぁ、やられた……すべてを、失ったのか……)


 クリフは胸の内から込みあげる激情を堪えきれず、身動きの取れないまま、嗚咽をもらす。


 すべてを捧げたパーティ。

 すべてを捧げた青春。


 大事な家族だったのだ、


 密かに恋心をよせていた頼れる姉。

 不器用なりに実の妹のように愛してた後輩たち。


 そして、愛猫あいねこように可愛がってた猫娘。


「……ぅぅ、らす、かる、ぅ」

「にゃにゃ、読んだかにゃ?」

「…………ぇ?」


 悲しみの海を飲み干そうと足掻いていたクリフの耳元へ、聞き馴染みのある声が聞こえてくる。


 クリフはどうにか、首をかたむけると、すぐ横に地面のなかから、首だけだす茶髪のもふっとしたフォルムをとらえる事ができた。


「ら、ラスカル、なんで、生きてるんだ……」

「クリフは失礼すぎるやつだにゃ。こんな失礼なやつは、放っておいて、もうリーダーのところに戻るのにゃ」


 穴に潜ろうとする猫耳。


「ま、待て、ギラーテアさん、たちは、生きてる、のか」

「ほりほり、ほりほり」

「黙々と地面を掘るな、すま、ん。ラスカル生きてて、くれて、すごく嬉しい。だから、その助けてくれ、ないか……」

「にゃにゃ、クリフが素直になったにゃ。仕方ないから助けるにゃ」


 ラスカルはそう言って、口にくわえた短杖で魔術を行使する。


 土魔術を専門とする彼女にとっては、崩落した地面のなかで、生き埋めになった者に苦痛を与えずに解放することなど朝飯前だ。


「痛、痛タタタ! ラスカル、痛い、足が痛いぞ……!」

「わざとにゃ」

「なんで!?」


(どういう了見だ、このモフネコめっ!)


 なんやかやで丁寧な痛みを負わせながら、ラスカルはあたり崩落天井を、流体のように操作した地盤で固定、ゆっくりとクリフのための空間を広げていき、手際よく、這ってすすめる程度の道をつくりあげた。


 彼女はクリフの目の前に続く暗闇を、まっすくに指差して、「それじゃこの道を進むのにゃ。10分くらい這えば安全地帯につくはずだにゃ」と淡白につげた。


「意外に長いな……俺もラスカルみたいに地面のなかを進めないのか?」

「にゃ、むりにゃ。怪我人をとか″動かなくなったやつ″を運ぶのに、だいぶ適当に掘り進めたから、クリフのためのトンネルはないにゃ」


(ふむ、ラスカルならどうにでも出来る気がするが……)


 クリフは若干不満を感じながらも「わかった。すこししたらそっちに着く」と言って、地面のなかに戻っていくラスカルと別れると、ボロボロの体に鞭を打って地面のなかを進みはじめた。


 仕立ての良い白ローブを擦り、瓦礫や尖った石にズタズタにされ、顔を血と涙で濡らしながらも、クリフは根気よくわずかな空間に体をよじらせる。


 絶え間ない不快感にさいなまれたが、しばらくしてクリフは、空間の終わりをみた。


 光が指すわけではない。

 どのみち暗いが、出口の穴の先はある程度広い空間となっていた。


 それは人工洞窟というべきモノだった。


(見覚えのある形状……やけにネコアピールの強い壁の模様。うちのラスカルが作った避難空間か)


 ローブの土を気持ちばかりにはらい落とし、クリフは避難空間の惨状を見渡しながら進む。


 そこら中で寝かされている人影。

 どれも動いてはおらず、また原型をとどめている者のほうがずっと少ない。


(多くは遺体か……)


 人工洞窟の奥では、最後に見た姿からは想像もできないほどに、傷だらけで、血や泥に汚れた仲間たちの姿を発見することができた。


「あっ、サブリーダー」

「アルウ、無事だったか。ほかの皆も平気そうだな」


 クリフはボロボロながらも、存外に元気そうな皆を見て、内心ホッと息をついていた。


「ラスカルが先に戻って来たときは、すっごく安心しました。クリフ大先輩、また″血の硬化″で守ってくれたんですね、ありがとうございます」

「ノルンも無事だな。なに、それこそが俺の役目だ。気にするな。……ただ、杖をなくした。次からは今までと同じ質で護れるかはわからない。だれか、予備の短杖をもってないか? 俺の杖は生き埋めになったときに、折れてしまったんだ」


