第22話 クリフノード:開戦の狼煙


 錬金術ショップの地下。

 熟達の技をそなえた闘争者たちが、一同に介して、精強な戦士の言葉に耳をかたむける。


「まずは自己紹介を、私の名前はナハムド・ジブラルタ。クリスト・カトリス軍の特殊部隊で隊長を務めている。集まってくれた皆、よろしく頼む」


 一同を見渡し、ナハムドはひとつうなづき、話を続ける。


「では、作戦の説明のため、まずは宮殿内の見取り図をくばる。各自、こいつに目を通してくれ」


 パーティに1枚配布される紙。

 ギラーテアの手元のソレを、『ギラーテア魔術師団』の皆は、たがいに頭をつきあわせ眺める。


「抱擁の魔導王がいるのはサウス・テレスの宮殿、その上階だ。俺の部下が見張っているが、宣戦布告から1週間、やつはあの場所から動いていないーー」


「ん、ちょっといいか」

「質問を」


 ナハムドが言葉を切った瞬間、同時に二つの声があがった。


 手をあげたクリフと暗殺者のひとりは、互いに顔を見合わせる。すると「どうぞ」と暗殺者は手を差しだし、クリフへと質問を譲った。


「ありがとう。では、俺から一点。抱擁の魔導王は空間魔術を専門のひとつとしてる。そんなやつの居場所を、ただの監視だけで、確定していいのか。いくらでも裏をかく能力に優れた男だろう、やつは」


 クリフはかつてドラゴン級冒険者として、謁見えっけんした時の、抱擁の魔導王の印象を思いだし、彼が決して油断ならない大敵だと知っている。


「その点に関してはご安心を。……これは口外しないでいただきですが、今回の暗殺には″粛清しゅくせいの魔導王″が直々にこの都市に入られて、作戦行動にあたっています。彼の保証がある以上、魔導王の位置は筒抜けです」


 地下全体からどよめく声。


「粛清の魔導王……?」


 アルウが首をかしげる。


「にゃ、クリスト・カトリスの魔導王にゃ。まず強く、恐ろしく、叛逆者はゆるさにゃい。そして、監視に特化した魔術の専門家でもあるにゃ」

「監視の魔術……エロそう」


 アルウの淡白な感想にノルンが窒息させる勢いで、口をふさぎにかかる。


(粛清の魔導王、『鮮血せんけつ』のアグラ・ペイン。会ったことはないが、それほどの魔術師の保証なら信用できるか)


 クリフは納得して、ナハムドへうなづいた。


 質問があるのかと、視線をむけられる暗殺者は「もう大丈夫だ」と告げ、話の続きをうながした。


 どうやら同じことが気になったらしい。


「今ほど説明したが、この都市には考えうる最高の戦力が整っている。宮殿から動く気配がないゆえ、この状況を最大限に活かせる宮殿強襲を立案した。これからその具体的な説明にはいる。心して聞いてくれ」


 ナハムドはそう言って、今回の暗殺作戦の概要を話しはじめた。



           ⌛︎⌛︎⌛︎



 粗い息遣いが部屋に鳴る。

 肩を落とし、膝をつくのは一人の男。

 目元にクマをつくり、滝のような汗をかく様はとても調子が良いなどとは言えない。


 その男の足元、床一面に広がるのは、赤い布地。


 元来、そんな色をした絨毯ではないのだが、いまはそうであるほうが、自然なほどに真っ赤に染まってしまっている。


 満身創痍の男を見下ろすのは、ひとりの紳士だ。


 金と黒の貴族礼服に身を包んだ男は、片手に厚い本を開いて持ったまま、ホッと安心したように一息ついて口を開いた。


「痛いのか、アグラ・ペイン」

「ぅ、貴様」


 傷だらけの男が床に手をつくと、じっとり濡れた絨毯から、鮮血が染み出してくる。


 本を片手にひらく男は、ひざまづくもうひとりーー『鮮血せんけつ』のアグラ・ペインをまえに、目をスッと細め、力なく首をふった。


 ーー戦いは終わってしまった。


 アグラ・ペインは思う。


 血にまみれて重くなった体。

 象徴的な『鮮血せんけつ』の白いスーツを、自分自身の″血″で染める日がこようとは、だれが予期できたのだろうか、と。


「抱擁の魔導王、ジュニスタ、アドラニクス……どうして、だ。貴様ひとりで、どうこうなる、″けもの″ではないはずだ……どうして、貴族会を裏切った……」


 アグラ・ペインは口端から血をこぼしながら、ゆっくり問いかけた。


「裏切る? 裏切るだって? それは、仲間だった者が、敵にまわった時、その醜い生き様を糾弾きゅうだんするための言葉だよ。そも、私たちは仲間だった時期が、多少でもあったのか?」


「……ただで、済むと思うなよ、ジュニスタ。貴様のこの行動は致命的だ。ペグ・クリストファ無しでは、都市国家は生き残れない。ぅ、ぐ……はぁ、はぁ、祖国を離れて忘れてるかもしれないが、結局、貴様も貴族会の用意した駒のひとつに過ぎない……かならず、消されるぞ……」


「アグラ、そうはならないから、私は連合からも、魔術協会からも脱退したんだよ。わからないか? 私はね、。勝利するために必要な時間は満ち、それを動かすための準備は整った。私は勝つ、私は与えられたすべてを使って、必ず勝利するんだよ」