 クリフはギラーテアから短杖を借り、それを腰の割れた杖と取り替えてホルダーに差した。


「それにしても、魔導王、やってくれたわ。あたしのパーティをこんなにしてくれるなんてね」

「あの爆発の威力、地下空間全部崩壊される威力だった。それに、剣気圧を使えるはずの戦士たちまで、一撃で殺し尽くすなんて……相当な威力ですね」


(さきに地下室全体に術式が仕込まれてたとしか思えないほど、な。おそらくは情報が漏れていたんだろう。そのせいで、今回の最大戦力である俺たち『ギラーテア魔術師団』が到着した段階で、やつらは襲撃を実行したわけだ)


「それにしても、なんだか妙だにゃ。計画的な襲撃、そこからの大爆発で我らを皆殺しにしようというなら、はじめから爆破したほうがよかったのだにゃ。そうすれば、よほど攻撃に対して無防備な我らに深手を与えられたのにゃ」


 ラスカルはそう言い、顔を洗いながら、アルウに「爆破されてもモフッとしてる。良き」と撫でられる。


「それに、あの天井の崩落から、爆熱が生まれるまでの時間差、あまりにも短かったよね。あれだと十中八九、味方を巻き込んだと思うんだけど……ラスカル、襲撃者たちの遺体は見つからなかったの?」


 ギラーテアは猫耳を指でマッサージしながら聞いた。


 ラスカルは気持ちよさそうに目を細め、アルウの膝のうえからギラーテアのもとへ寄り「ないにゃ」と一言だけ答えた。


「遺体がない? かなりの人数が襲撃して来てたが……地下崩落のあとは、遺体が消えていた?」


(これは、もしや……)


 思い至り、口を開こうとすると、アルウが先に言う。


「襲撃者自身が爆弾だったら、何も残らない。と思う」


 淡白なつぶやきは、場のみんなの視線をあつめた。


「……まさか、″人間爆弾″。そうか、なるほど、これでクリスト・テレスに到着したとき、正面から男が走って来たのも説明できる」

「さっき、クリフが見たって言ってた奴よね。抱擁の魔導王は人間爆弾をつくって、自爆特攻させているのね……なんてクソ野郎なのよ。ここ最近じゃ、フォーグスに匹敵するクズね」


 リーダーの低い声に、妹たちはピクリと体を震わせる。


「抱擁の魔導王にそんなことが出来るかな? 体に爆弾を取りつけて、なおかつ自爆する本人に自爆を必ず実行させることなんて……私はしたくない。無理み」


「カリスマだけじゃ、難しいものもある。恐らくは魔導王の魔術によるコントロールによって、無理やり自爆させられているんだ」


「酷い話だにゃ。それに威力も通りを一部吹き飛ばしたり、丈夫な造りの地下を崩落させたり、無茶苦茶なのだにゃ。我がいなければ、本当に危なかったのだにゃ。にゃ」

「よしよし、後輩ラスカル、よくやった。飴あげる」


(あの威力、恐ろしいものがあるな。どういうわけか、魔感覚が働くから反応できなくはないが、こういった場所で爆撃をもらうと一瞬で詰みかねない)


 クリフは自分の浅慮さに、頭を抱える。

 敵のチカラを見誤り、パーティが危うく全滅しかけた。


(本当に、危ないところだった……)


「さて、それじゃ、今後の身の振り方について考えないとね。連合の暗殺部隊は、このとおりもう壊滅。あたし達は雇われの冒険者だから、律儀に魔導王なんかと戦う必要も、名分もなくなったわけね。だから、本当はこのままクリスト・ベリアに逃げ帰っても怒られないと思うんだけど……」


 そこまで言って、ギラーテアはパーティの皆の顔を見渡した。


 普段は金の刺繍に飾られた純白の高級ローブをまとう、最高の魔術師団。

 今は地下の底で、傷だらけ。

 血と泥に汚され、プライドは踏みにじられた。


 少女達と青年の目に″ヤル気″の炎が宿っているのを、ギラーテアは見逃さない。


 みんなのお姉ちゃんは、ニコリと笑い、眉をキリッと引き締め「よし」と頬をたたいた。


「このままやられっぱなしで良いわけがないよ、みんな! 都市国家の為政者だか、なんだか知らないけど、魔導王の顔に泥を塗りたくって、連合中から石を投げつけさせないと気がすまない!」

「私は今から、魔導王絶対殺すモードになった」

「先輩、私も魔導王が許せません!」

「疲れたからすこし寝るにゃ。魔導王を殺すときになったら起こしてほしいにゃ」

「んぅー!」


 皆が殺る気満々に目をギラつかせる。


(魔導王……お前は俺たちを怒らせたことを、必ず後悔する。俺がそうさせる)


「よし、それじゃ、あの宮殿を逆に″爆散″させにいくぞ。ラスカル、寝る前に地上への道を繋げてくれ」


 『ギラーテア魔術師団』は、目をギラギラさせて、地上へと躍りでていった。


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