「ぐ、ぅ……はは、そうなれば、いいな。……だが、気をつけることだ、どんなに盤石な舞台を用意しても、不確定の崩壊因子が、どこからか流れ着くことはある……暗黒の、ふち、暗い穴から這い出た、それこそ″怪物″のようなモノ達がな……」


「ふむ。覚えておこう、アグラ・ペイン。それでは、君とはここでお別れだよ」


 暗闇のなか、抱擁の魔導王は鈍くひかる刃を構えた。



           ⌛︎⌛︎⌛︎



「以上が、今回の作戦だ。状況の変化に応じたプランを、これから細かく詰めていく」


 ナハムドは一礼して、地下でのミッションブリーフィングは一時休憩となる。


 じゃれあい、眠たそうな他のメンバーを残して、ギラーテアとクリフは他の者たちに聞こえないよう、場所を移して先のブリーフィングについて話しはじめた。


「クリフ、どう思う?」

「過剰なくらいの戦力ですが、その分、安心感が強い、と言ったところかと」

「三人の宮廷魔術師……ドラゴン級のあたしたちで抑えるということになってたけれど、同時に接敵したらどう配分したらいいかな?」


(抱擁の魔導王の下に付いている、三人の宮廷魔術師。それぞれが、特異な能力をゆうしていて、″王″とうたわれるほどに優秀な魔術師。最強の宮廷魔術師と言われる『破壊王はかいおう』レドモンド。大軍の総司令官『耐久王たいきゅうおう』アイギス。魔導王の究極の盾『防衛ぼうえいおう』ヘクター。どれも油断ならない難敵だ)


 クリフはすぐ横で固まった、持ちつ持たれつ、お互いを枕、抱き枕にして眠る少女たちを見やる。


(プリズナーの″魔眼″をぶつければ、ひとりは無力化できる。互いの連携を重視してるようなら、その綻びをみさだめ、かなめにくさびを打ちこめば、それだけで押し切れるだろう)


「プリズナーの魔眼をどこで使うか、だね」


「そうですね。厄介なやつがいたら、とりあえず″仕舞っておく″のはアリかと。その他でいったら、やっぱりアルウはノルンと行動させましょう。ひとりだと多分悲惨だし、最近はどういうわけか、連携に無駄がなくなってきてて凄く使えます。たぶん2人なら、俺の代打も務まります」


「ふふ、そう? あの子たち、バルトメロイと3人で色々倒してるみたいだから、腕が成長したのかもね」


「バルトメロイ……。そういえば、あいつは戦力に入れなくてよかったんですか、ギラーテアさん。後から追ってくるとか、ほざいてましたけど」


「バルトっちは、まだ正式なメンバーじゃないしね。『ギラーテア魔術師団』って呼べるかよくわからない立ち位置でしょ? バルトっちは個人戦力。こっちに着いたら、アルウにでも迎えにいかせて、適当に戦場で合わせればいっかなって」


「雑ですね……」


(ギラーテアがお気に入りにこれだけ雑なのは、それだけあいつの腕と対応力を信じてる証か……チッ、小賢しい奴め)


 クリフはため息をつき、かつてのドラゴン級サブリーダー同士、苦労を語りあった夜会について思いだす。


 クリフとバルトメロイの関係は、とても複雑なモノだ。


 サブリーダー同士といつ枠で、それなりに仲良くやっているが、クリフとしてはバルトメロイのことがあまり好きではない。


 彼は世界をひっくり返すほどの魔術を極めているのに、それを大きな目的の為に利用しようとしない。


 クリフには理解できないのだ、バルトメロイが。


(まあ、頼りになる事は間違いないが……まさか、仲間になれるなんてな……)


「わからないものですね」

「ふふ、本当よね……ん」


 クリフが感慨にふけっていると、ふとギラーテアが地下室の天井を見上げた。


 何がいるわけでもない、丈夫そうな石レンガのソレ。


 異変が起こる。


「っ」


 クリフは魔感覚は、地上部分での魔力の発生を知らせてきた。


 瞬間、耳をつんざく破裂音とともに、地下室の天井が崩落しはじめた。


「な、何事だ!?」

「魔術による攻撃……! 生き埋めにするつもりか!」

「襲撃だ、かっこ対応せよ!」


 混乱する地下室。

 地上とつながり、明かりが漏れてくる天井から、数人の人影が地下へと入り込んでくる。


 クリフは中杖を手にとり、自身と目を覚ますアルウたちを守護しにかかり、さらに入り込んでくる人影へ攻撃を開始した。


(≪発火炎弾はっかえんだん≫)


 心のなかでの詠唱し、強力な火属性式魔術を襲撃者へたたきこむ。


 すると、人影の腕は内側から弾けるように血が沸騰、吹き飛び、一撃で死に絶えた。


 しかし、殺した際にクリフは妙な違和感を覚えた。

 人体を破壊したにしては、やけに軽い手応え。


(明らかにおかしい、あのサイズの人間が本来持っている重さはもっと……ん?)


 数巡のあと、彼はその黄色い瞳を見開いた。

 魔感覚の警笛が、大警報をならしはじめた。


「クリフ! 皆を守って!」


 強烈な光量に目をくらませる。

 すべてが焼き切れ、血は、鉄の塗料へと帰す。


 肌が焦される痛みは、一瞬にして、地下室を破壊し尽くし、あらゆるものを蒸発させた。


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